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終
しおりを挟む「久しぶりに山から出たけど、やっぱり変わるもんだねえ。道が土じゃないなんて」
「そんなに違うんですか…大概時代遅れな町だと思うんですけど」
「全然違う!前まで畑と田んぼしか無かったし!この辺も大分栄えてるんだねえ」
「こんな田舎のどこが…」
あんな高い建物無かった、とショッピングモールを指さす男ーー本人は自分を〝神様〟だと言うーーは、笑いながらアイスを頬張っている。
中途半端な田舎では、朝もそれほど騒がしくはない。まばらに人や車が行き来する中を目的も無く歩きながら、照りつける日差しに目を細めた。
どうしてこうなったのか。
『本当はね、あの夜そのまま連れて行こうかと思ってたの。だけど久しぶりに麓に降りてみたくなって。折角だし、案内してよ』
ね?と、微笑む男に、つい頷いてしまったのだ。
つまり自分の意志薄弱なたちのせい。どうして自分はこんなに流されやすいのだろうか。
「やったあ、あっ僕知ってる!これデートっていうんだよね!さあ行こう今からデートしよう!」
本当に、どうして自分はこうなのだろう。
思わず頭を抱えた。
といった具合で始まったこのデート、のようなものは、しかし早くも行き詰まっていた。
なんせ本当に田舎なのだ。何も無い。ショッピングモール位しか無い。一応映画館もあるしそこへ行くかと訊ねたが、外を見たいからいいと断られた。なら電車で遠くへ、とも提案してみたが。
「あの山からそう遠くは離れられないんだよねぇ、だからこの町でしか動けないんだ」
「詰んでるじゃないですか、なんにもないですよここ」
思わぬ制限に早くも第二の計画が瓦解する。こんな片田舎から出られないなんて、と少し哀しくなる……が、そもそもこの男は人間ではないのか。自分達の尺度で考えるのは失礼か、と思い直し、それなりにでも見られる場所を……と思い浮かべる。
「外なら……公園とか、寺とか、神社とか、あと大学……」
「大学!」
上機嫌でアイスを食べていた筈の男が、ぐるりと首をこちらに向ける。やたらキラキラとした目に見つめられ思わず下がると、さらに一歩詰めてきた。怖い。
「そこに行こう!そこがいい!」
「え、でも特に何もないけど……」
「君が通っているのだろう?なら見てみたい!」
君の事を知れるなら、それがいい!そう言って、口元に残ったアイスを赤い舌でぺろりと舐めとった。いつの間にか食べ進んでいたらしい。早く行こう、と子供の様にはしゃいでいる。
「まあ、そんな遠くないし、いいですよ」
断る筈もなかった。
大学の構内は一般の人々にも解放されている。その為朝割と早くだったとしても、犬を散歩する人や、ランニングに勤しむ人がちらほら通っていた。すれ違う度に会釈を交わす。
しかし、その誰もが自分の隣にいる男には目も向けない。
「建物が新しくなってる」
「……?ここは来たことあるんですか」
「うん、何年…何十年前?わかんないけど、ある」
白い壁を撫でながら、遠くを見るような目で空を仰ぐ。懐かしいなあ、そう呟く男は感慨に耽るようにまぶたを閉じた。
サラサラと風が青葉を揺らし、木々のざわめきが吹き抜ける。まるで映画のワンシーンのようで、つい魅入ってしまった時。
「あれ?お前今日来ないんじゃないの?」
背後から唐突に聞こえた声に、肩が跳ねた。
「んなビビんなって、ごめんな驚かせて」
「あ……なんだ、木野か」
なんのことは無い、同じサークルの仲間の男。驚かせるつもりはなかったと、まるで降伏するかのように両手を挙げている。
「いや……何となく来たくなって」
「お前そんな大学好きだったのか」
チラリと後ろに目をやる。男はまだ建物を見ていた。こちらに戻ってくる前に話を切り上げなければ、そう思って口を開こうとしたが。
「あ、そうだ。この間サークルで撮った写真、ついでだから渡しとくな」
「あっ、ああ、ありがとな……」
一足早く話し始めた木野によって遮られてしまう。ほらよ、と渡された写真を受け取りざっと目を通す。
そこで、強烈な違和感が襲った。
「なあ、これ……」
「よく取れてるだろ?サークル全員いい笑顔だし、これ広報に載せようかなあ」
「全員……?いや、何言ってんだよ木野、一人居ないじゃん」
「え?いや居るって、お前こそ何を……」
「だって、この写真には、あの人が、」
ミンミンゼミがうるさく鳴いている。汗が額を伝って、頬を滑り降ちる。口の中がからからに乾いていく。こんなに暑いのに、嫌に背筋が冷えていた。
「立花先輩が、居ない……」
立花先輩。
あの夜俺を振って、あの夜俺が殺して、あの夜喰われた先輩が。
「なに言ってんだよ……お前」
木野の声が、遠くに聞こえる。耳を塞ぎたくてしょうがなかった。やめろとさけびたかった。
それより先に、木野の口が形をつくる。
「立花先輩って、誰だ……?」
「あれ、どうしたの?顔色が悪いよ」
男が笑っている。
神様を名乗り、先輩を喰らい、自分に惚れたと宣う男が笑っている。
「暑いからかな、少し休もうか。座れば楽にーー」
男は汗ひとつかいていない。涼し気な白肌は赤みすら差していない。金色の目が蛇のように細まって、人でないモノが人の真似をする。
「ねえ、どうしたの?」
この男は、いつだって笑っていた。
「お前、先輩を、どうした」
肩を掴んで、壁に叩きつけた。うわあ、と間の抜けた声がして余計に焦りは募っていく。早く言え、言え!叫びながら揺すり続けた。
「言ったでしょ、『全部無かったことにする』って」
「それは、先輩を、」
死体を隠したい、その一心で。
「だから無かったことにした」
冷えた声が、反響した。
「君が願ったから、死体を隠した。
君が願ったから、殺した事実を消した。
君が願ったから、彼の存在ごと。
全部無かったことにした。」
男を掴む手から、力が抜けていく。ずるずるとその場にへたりこんだ。男もしゃがみこんで、目線を合わせて言い重ねる。
「君が願ったから、君の為にやったのに、どうして君は怒っているんだい」
「君は思ったのだろう、あの時。〝全部無かった事になれば〟そう思っただろう」
「君の望みは叶った。僕が叶えた。
君の事が好きだからね!」
頭が痛い。どうしていつも俺はこうなんだ。流されて、嫌な事があるとすぐ目を逸らそうとして。いつも、後から悔やむのだ。
どうして俺はあの時、この男の声に頷いたのだろう。
どうして俺は、あの時警察に行かなかったのだろう。
それより、何よりも。どうして俺は、あの時先輩を殺したのだろう。
どうして俺は、話をしようとしなかったのだろう。
募る後悔は後悔でしかない。時間は二度と巻戻らない。神様でも無い限り、そんな奇跡は起こせない。
神様だって、二度は願いを叶えてくれない。
「もういいか、麓も楽しめたし。そろそろ帰ろうか、山へ」
金色の目が光る。触れる手の感触が、蛇のそれによく似ていた。
「大丈夫、僕は君を責めたりしない。大事にするよ、誰よりも」
弧を描く口から、長い牙が覗く。赤い舌はふたつに割れていた。
あの日と同じ、大きな口がぱかりと開かれて。ぐらりと視界は暗く染まる。
「いつまでも、ずっと可愛がってあげるからね。だから永遠に共に在ろう。
愛しているよ、僕だけの可愛い人間」
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