お飾りの妻ですから。あなたに愛されないなら好きにさせていただきます。

後編

子供を産んでから、彼の行動は少し変わった。
毎日ではないけれど、かなり頻繁に訪れるようになった。
もちろん、私ではなく子供に会いに来ているのだ。

子供は可愛らしい男の子だった。

跡継ぎを無事に産んだことに対して、

「よくやった」

と言われた。
結婚して初めての、彼からの労いの言葉だった。

でも、出産を経験してから、私の心にも変化が訪れた。
彼に素っ気ない態度をとられても、あまり気にならなくなった。
彼に「よくやった」と言われても、それほど嬉しくもなかった。

彼よりも、ずっと大切なものができたからかもしれない。
子供の笑顔を見ていると、ようやく私は彼の呪縛から逃れられそうな気がしてきた。



時が経ち、息子が歩くようになり、やがて話もできるようになった。
大きな病気もせずに元気に育ってくれたのが、今の私のなによりの喜びだ。

彼は相変わらずまめに通ってくる。子供の成長が見たいようだ。

しかし、息子は彼には懐かなかった。
子供なりに何かを感じとっていたのかもしれない。
毎回なにかしら子供にプレゼントを持ってくるのだが、それでも子供はあまり心を開こうとはしなかった。

ある時、彼に向かって息子がこう言った。

「お父さん、浮気してるんでしょ？」

周りのメイド達が大慌てで息子の口を塞いだが、彼にはしっかり聞こえたようだ。
なんとも言えない表情をして、その日はすぐに帰って行った。



それからしばらくして、彼が次に来たとき、彼は「別れてきた」と言った。

その日から、彼は毎日私の所に帰ってくるようになった。
今までずっと彼の周りにあった女性の痕跡が、なくなっていた。

でも、なぜか私の心は動かなかった。

表向きには、夫である彼に向かって笑いかけ、ちゃんと受け答えをする。
しかし、私の心はもう彼の方を向いてはいなかった。

息子もまた、彼に本当になつこうとはしなかった。
彼が自分の父親であるということは理解しているのだが、やはりどこかで距離を置いているようだった。

こんな環境では、息子の教育に良くない。
私はそう思った。

夫と息子を天秤にかけ、驚くほどあっさりと息子をとることができた。



実は以前から、私に良くしてくれる男性がいる。
結婚する前からの知り合いだ。私がまだ社交界にいたころ、激しく求愛されたこともあった。
結婚してからも、折に触れて手紙を送ってくれていた。

その頃の私は、夫のことしか頭になかったから、彼のアピールに気づくことすらなかった。

でも、今の私は違う。

息子がもう少し大きくなって、急な環境の変化に耐えられるようになったら、私は出奔してその彼のところへ行こうと思う。息子と二人で。

夫は今になって、私をいたわってくれるようになったが、私の心はもう既に冷え切っていた。

まるで、立場が逆転したかのようだ。

私は息子を連れて彼の元を去る。

彼は遅かったのだ。
もう、私の心は彼のところにはない。