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新しい街での生活は、私が思っていたよりもずっと穏やかだった。侯爵家での日々が嵐みたいだったから、この静けさが、私の心を少しずつ癒してくれた。
私が身を移したのは、本当に小さな街だった。人も少なくて、空気が澄んでいて、どこか懐かしいような優しい匂いがする。
馬車を降りて、最初にたどり着いたのは、両親が寄付をしていると聞いていた孤児院だった。小さな建物だけど、手入れが行き届いていて、玄関には色とりどりの花が飾られていた。
「あら、あなたは?」
出迎えてくれたのは、優しい雰囲気の年配の女性だった。この孤児院の院長先生らしい。私は自己紹介をして、ここで奉仕活動をしたいと申し出た。きっと、地味な私を受け入れてくれる場所なんて、ここしかないと思った。
「まあ! 素晴らしいわ! 大歓迎よ、ミアさん」
院長先生は、私の顔を見てふわりと微笑んでくれた。その笑顔は、侯爵家では見たことのない、本当に心からの歓迎の気持ちがこもっている笑顔だった。
孤児院での生活は、初めてのことばかりで戸惑うこともあったけど、子どもたちはすぐに私に懐いてくれた。
「ミアお姉ちゃん、絵本読んで!」
「ミアお姉ちゃん、お花摘みに行こう!」
小さな手で私の服の裾を引っ張る子たち。彼らのキラキラした瞳を見ていると、私の心の中の暗い影が、少しずつ薄れていくのを感じた。絵本の読み聞かせをしたり、一緒に庭で花を摘んだり、料理の手伝いをしたり。侯爵家では許されなかったような、泥だらけになって遊ぶこともあった。でも、それが、すごく楽しかった。
ある日の午後、いつものように庭で子どもたちと遊んでいると、孤児院の門が小さく開いた。そこに立っていたのは、背の高い男性だった。太陽の光を背負っているから、顔はよく見えないけど、すらりとした立ち姿に、どこか気品を感じた。
「こんにちは。院長先生はいらっしゃいますか?」
彼の声は、低くて落ち着いていて、どこか耳に心地よかった。院長先生は不在だったので、私が対応することになった。
「あの、院長先生は今、街にお買い物に行かれていて……何かご用でしょうか?」
私は少し緊張しながら尋ねた。こんな素敵な人、今まで会ったことがない。カイル様とも違う、なんていうか、もっと静かで優しい雰囲気の人だった。
「そうですか。では、後日改めて伺います。寄付のお届けに参りましたので」
そう言って、彼は大きな袋を差し出した。中には、たくさんの絵本やおもちゃ、それから美味しそうなパンがぎっしり詰まっていた。
「わあ! 絵本だ!」
「おもちゃもある!」
子どもたちが、目を輝かせて彼の周りに集まってきた。彼は、一人ひとりに優しく微笑みかけ、頭を撫でてあげていた。その手つきは、とても慣れていて、子どもたちもすぐに彼に懐いているようだった。
「お兄さん、ありがとう!」
一人の男の子が、彼に抱きついた。彼は優しくその子を抱き上げ、くるりと一回転させてあげた。その時の彼の笑顔は、本当に温かくて、私の心臓が、きゅんと音を立てた。
それが、ノアとの初めての出会いだった。彼はその後も、週に何回か孤児院を訪れるようになった。いつもたくさんの寄付を持ってきてくれて、子どもたちと遊んでくれる。彼は自分の素性を一切話さなかった。どこから来たのか、何をしている人なのか、何も教えてくれなかったけど、私は、彼と一緒にいる時間が、一番好きだった。
「ミアさんは、いつも楽しそうですね」
ある日の夕方、子どもたちが寝静まった後、庭のベンチで二人きりになったとき、ノアがぽつりと言った。
「え? そう、ですか?」
私は少し驚いて、彼の顔を見た。彼の目は、私を真っ直ぐに見つめていた。まるで、私の心の奥底を見透かされているみたいで、少し恥ずかしくなった。
「はい。子どもたちといる時のミアさんは、とても輝いています。初めて会った時よりも、ずっと」
彼の言葉は、私の胸にじんわりと温かく染み込んだ。侯爵家では、誰からも「地味だ」「影が薄い」としか言われなかったのに。ノアは、私の良いところを見つけてくれた。
「私、侯爵家の長女だったんです。でも、地味すぎて、婚約者にも捨てられちゃって……」
気づけば、私は自分の過去を話していた。話すつもりなんてなかったのに、ノアの優しい声を聞いていると、自然と言葉が溢れ出した。
ノアは、ただ静かに私の話を聞いてくれた。途中で遮ることもなく、ただ頷いてくれるだけだった。それが、どれだけ私の心を楽にしてくれたことか。
「……だから、もう誰にも期待せず、ここでひっそり暮らそうって決めたんです」
私が話し終えると、ノアは少し考えるように黙り込んだ。そして、ゆっくりと口を開いた。
「地味、だなんて、そんなことはありません。ミアさんは、とても優しい方です。そして、誰よりも強い心を持っている」
彼の言葉に、私ははっと顔を上げた。私のどこに、そんなものがあるというのだろう?
「子どもたちの瞳が、それを教えてくれました。彼らは、純粋な心でミアさんを見ています。そして、私も」
ノアは、私の手を取り、そっと握った。彼の温かい手が、私の冷たくなった心を包み込んでくれた。
「それに、地味なことは、悪いことではありません。むしろ、そこには、真の美しさが隠されていることもあります。派手なものばかりに目を奪われる人は、大切なものを見落としてしまう」
彼の言葉は、私にとって初めて聞く言葉だった。今まで、地味なことは欠点だとばかり思っていた。でも、ノアは、それを私だけの「美しさ」だと言ってくれた。
「ミアさんの真の美しさと強さは、決して表面的なものではありません。それは、心の奥底から溢れ出る輝きです。私は、そんなミアさんを、初めて見た時から、ずっと素敵だと思っていました」
私の目から、涙が溢れ出した。こんなにも、温かい言葉をかけてもらったのは、生まれて初めてだった。カイル様は、私のすべてを否定したけれど、ノアは、私のすべてを肯定してくれた。
「私と、共に歩んでいただけませんか? どんな時も、あなたが望むなら、私はあなたの隣にいます」
ノアは、私の目を真っ直ぐに見つめ、そう言った。彼の瞳は、夜空の星のように、きらきらと輝いていた。この時、私の心の中で、何かが大きく変わった。彼となら、きっと大丈夫。そう思えた。
私が身を移したのは、本当に小さな街だった。人も少なくて、空気が澄んでいて、どこか懐かしいような優しい匂いがする。
馬車を降りて、最初にたどり着いたのは、両親が寄付をしていると聞いていた孤児院だった。小さな建物だけど、手入れが行き届いていて、玄関には色とりどりの花が飾られていた。
「あら、あなたは?」
出迎えてくれたのは、優しい雰囲気の年配の女性だった。この孤児院の院長先生らしい。私は自己紹介をして、ここで奉仕活動をしたいと申し出た。きっと、地味な私を受け入れてくれる場所なんて、ここしかないと思った。
「まあ! 素晴らしいわ! 大歓迎よ、ミアさん」
院長先生は、私の顔を見てふわりと微笑んでくれた。その笑顔は、侯爵家では見たことのない、本当に心からの歓迎の気持ちがこもっている笑顔だった。
孤児院での生活は、初めてのことばかりで戸惑うこともあったけど、子どもたちはすぐに私に懐いてくれた。
「ミアお姉ちゃん、絵本読んで!」
「ミアお姉ちゃん、お花摘みに行こう!」
小さな手で私の服の裾を引っ張る子たち。彼らのキラキラした瞳を見ていると、私の心の中の暗い影が、少しずつ薄れていくのを感じた。絵本の読み聞かせをしたり、一緒に庭で花を摘んだり、料理の手伝いをしたり。侯爵家では許されなかったような、泥だらけになって遊ぶこともあった。でも、それが、すごく楽しかった。
ある日の午後、いつものように庭で子どもたちと遊んでいると、孤児院の門が小さく開いた。そこに立っていたのは、背の高い男性だった。太陽の光を背負っているから、顔はよく見えないけど、すらりとした立ち姿に、どこか気品を感じた。
「こんにちは。院長先生はいらっしゃいますか?」
彼の声は、低くて落ち着いていて、どこか耳に心地よかった。院長先生は不在だったので、私が対応することになった。
「あの、院長先生は今、街にお買い物に行かれていて……何かご用でしょうか?」
私は少し緊張しながら尋ねた。こんな素敵な人、今まで会ったことがない。カイル様とも違う、なんていうか、もっと静かで優しい雰囲気の人だった。
「そうですか。では、後日改めて伺います。寄付のお届けに参りましたので」
そう言って、彼は大きな袋を差し出した。中には、たくさんの絵本やおもちゃ、それから美味しそうなパンがぎっしり詰まっていた。
「わあ! 絵本だ!」
「おもちゃもある!」
子どもたちが、目を輝かせて彼の周りに集まってきた。彼は、一人ひとりに優しく微笑みかけ、頭を撫でてあげていた。その手つきは、とても慣れていて、子どもたちもすぐに彼に懐いているようだった。
「お兄さん、ありがとう!」
一人の男の子が、彼に抱きついた。彼は優しくその子を抱き上げ、くるりと一回転させてあげた。その時の彼の笑顔は、本当に温かくて、私の心臓が、きゅんと音を立てた。
それが、ノアとの初めての出会いだった。彼はその後も、週に何回か孤児院を訪れるようになった。いつもたくさんの寄付を持ってきてくれて、子どもたちと遊んでくれる。彼は自分の素性を一切話さなかった。どこから来たのか、何をしている人なのか、何も教えてくれなかったけど、私は、彼と一緒にいる時間が、一番好きだった。
「ミアさんは、いつも楽しそうですね」
ある日の夕方、子どもたちが寝静まった後、庭のベンチで二人きりになったとき、ノアがぽつりと言った。
「え? そう、ですか?」
私は少し驚いて、彼の顔を見た。彼の目は、私を真っ直ぐに見つめていた。まるで、私の心の奥底を見透かされているみたいで、少し恥ずかしくなった。
「はい。子どもたちといる時のミアさんは、とても輝いています。初めて会った時よりも、ずっと」
彼の言葉は、私の胸にじんわりと温かく染み込んだ。侯爵家では、誰からも「地味だ」「影が薄い」としか言われなかったのに。ノアは、私の良いところを見つけてくれた。
「私、侯爵家の長女だったんです。でも、地味すぎて、婚約者にも捨てられちゃって……」
気づけば、私は自分の過去を話していた。話すつもりなんてなかったのに、ノアの優しい声を聞いていると、自然と言葉が溢れ出した。
ノアは、ただ静かに私の話を聞いてくれた。途中で遮ることもなく、ただ頷いてくれるだけだった。それが、どれだけ私の心を楽にしてくれたことか。
「……だから、もう誰にも期待せず、ここでひっそり暮らそうって決めたんです」
私が話し終えると、ノアは少し考えるように黙り込んだ。そして、ゆっくりと口を開いた。
「地味、だなんて、そんなことはありません。ミアさんは、とても優しい方です。そして、誰よりも強い心を持っている」
彼の言葉に、私ははっと顔を上げた。私のどこに、そんなものがあるというのだろう?
「子どもたちの瞳が、それを教えてくれました。彼らは、純粋な心でミアさんを見ています。そして、私も」
ノアは、私の手を取り、そっと握った。彼の温かい手が、私の冷たくなった心を包み込んでくれた。
「それに、地味なことは、悪いことではありません。むしろ、そこには、真の美しさが隠されていることもあります。派手なものばかりに目を奪われる人は、大切なものを見落としてしまう」
彼の言葉は、私にとって初めて聞く言葉だった。今まで、地味なことは欠点だとばかり思っていた。でも、ノアは、それを私だけの「美しさ」だと言ってくれた。
「ミアさんの真の美しさと強さは、決して表面的なものではありません。それは、心の奥底から溢れ出る輝きです。私は、そんなミアさんを、初めて見た時から、ずっと素敵だと思っていました」
私の目から、涙が溢れ出した。こんなにも、温かい言葉をかけてもらったのは、生まれて初めてだった。カイル様は、私のすべてを否定したけれど、ノアは、私のすべてを肯定してくれた。
「私と、共に歩んでいただけませんか? どんな時も、あなたが望むなら、私はあなたの隣にいます」
ノアは、私の目を真っ直ぐに見つめ、そう言った。彼の瞳は、夜空の星のように、きらきらと輝いていた。この時、私の心の中で、何かが大きく変わった。彼となら、きっと大丈夫。そう思えた。
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