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1章 1節 仲間と成長の時間 《ディスペア編》

第19話 特殊訓練

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「すぅぅぅ…はぁぁぁぁぁぁ…」

頭を落ち着かせるために深呼吸をする、
身体は燃えるように熱く四肢は痺れ、
辺りを包み込む濃い魔力と熱気によって思考能力を低下させている。

剣術訓練でキーパーさんと手合わせしたあれとは比べられないほど特殊訓練と名付けられているソレはあまりにも体力の消耗が激しいものだった。





訓練開始の開口一番に
『どんな手を使ってもいい、俺を1歩でも動かせたらお前らの勝ちだ、残りの時間は好きに過ごせ』

…と言い放ち広場の中央に陣取ったジェイケル教官、
初めはどういう事かわからなかったが、
特殊訓練が初めてではないアルとタイガやほかの班の訓練兵が一斉にジェイケル教官に対して剣を振りかぶり、魔法を放ったのを見て、

"そういう訓練"なのだと理解した。


しかし一斉に攻撃を仕掛けるものだから他の訓練兵が邪魔で少年が入る隙間はなく攻め倦ねたので少し離れ観察することにする。

ジェイケル教官は上半身裸でただその場所に立っていた、反撃してくる様子はない。

鍛え抜かれた体には歴戦の戦士である大小様々な傷と腕や方に包帯が巻かれている。
そして訓練生の剣撃や魔法ではビクともせず身体が傷ついた様子もない、相当硬いようだ。

そんな事を考えていると前方から火の玉が飛んでくる、
それを体を直線上からずらす事で回避する。


(味方、訓練生の同士討ちも避けないと行けないとダメみたいだね、そろそろいいかな)


これ以上考えていても仕方がないと判断し、訓練用の木剣を片手に切り込む、
当たった瞬間、反動によって弾かれ後ろに飛ぶ。

手は痺れ切ると言うよりまるで金属を叩いているかのような感覚だった。
力を込めて叩けばそれ相応の衝撃が自身に帰ってくるだろう。

せめて身体の柔らかい所がないかと胴体から離れ、二の腕や足の腿などを攻撃するがどこも変化はない、
恐るべき程完璧に鍛えられた肉体だ。

ふと周りを見ると人数が減っていることに気が付く、
視界の端には教官から離れ地べたに腰を恐ろした訓練生がいる、
その表情は疲労困憊といった様子で軽度の魔力切れに陥った訓練生も存在していた。

周りに気を取られていると魔力反応を感じ後ろに半歩下がると、元いた位置に氷の刃が突き刺さっていた。

そして次々と氷の刃が前方のジェイケル教官の方からこちらに向かってくる、
足や手などを狙ったそれらを最小限の動きで回避する。

おそらく目の前、ジェイケル教官の背中で隠れ見えないが、教官の目の前の訓練生は明確な悪意がありこちらを狙っているのか判断に困った、

なぜなら氷の刃は確かにこちらを狙っているがどれも必ず共感の身体を掠めているのだ、
もし相手が悪意を持ってやっているのだとしても言い訳できる。

…だがそんな事を気にする少年ではない。

地面に突き刺さった氷の刃を掴み感触を確かめる、
先端は鋭く尖り、判断を間違えれば容易に身体を貫通するであろう、
そんな氷の刃が自分の芯から湧き出る熱がを一瞬で冷やしてしまうような感覚が少年を襲う。

身体と頭を少し冷やし教官に向けて踏み込みながら投擲する、
真っ直ぐと飛んで行った氷の刃は見事背中に当たったが次の瞬間砕け散った、
強度はあまり無いようだ。


それならば…と教官に接近しながら地面に刺さった氷の刃を1本抜き口に咥え、左右の手に1本づつ持つ。

相手が乱射してくれたおかげで利用出来る武器が散らばっているのは好都合だ。


地面を強く踏みつけながらに前方に飛び、
瞬時右手に握った氷の刃を投擲する。


氷の刃は教官の頭を掠め生み出した張本人に真っ直ぐ向かうが、横から1人の訓練生が守るように現れる


銀の短髪に白い鳥の刺繍が入った眼帯を左眼に着けた男、
第1班副隊長 グリム・リーパーだった。

飛んだ瞬間に刃を投擲した事で教官の身体と頭視界の妨げとなり、
投げた動作が分からず対処を一瞬でも遅らせようと思ったのだが、
彼は飛んできた氷の刃を素手で掴み、そのまま握力で砕いた。

そして徐々に手から滲み出る血、
彼は苦痛など感じさせぬ無表情で少年を見つめた。


仕返しにわざと狙ったのはバレているようだ、
元々隠そうともしていなかったが。

空中で投擲の姿勢から咥えていた氷の刃を右手に持ち、
両腕を上げ、目の前にいる教官の頭に思いっきり叩きつけるように振り下ろす。

衝撃と共に氷の破片が飛び散り少年の頬を掠め傷つけるが教官は頭攻撃を受けたというのにビクともしない。

これほどまで微動だにしないと言う事は、
対峙して感じ取れる以上の実力者か、魔術で何か細工をしているかだ。

教官の肩に手を置きながら視界が一回転し前方に着地する。


目の前にはグリム・リーパーが水色のツインテールの少女を守るように立っていた。


昨日の魔術訓練の時に感じた視線の主、
おそらくだが彼女が第1訓練生班の隊長だろう、
纏っている魔力や氷の刃を複数生成し周りに浮遊させるという上位魔術を使用している事から、只者ではないと判断する。



「そこまでだっ!!」

鐘と同時に鋭い大きな声で空気を振動させ、
訓練終了を告げる教官。

右足を左足の後ろに下げ両足の踵を使いながら反転し、
背筋と足を揃え頭を下げる。


「「「「ありがとうございました!!!!!!」」」」


教官が背を向け建物に向け歩き出した途端身体が疲労と脱涼感に襲われ地に腰を下ろす、
緊張のしすぎで自分の体を把握できていなかったようだ。

「おつかれハイル」

右隣にアルやってくる。

「おつかれ、ジェイケル教官に傷1つ付けることが出来なかったよ」

「でも最後まで立ってただけ偉いよ、僕は中盤くらいで倒れちゃった」

とタイガが疲れた様子で左隣に座る。

「どう考えてもジェイケル教官を動かせる気がしないよ」

「それなら教官の周りに穴でも掘ってみるか?」

にやにやしながらアルが言った。

「他の訓練生の邪魔になるし掘ってる途中に、
魔術とか飛んできたら大惨事になるからダメだよ」


「いい案だと思ったんだけどな~」

くすりと笑いながらしばしの休憩を取り
最初の特殊訓練は終わった。
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