「影の薄い女」と嘲笑された私ですが、最強の聖騎士団長に見初められました

有賀冬馬

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侯爵家の重厚な門をくぐったのは、本当に久しぶりだった。学園を卒業してから、なんだかんだと理由をつけては彼に会うのを避けていたから。でも、今日だけは逃げられない。そう自分に言い聞かせながら、私は緊張で震える手でドレスの裾を握りしめた。

「クラリス様、ようこそおいでくださいました」

私を迎え入れてくれたのは、侯爵家の老執事だった。その柔らかな声に、少しだけ心が落ち着く。でも、それもほんの一瞬のこと。執事に案内されて通された応接室で、私はその光景を目にして、全身の血の気が引いた。

応接室のソファに腰掛けていたのは、私の婚約者であるエドガー様と、彼に寄り添うように座る、見慣れない華やかな女性だった。その女性は、まるで夜空に煌めく一番星のように美しく、私の地味なドレスとは比べ物にならないほど豪華なドレスを身につけていた。

「エドガー様……」

私が小さく名前を呼ぶと、彼は私に気づき、面倒くさそうに立ち上がった。その表情は、以前の私が知る彼とは全く違うものだった。

「ああ、クラリス。よく来たね。待っていたよ」

そうは言ったものの、彼の瞳は私をまるで価値のないものを見るかのように冷たく、私の心を凍らせた。

「こちらは、公爵令嬢のセシリア様だ」

エドガー様は、私とセシリア様を交互に見ながらそう紹介した。セシリア様は、私を上から下まで値踏みするように眺め、フッと鼻で笑った。

「あら、あなたがエドガー様の婚約者の方?ずいぶん地味な方なのですね。まるで、影みたいだわ」

その言葉に、私は何も言い返すことができなかった。確かに、私は地味で影が薄い。それは昔から言われ慣れてきたことだ。でも、エドガー様だけは、そんな私を「可憐だ」と言ってくれたはずなのに。

「セシリア、クラリスをからかうのはやめてくれ」

エドガー様はそう言ったが、その声には一切の咎める気持ちが感じられなかった。むしろ、セシリア様を面白がっているようにさえ聞こえた。

「あら、ごめんなさい。でも、本当にそう思ってしまったんですもの。ねぇ、エドガー様もそう思いません?」

セシリア様の問いかけに、エドガー様は困ったような顔で笑い、「まあ、そうだな」と答えた。

その瞬間、私の胸に刺さったのは、鋭いナイフのような痛みだった。信じていた人に裏切られた痛み。私は彼らのやり取りを聞いているのが辛くなり、震える声で言った。

「あの、私、今日はこれで……」

「もう帰るのかい?せっかく来たのに。まあ、いいだろう。次の機会にゆっくり話そうじゃないか」

エドガー様の声には、もう私への愛情は欠片もなかった。私は一刻も早くこの場から逃げ出したくて、深くお辞儀をして、応接室を後にした。






それから数日後、エドガー様が主催する夜会が開かれた。子爵家である私にも招待状が届いたが、本当は行きたくなかった。でも、父が「これも社交の場だ」と言うので、私は渋々出席することにした。

夜会の会場は、大勢の人々で賑わっていた。きらびやかなドレスを身につけた令嬢たちが、楽しそうに談笑している。その中で、私はまるで場違いな存在だった。

人々の視線が、私に突き刺さる。その視線は、まるで「なぜこんな子がここにいるんだ?」と言っているかのようだった。

「ねぇ、あの子、エドガー様の婚約者だったらしいわよ」

「本当?でも、ずいぶん地味なのね。エドガー様が乗り換えるのも無理ないわ」

「しかも、エドガー様が『みっともない女』だって触れ回ってるらしいじゃない」

そんなひそひそ話が、私の耳に嫌というほど入ってきた。私は、まるでガラス細工のように脆くなってしまった心が、粉々に砕け散っていくのを感じた。

そんな時、会場の中心で、エドガー様とセシリア様がダンスを踊っているのが見えた。二人はとても幸せそうに笑い合っていて、その姿はまるで絵画のように美しかった。私には、決して手に入れることのできない光景だった。

私は、もうこれ以上ここにいることはできないと思い、誰にも気づかれないように会場を抜け出した。夜会の庭園で、私は一人、静かに泣いた。







夜会の翌日、侯爵家の使いが我が家を訪れた。私は嫌な予感がして、身をこわばらせた。そして、その予感は的中した。

使いの者が持ってきたのは、エドガー様からの手紙だった。震える手で封を開けると、そこには冷酷な文字が並んでいた。

「君との婚約を破棄する」

たったそれだけの言葉が、私の心臓をえぐり取った。私はその手紙を握りしめ、ただただ泣き崩れた。

その日の午後、エドガー様が直接、我が家を訪れた。父は激怒し、エドガー様に抗議した。

「エドガー様!一体どういうことですか!クラリスは、ずっとあなたを信じてきたのですよ!」

しかし、エドガー様は冷たい目で父を見つめ、一切の感情を乗せない声で言った。

「子爵。あなたは娘の価値を過大評価しすぎている。彼女のような影の薄い女では、僕の妻に相応しくない。僕はもっと、僕の地位にふさわしい、華やかな女性と結婚する。クラリスは、僕にとって何の価値もない存在なんだ」

彼は、私を侮辱するような言葉を次々と浴びせた。私は、ただその言葉を黙って聞いていることしかできなかった。
そしてエドガー様は私に、

「それに、君は僕の妻になるには、あまりにもみっともない。僕はもう、君のような女とは関わりたくないんだ」

そう言い放ち、エドガー様は私に背を向けて出て行った。彼の背中は、私にとって、もう手の届かない遠い場所に行ってしまったかのようだった。





エドガー様との婚約が正式に破棄されたことで、私の居場所は、社交界から完全に消え失せてしまった。友人だと思っていた人たちは、みんな私を避けるようになった。

「ごきげんよう、クラリス様」

街で会う人々は、表面上は丁寧に挨拶してくれるが、その視線は冷たく、軽蔑に満ちているのが分かった。

「エドガー様が乗り換えた公爵令嬢は、本当に素晴らしい方ですもの。あんな地味な方とは釣り合わないわ」

「そうね。しかも、エドガー様は『あの子はみっともない女』って言いふらしてるらしいじゃない。よほど嫌だったのね」

私は、街を歩くだけで、そんな噂話が聞こえてくるのが怖くて、家に引きこもりがちになった。

父は、そんな私を心配してくれたが、私を慰める言葉は見つからないようだった。母は、すでに他界していたため、私には相談できる相手もいなかった。

私は、自分の存在価値が分からなくなった。この世界に、私の居場所はもうないのかもしれない。

そんな絶望的な思いを抱えたまま、私は毎日を過ごした。窓の外を眺めながら、私はこれからどうすればいいのか分からず、ただただ途方に暮れていた。

私は、エドガー様にとって、何の価値もない存在だった。そう、私はただの「影」だった。

でも、私はこのまま終わるのは嫌だった。このまま、みじめな姿でいるのは嫌だった。

私は、父に「旅に出たい」と懇願した。父は驚いていたが、私の強い意志を感じ取ってくれたのか、許可してくれた。

私は、わずかな荷物をまとめ、馬車に乗り込んだ。見慣れた街並みが遠ざかっていく。

さようなら、私の居場所を奪った街。

さようなら、私の心を傷つけた人々。

さようなら、そして……さようなら、私の初恋。

私は、これからどこへ行くのかも分からなかった。でも、きっと、この旅の先に、新しい自分を見つけられるはずだと信じていた。そして、いつか、私を傷つけた人たちを見返す日が来ることを、私は強く願っていた。






馬車に揺られながら、私はぼんやりと外の景色を眺めていた。都会の喧騒から離れ、緑豊かな森の中を進んでいく。都会では、誰もが私を嘲笑っていた。でも、ここでは、誰も私を知らない。誰も私の過去を知らない。

それが、どれほど心地よいことか。

私は、窓から入ってくる風に、髪をなびかせながら、静かに目を閉じた。

(もう、過去のことは考えない。これから、新しい自分になるんだ)

私は、心の中でそう誓った。

その時、馬車が急に揺れ、大きな音を立てて止まった。何事かと窓の外を見ると、数人の男たちが馬車を取り囲んでいた。彼らは、顔を布で隠し、手には剣を持っている。

盗賊だった。

私の心臓は、激しく脈打った。震える手で、私は護身用に持っていた小さなナイフを握りしめる。

「金目のものを全部出せ!」

男の一人が、馬車の扉を開けて、私を脅した。

私は、恐怖で声も出なかった。彼らに抵抗する術など、私にはない。私は、もうダメだと思った。

(ああ、こんなところで……)

私は、全てを諦めかけた。

その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。その音は、だんだんと大きくなり、あっという間に私たちを取り囲んだ。

「何者だ!」

盗賊の一人が叫ぶと、馬に乗った男たちが、盗賊たちに襲いかかった。男たちは、光り輝く銀色の鎧を身につけていた。

騎士団だ。

私は、その光景を呆然と見つめた。騎士たちは、驚くほど手際よく盗賊たちを倒していく。まるで、舞踏会のダンスのように優雅に、そして力強く。

その中心にいたのは、一際堂々とした、美しい男だった。彼は、私を救ってくれるために現れた、まるで王子様のような人だった。

私は、その人を見つめ、心を奪われた。

(この人が……)

彼は、盗賊たちを追い払い、私に近づいてきた。私は、恐怖で震える体を、必死に抑えようとした。

「大丈夫ですか?」

彼の声は、とても優しかった。私は、その声に、張り詰めていた心が溶けていくのを感じた。

「はい……ありがとうございます……」

私は、か細い声で答えた。

彼は、私の顔をじっと見つめ、何かを察したように、優しく微笑んだ。

「あなたは、とても傷ついているようですね。もしよろしければ、私たちが、あなたを安全な場所までお送りします」

彼の言葉に、私は涙が溢れそうになった。

私は、彼に救われたのだ。
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