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1章 1節 仲間と成長の時間 《ディスペア編》

第32話 言葉を交わす時間

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リュピィに襲われるハイルくんを見たの───」

ルナちゃんは俯くように言った。


「──それが理由?」

彼女の話を聞いて僕の頭は停止しかけていた。

大好きな家族、1番愛している存在が消滅してしまった……それだけならまだしもそれを悪夢として毎夜毎夜見ている……

どれほどの恐怖を今まで耐えてきたのだろうか、それは僕の想像を絶する程だろう、僕のお父さんもお母さんも姿を消しただけでまだ生きている手紙のおかげでそう信じることができている。

僕とは状況が違う、
そんな僕が彼女の気持ちを理解するなんて無理なんだろうか?

何度も何度も大切な人が消滅する夢を見てしまうせいでそれが正夢になると考えるのはわかるよ……でも、それはあまりにもリュピイが可哀想だ。




ルナちゃんの隣で丸くなり安心しきったように寝息をたてるリュピイを見ながら考える。

なにか僕にできる事がないだろうか、今ルナちゃんを大きく蝕んでいるのは悪夢だ、お医者さんでも直せないのであれば薬で簡単に直せるものじゃない。

「ルナちゃんはリュピィの事嫌いなの?」

ごめんルナちゃん

僕は心の中で謝りながら聞く。

「そんなことないっ!リュピィは私の大切な家族なの、嫌いなわけないじゃないっ!」

そう答える事は分かっていた。


「いつも、リュピィは君と楽しそうに過ごしていた、初対面の僕にも直ぐに懐いてくれた、僕が珍しいのか最近はよくじゃれ着いてくるよね。
……でも視線は僕ではなく君の方を向いていた、君を心配するように、見守るように。
君がリュピィを大切に思っているようにリュピィにとって君は大切な存在だ」



「そんなの、私が1番わかってる、ずっと、
ずっと一緒にいたもの」

絞り出すように掠れた声で答えてくれた。



「そんな大切に思ってくれているリュピィが、君を傷つけるような事をすると思う?」

「でもクオラだって!」


「僕はクオラの事も君のお母さんの事も知らないからどんな関係でどんな感情でお互いに毎日を過ごしていたか分からない」


「だったらっ──「君とリュピィの事は毎日見てきたからっ!!」───」


「数週間、時間だったら数十刻しか関わっているのはわかってる、僕が簡単に口を出していい事じゃないのも理解してる、
でもこれだけは言わせて欲しい────」



何を伝えるのか感情を纏めようとするほどぐちゃぐちゃになって涙が流れそうになるのを堪えた。


「────さっきの話を聞いて、君の事を理解しようとして、今日まで一緒に過ごさせて貰ったりして……思ったんだ。

ルナちゃん君は悪夢を本気で現実になると思っていない、思い込んでるだけだって、
悪夢に取り憑かれているだけなんだ」



「…………」


ルナちゃんは何も喋らない、僕は言葉を続ける。


「もし悪夢が現実になるって本気で思っているのなら、最初に僕を本気で拒絶していたはず、喋ろうともしない、無視をするかさっさとどこかに行くと思う。あの木の下で君を見つけた時もネーニャのお菓子を受け取って美味しそうに食べたりしない。

交流しようとは絶対しない、君は分かっていたから悪夢に僕が出てきてしまうって、僕が消滅する悪夢を見るって……

そして君が悪夢が現実になると思っていない何よりの証拠が─────


────僕と接する時は素っ気ない態度だったけど、リュピィとはあんな可愛い笑顔で笑いあっていたりしない」


「──えっ?かわっ!!??!!」



「君の笑顔は見ている僕まで思わず見惚れて笑顔になってしまう素敵な笑顔だった。

確かに大切な人がいなくなって助けられなかった、どうにか出来なかった自分に腹が立って、また同じ事が起こるんじゃないか、同じ気持ちを味わうんだと思ってしまうと怖くなる気持ちは理解出来る。
その気持ちは僕にも経験があるから。


でも君はわかっている、リュピィはそんなことをしないって身体が理解していなくても本能で理解しているリュピィを信頼している」

何を言っているのだろうか身体は溶岩のように熱く既に頭はクラクラしているでもここで言葉を停められるほど冷静じゃなかった。

僕は立ち上がりルナちゃんの目の前まで近づいた。


「リュピィを大切に思うなら、信頼しているのなら。
今も君を見守っているお母さんの事を大切にしているのなら。

目を背けないで、逃げようとしないで。

僕は知ってる、ルナちゃんが優しいって強いって。
半歩前に足を出しているあとはもう半歩歩いて歩き始めるだけ。

心細いならリュピィと僕が背中を押す、半歩踏み出すまで待ってるから」


「ハイル……くん」


「仮に有り得ないくらい話で悪夢が現実になるんだとしても僕が絶対に守るから
悪夢で見たリュピィ今よりもかなり大きくなってたんでしょ?
ならそれまでにもっともおっと強くなってルナちゃんとリュピィを助けるから僕に任せて」


握り拳を作り胸を叩く。


「……ふふっ何それ」

ようやく笑ってくれた。

「これ?お父さんがよくやってる、任せろって胸を叩くんだ」

「リュピィには"人間"のハイルくんじゃどう頑張っても勝てない……よ?夢みたいに丸呑みにされちゃうわ」

「えっ!?僕はリュピィに丸呑みにされるの?
だったら丸呑みにされないように立ち回るし僕には必勝の秘訣があるんだっ」


「必勝の秘訣?」


「そう、必勝の秘訣」



「リュピィに弱点はないわ、ハイルくんがどんな事をしても私のリュピィは負けないもの」


「リュピィの弱点をつけば簡単に勝てるんだ」


「弱点?……まさか」


「そう食べ物っ、リュピィってお腹いっぱいになる直前まで遊んでてもすぐに寝ようとするでしょ?なら果実、お肉とかで満腹にさせて無防備にすればいいんだよ」


「弱点……うんそれは確かにリュピィの弱いところだね、私も直させようとはしているけど、食欲旺盛だから心配かな……

でもでもっ!リュピィはそれさえなかったら最強だもん!!」

「それは楽しみ、相手は強い方が楽しいから」


「やっぱりハイル君って変な人」


思った事を言ったのに酷い言われようだ……


「やっぱりって今までも何かおかしいところあった?」


「えっとね、強引だし、私の気持ち考えないで気にしてる事遠慮無しに言って私の事かわい─────とにかく全部何もかもおかしいっ!!」


「えっ何もかも!?普通に見えるように頑張ってるんだけどな住んでいるところが田舎だから、バカにされないようにとか気にしてるんだけど」


「そういうところだと思うよ?」


「?」


そういうところ?どういうところ?何を言いたいのか分からない。


「私の話を聞いたんだからハイルくんも何か話してよ」

「え?ルナちゃんが勝手に聞いて欲しい「いいからっ、ハイルくんが訓練場に来る前に住んでいた所の事知りたいな、シャインの名前もラングロート様の事も知らなかったからどんな場所なのかなって気になるな」─────いいよ、僕が住んでたシュケルはね─────



少年少女そして小さき竜が過ごす夜はさらに濃くなる。

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