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小噺
しおりを挟む生まれた意味を知らなかった。
自分という存在が、何時から在るのかは分からない。
気づけばこの地に立っていて、気づけば神と呼ばれていた。
いつの間にやら麓に住み始めた人々は、僕を大切にしてくれた。
立派な社を建て、毎日の様に参りに来た。春と秋には祭りを開き、口々に僕に感謝を述べた。瞼を閉じれば、今も鮮やかに思い出せるあの頃の日々。
しかし、いつの間にか人は来なくなった。
手の入らない社は荒れ、人が参る事も無くなった。祭りは毎年あったけど、もう僕の為のものでは無かった。提灯のぼんやりと赤い光に包まれた麓を見ながら、今年もここには来てくれないのだな、と考え続けた。
悲しくはなかった。けど、ぽっかりと穴が空いたような心地だった。
つまらない、というのが一番近い。人は僕を忘れたが、僕は人を覚えている。いつか彼らも思い出してくれないかと思う度に、それはあっさりと裏切られた。
何故僕は生まれたのだろうか。
このまま退屈に倦みながら過ごすのだろうか。
その問いに答える者も居ないまま、ただただ永い時を生きる。
そんな時だった。
懐かしい気配に、目を開く。永らく感じていなかったこれは、人の気配。
うぞり、朽ちた社から這い出た。
草むらの向こうに、それはあった。
一目惚れだった。
死んだ人間に縋り着く、その男の美しいこと。
なんて可愛らしい。なんて愛しい。
ああ、この男が、欲しい!
初めて感じる高揚感に、胸の奥がじいんと痺れた。
それと同時に、気づく。
自分の生まれた意味に。
ーーああそうか、自分はこの人間に出会う為に生きて来たのだ。
鱗が震える感覚は、頭の先から喰らってしまいたい程の情動は、恋というものに違いない。
人の言葉を借りるなら、きっとこれが運命だ。
衝動のままに、喉を震わせた。
伏せられた瞼を撫で、頬にかかる毛を払う。むずがるように体をよじらせるが、目は開けない。
「ふふ」
幼子の様なそれに、思わず笑いがこぼれる。なんて可愛いんだろうか、僕のつがいは。堪らず口づけを落とした。
「焦ることは無い、ゆっくりお眠り。この先、僕らが分かたれることなど決して無いのだから」
愛しい愛しい、人の子。僕が此岸に生まれた意味。
逃がしてはいけない。逃がすものか。
二度と帰してやりはしない。
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