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日が傾きはじめた庭園には、やわらかなオレンジ色の光が降り注いでいた。赤く染まった空の下、バラの花がそっと風に揺れている。
「ミリア、もうすぐあれから一年だね」
ふいに、アレンがそう言って私の手を強く握る。
「ええ……もう一年も経つのね。なんだか、信じられないわ」
婚約破棄されて、泣いて、傷ついて――
でも、それを乗り越えて、私は今ここにいる。
そしてその隣には、王子としてではなく、ひとりの“人”として、真剣に私を選んでくれたアレンがいる。
あの頃の私は、どんな未来を想像していただろう。
たぶん、おとなしいまま、貴族としての義務を果たすだけの人生。
“誰かの妻”として、誰かの後ろに立つだけの存在で終わっていたかもしれない。
でも今は――私は、“誰かの大切な人”として、隣に立っている。
「王妃のお仕事も、最初は不安だったけど……最近は、少しずつ自信がついてきたの」
「うん、見てればわかる。ミリアは、もう立派な王妃候補だよ。みんな君のことを尊敬してる。……僕も、もちろんね」
照れくさそうに笑うアレンの横顔に、胸がぎゅうっと締めつけられる。
本当に、こんな幸せがあるんだって、何度も何度も思う。
これは夢じゃない。現実なんだ。
「ねえ、アレン。私、あなたと出会ってから、すごく変われたと思うの」
「変わったというより、本当の君になったんだよ」
「本当の……わたし?」
「うん。昔は、誰かに合わせようとしてた。気を遣って、我慢して、遠慮して。けど今は、自分の意志で選んで、行動して、笑ってる。そんなミリアが、僕は――」
アレンがふっと言葉を止め、私の手をそっと取る。
そして、そのまま膝をついて、私を見上げた。
「えっ、アレン……?」
「ミリア。僕と……本当の意味で、人生を共に歩んでほしい」
差し出されたのは、青いサファイアの指輪。
王家の紋章が入った、それは本物の――プロポーズの証だった。
「王妃としてじゃなくて、アレンという一人の人間として、君と一緒にいたい。……結婚してほしい」
胸の奥が、じんわり熱くなる。
涙が出そうになって、でも、出さないと決めた。
だって今は、泣くより笑いたいから。
「……はい。私も、あなたと生きていきたいです」
そう返したとき、アレンの顔がふわっとほころんだ。
そして次の瞬間、私の薬指には、宝石よりもずっと眩しい未来が光っていた。
*
その後、盛大に行われた結婚式は王国中の話題になり、
あの婚約破棄事件を知る者たちは、誰もが驚いたとか、そうじゃないとか。
でもそんな噂なんて、もうどうでもよかった。
たとえどんなに過去がつらくても、人はやり直せる。
心から信じ合える誰かと出会えたなら。
---
そしてさらに、かつての婚約破棄から、季節は二度巡って。
私は今、王都の宮殿の一角で、アレン様――いいえ、アレンと手をつないで歩いている。
「ミリア、こっちに新しい庭園ができたんだ。見に行こう?」
「ふふっ、またあなた、子どもみたいに嬉しそうな顔して」
そう言いながらも、私はその笑顔がたまらなく好きだった。騎士団の訓練で鍛えた逞しい腕も、まっすぐ私を見つめてくれる澄んだ青い瞳も。
「あなたと一緒なら、どこへだって行ける気がするわ」
自然とそう言葉がこぼれる。あの頃の私は、誰かの影に怯えて、自分を抑え込んでばかりいた。でも今は――違う。アレンが、私のすべてを受け止めてくれたから。
私は、ここしばらくで大きくなり始めたお腹を撫でながら、そう思った。
「ミリアがいてくれるだけで、俺はどんな困難も乗り越えられるよ」
彼が私の手を強く握ってくれる。その温かさが、胸いっぱいに広がっていく。
ふと、噂で耳にした話を思い出す。
カイル様は、今は北の辺境で警備任務に就いているらしい。かつての輝きは見る影もなく、侯爵令嬢との婚約も解消されたとか。
だけど、私はもう彼のことを思い出しても、何も感じなくなっていた。
私はただ、私をちゃんと見て、大切にしてくれる人のそばで、静かに幸せを育んでいくだけ。
「ありがとう、アレン。あなたと出会えてよかった」
「こっちこそ。俺の未来は、ミリアでいっぱいだよ」
夕暮れの光が、私たちを優しく包み込む。
小さな笑顔が、きっと永遠に続いていく――。
「ミリア、もうすぐあれから一年だね」
ふいに、アレンがそう言って私の手を強く握る。
「ええ……もう一年も経つのね。なんだか、信じられないわ」
婚約破棄されて、泣いて、傷ついて――
でも、それを乗り越えて、私は今ここにいる。
そしてその隣には、王子としてではなく、ひとりの“人”として、真剣に私を選んでくれたアレンがいる。
あの頃の私は、どんな未来を想像していただろう。
たぶん、おとなしいまま、貴族としての義務を果たすだけの人生。
“誰かの妻”として、誰かの後ろに立つだけの存在で終わっていたかもしれない。
でも今は――私は、“誰かの大切な人”として、隣に立っている。
「王妃のお仕事も、最初は不安だったけど……最近は、少しずつ自信がついてきたの」
「うん、見てればわかる。ミリアは、もう立派な王妃候補だよ。みんな君のことを尊敬してる。……僕も、もちろんね」
照れくさそうに笑うアレンの横顔に、胸がぎゅうっと締めつけられる。
本当に、こんな幸せがあるんだって、何度も何度も思う。
これは夢じゃない。現実なんだ。
「ねえ、アレン。私、あなたと出会ってから、すごく変われたと思うの」
「変わったというより、本当の君になったんだよ」
「本当の……わたし?」
「うん。昔は、誰かに合わせようとしてた。気を遣って、我慢して、遠慮して。けど今は、自分の意志で選んで、行動して、笑ってる。そんなミリアが、僕は――」
アレンがふっと言葉を止め、私の手をそっと取る。
そして、そのまま膝をついて、私を見上げた。
「えっ、アレン……?」
「ミリア。僕と……本当の意味で、人生を共に歩んでほしい」
差し出されたのは、青いサファイアの指輪。
王家の紋章が入った、それは本物の――プロポーズの証だった。
「王妃としてじゃなくて、アレンという一人の人間として、君と一緒にいたい。……結婚してほしい」
胸の奥が、じんわり熱くなる。
涙が出そうになって、でも、出さないと決めた。
だって今は、泣くより笑いたいから。
「……はい。私も、あなたと生きていきたいです」
そう返したとき、アレンの顔がふわっとほころんだ。
そして次の瞬間、私の薬指には、宝石よりもずっと眩しい未来が光っていた。
*
その後、盛大に行われた結婚式は王国中の話題になり、
あの婚約破棄事件を知る者たちは、誰もが驚いたとか、そうじゃないとか。
でもそんな噂なんて、もうどうでもよかった。
たとえどんなに過去がつらくても、人はやり直せる。
心から信じ合える誰かと出会えたなら。
---
そしてさらに、かつての婚約破棄から、季節は二度巡って。
私は今、王都の宮殿の一角で、アレン様――いいえ、アレンと手をつないで歩いている。
「ミリア、こっちに新しい庭園ができたんだ。見に行こう?」
「ふふっ、またあなた、子どもみたいに嬉しそうな顔して」
そう言いながらも、私はその笑顔がたまらなく好きだった。騎士団の訓練で鍛えた逞しい腕も、まっすぐ私を見つめてくれる澄んだ青い瞳も。
「あなたと一緒なら、どこへだって行ける気がするわ」
自然とそう言葉がこぼれる。あの頃の私は、誰かの影に怯えて、自分を抑え込んでばかりいた。でも今は――違う。アレンが、私のすべてを受け止めてくれたから。
私は、ここしばらくで大きくなり始めたお腹を撫でながら、そう思った。
「ミリアがいてくれるだけで、俺はどんな困難も乗り越えられるよ」
彼が私の手を強く握ってくれる。その温かさが、胸いっぱいに広がっていく。
ふと、噂で耳にした話を思い出す。
カイル様は、今は北の辺境で警備任務に就いているらしい。かつての輝きは見る影もなく、侯爵令嬢との婚約も解消されたとか。
だけど、私はもう彼のことを思い出しても、何も感じなくなっていた。
私はただ、私をちゃんと見て、大切にしてくれる人のそばで、静かに幸せを育んでいくだけ。
「ありがとう、アレン。あなたと出会えてよかった」
「こっちこそ。俺の未来は、ミリアでいっぱいだよ」
夕暮れの光が、私たちを優しく包み込む。
小さな笑顔が、きっと永遠に続いていく――。
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