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第三章:素顔のままで
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アパートの更新、または退居まであと二日。
西村和也は焦っていた。和也の住んでいる「たぶん荘」の契約に関する話の、最終的な返答までの期間は残り僅か。なのに、大家の白亜とは一切連絡が取れずにいた。
「クソがっ!どうしろっつーんだよっ!」
ベッドに寄りかかり、和也はスマホを開いた。SNSアプリをタップして、白亜さんの裏アカ、アラミタマのクロアさんの投稿をチェックする。自撮り写真の投稿は、予約投稿でもしているかのように、毎日夜十時ぴったりに投稿されていた。他に何か無いかと投稿を遡る。
『暫く動画は休む、すまない』
黒の狐面で顔を覆い、着物をきっちり着込んだ上に、赤い縄で自縛している写真に添えられた一言。画面を操作する指が止まった。
アラミタマのクロアさんの動画チャンネルもチェックしてみたが、この前のお仕置き配信アーカイブ以降、新しい動画は配信されていない状態だった。このままでは、何も掴めなさそうだ。連絡にも出ないならば……
「行って確かめるっきゃねぇよなクソッ!」
和也はスマホと鍵をパーカーのポケットに入れて、ゴミ捨てに行く時用の樹脂サンダルを履いて、白亜さんの住む古民家へと向かった。
「白亜さーん!居るんなら出てきやがれ!連絡シカトしてんじゃねぇよ!!」
ガンガンと、玄関のドアを叩きながら、白亜さんを呼んだ。
「チッ、いねぇのかよ……」
暫く経っても返事は無く、ドアを叩く手を止めた。辺りはシンと静まり返った。何も無い平日の、静けさだった。
カラカラカラ……
和也が諦めて帰ろうとした時、控えめな音を立てて、玄関のドアが開いた。和也の目の前には、誰も居なかった……ように見えた。
「下だ、下を見よ」
可愛らしい、少年の声が聞こえた。声の通りに下を向く。と、白髪に赤い目をした、耳の部分が小さな羽根のようになっている少年が、そこに居た。
「……ガキ。ここに白亜さんっつー変な兄ちゃん居ねぇか?お前を大人にしたような見た目の、様子のおかしい兄ちゃんだ」
白亜さんを小さく可愛らしくしたような、稚児装束の少年に、和也は問いかけた。少年はムスッとした表情で、背伸びをしながら和也を見上げた。
「不敬者め!我がその、様子のおかしい兄ちゃん本人だ」
「ああ?どういう事?」
分からない。似てはいるが、少年が白亜さん本人だと言われても、和也の中では上手く結び付かない。
「我が白亜だと言っておる。上がれ」
少年の小さな手が、和也のパーカーの裾をキュッと掴み、引っ張った。
まあ、上がって話だけでも聞いてやろう。時間も微妙だし。
和也は、見慣れた客間で少年と話をしていた。
「と、言う訳だ。この姿は力を使い過ぎた故の、省エネモードである」
「あー、何となく分かった。が、使い過ぎた力はどん位で回復すんだ?」
ぽんぽん、と膝の上に座らせた、少年の姿の白亜さんの頭を、和也が撫でる。
ぐきゅるるる~~~。
「……我は、腹が空いた」
「腹の音、思いっくそ聞こえてっから。台所に何かねぇのか?」
小さな白亜さんの両脇の下に手を通し、ひょいと持ち上げて膝の上から退かし、和也は台所で食べ物を漁った。
冷蔵庫は置いてある意味が分からない、空の箱と化していた。他に置いてあるものを探す。段ボール箱に、カップ麺がいくつか残っていた。
「白亜さん、カップ麺食えっか?」
「食えはするだろう……だが……」
「ん?」
「この姿では湯が沸かせぬ。手がとどかぬからな……ヤカンに水を入れる事すら出来ぬ故、食えぬのだ」
確かに小せぇ姿じゃ、踏み台も無い台所で、ヤカンに水を入れる事すら出来ねぇな。
白亜さんが恥ずかしそうにそっぽ向く姿に、和也の悪戯心が刺激された。
「湯を沸かして注ぐだけじゃん、オレがやってやるよ」
「本当か!?」
「ただし、配信の時みてぇに可愛く、ぬしさま♡ってお願い出来たらな」
一瞬目を輝かせて嬉しそうにした後、羞恥と悔しさからか涙目でオレを睨んでくる。
白亜さんのコロコロ変わる表情が、和也は楽しくて仕方ないのだ。
「可愛くお願いしてみろよ、白亜さん」
ぐぬぬ……と、聞こえた気がした。
「……ぬ、ぬしさま、カップ麺作って……白亜に食べさせて、下さい……」
めちゃくちゃ睨まれてはいるが、それはそれとして。和也はヤカンに水を入れてコンロにかけ、湯を沸かし始めた。
「おー、よしよし。よく言えたなぁ。空腹に負けたか?いい子いい子」
ワシャシャシャシャ、和也は少年の姿の白亜さんの頭を思い切り撫でくりまわした。
「止めろ、この不敬者めが!」
「はははっ、全っ然!怖くねーよ」
白亜さんは首を横に大きく振って、撫でくりまわす和也の手から逃れようとする。尻尾のように束ねられた、白亜さんの後ろ髪がせわしなく揺れ動いた。
うーん、こんなの放っておけねぇし、やっぱ大人の姿の白亜さんのが良いな、オレは。和也は沸いたばかりの湯をカップ麺に注ぎながら、考えていた。
「で、もう一度聞く。どん位で元の姿に戻れそうなんだ?」
「……我は力のたまり方が遅い故、何もせぬ場合、早くて三か月程かかる」
「何かした場合は?」
「試した事は無い上に、我一人では出来ぬ事……どうにもならぬ」
あぁ、白亜さんはきっと、お金が絡むとかのこじつけられそうな出来事でも無い限り、基本何でもかんでも独りで背負って、肝心な事ほど誰かに物事を頼むのが苦手なんだろうな。オレとは真逆じゃん。
「もっと!白亜さんは周りに頼れよ!頼って、断られて、相手を憎んだっていい。まずは、頼れ!」
「和也?」
「人間なんて使ってナンボなんだろ?一人でどうにもなんねーっつーなら、まず目の前に居る奴にでも、出来るかどうか聞いてから!言ってくんなきゃ分かんねーよ!諦めんのは、その後っ!」
「……ありがとう、和也」
白亜さんは恥ずかしそうな、困ったような不思議な顔で、ふわりと笑っていた。
西村和也は焦っていた。和也の住んでいる「たぶん荘」の契約に関する話の、最終的な返答までの期間は残り僅か。なのに、大家の白亜とは一切連絡が取れずにいた。
「クソがっ!どうしろっつーんだよっ!」
ベッドに寄りかかり、和也はスマホを開いた。SNSアプリをタップして、白亜さんの裏アカ、アラミタマのクロアさんの投稿をチェックする。自撮り写真の投稿は、予約投稿でもしているかのように、毎日夜十時ぴったりに投稿されていた。他に何か無いかと投稿を遡る。
『暫く動画は休む、すまない』
黒の狐面で顔を覆い、着物をきっちり着込んだ上に、赤い縄で自縛している写真に添えられた一言。画面を操作する指が止まった。
アラミタマのクロアさんの動画チャンネルもチェックしてみたが、この前のお仕置き配信アーカイブ以降、新しい動画は配信されていない状態だった。このままでは、何も掴めなさそうだ。連絡にも出ないならば……
「行って確かめるっきゃねぇよなクソッ!」
和也はスマホと鍵をパーカーのポケットに入れて、ゴミ捨てに行く時用の樹脂サンダルを履いて、白亜さんの住む古民家へと向かった。
「白亜さーん!居るんなら出てきやがれ!連絡シカトしてんじゃねぇよ!!」
ガンガンと、玄関のドアを叩きながら、白亜さんを呼んだ。
「チッ、いねぇのかよ……」
暫く経っても返事は無く、ドアを叩く手を止めた。辺りはシンと静まり返った。何も無い平日の、静けさだった。
カラカラカラ……
和也が諦めて帰ろうとした時、控えめな音を立てて、玄関のドアが開いた。和也の目の前には、誰も居なかった……ように見えた。
「下だ、下を見よ」
可愛らしい、少年の声が聞こえた。声の通りに下を向く。と、白髪に赤い目をした、耳の部分が小さな羽根のようになっている少年が、そこに居た。
「……ガキ。ここに白亜さんっつー変な兄ちゃん居ねぇか?お前を大人にしたような見た目の、様子のおかしい兄ちゃんだ」
白亜さんを小さく可愛らしくしたような、稚児装束の少年に、和也は問いかけた。少年はムスッとした表情で、背伸びをしながら和也を見上げた。
「不敬者め!我がその、様子のおかしい兄ちゃん本人だ」
「ああ?どういう事?」
分からない。似てはいるが、少年が白亜さん本人だと言われても、和也の中では上手く結び付かない。
「我が白亜だと言っておる。上がれ」
少年の小さな手が、和也のパーカーの裾をキュッと掴み、引っ張った。
まあ、上がって話だけでも聞いてやろう。時間も微妙だし。
和也は、見慣れた客間で少年と話をしていた。
「と、言う訳だ。この姿は力を使い過ぎた故の、省エネモードである」
「あー、何となく分かった。が、使い過ぎた力はどん位で回復すんだ?」
ぽんぽん、と膝の上に座らせた、少年の姿の白亜さんの頭を、和也が撫でる。
ぐきゅるるる~~~。
「……我は、腹が空いた」
「腹の音、思いっくそ聞こえてっから。台所に何かねぇのか?」
小さな白亜さんの両脇の下に手を通し、ひょいと持ち上げて膝の上から退かし、和也は台所で食べ物を漁った。
冷蔵庫は置いてある意味が分からない、空の箱と化していた。他に置いてあるものを探す。段ボール箱に、カップ麺がいくつか残っていた。
「白亜さん、カップ麺食えっか?」
「食えはするだろう……だが……」
「ん?」
「この姿では湯が沸かせぬ。手がとどかぬからな……ヤカンに水を入れる事すら出来ぬ故、食えぬのだ」
確かに小せぇ姿じゃ、踏み台も無い台所で、ヤカンに水を入れる事すら出来ねぇな。
白亜さんが恥ずかしそうにそっぽ向く姿に、和也の悪戯心が刺激された。
「湯を沸かして注ぐだけじゃん、オレがやってやるよ」
「本当か!?」
「ただし、配信の時みてぇに可愛く、ぬしさま♡ってお願い出来たらな」
一瞬目を輝かせて嬉しそうにした後、羞恥と悔しさからか涙目でオレを睨んでくる。
白亜さんのコロコロ変わる表情が、和也は楽しくて仕方ないのだ。
「可愛くお願いしてみろよ、白亜さん」
ぐぬぬ……と、聞こえた気がした。
「……ぬ、ぬしさま、カップ麺作って……白亜に食べさせて、下さい……」
めちゃくちゃ睨まれてはいるが、それはそれとして。和也はヤカンに水を入れてコンロにかけ、湯を沸かし始めた。
「おー、よしよし。よく言えたなぁ。空腹に負けたか?いい子いい子」
ワシャシャシャシャ、和也は少年の姿の白亜さんの頭を思い切り撫でくりまわした。
「止めろ、この不敬者めが!」
「はははっ、全っ然!怖くねーよ」
白亜さんは首を横に大きく振って、撫でくりまわす和也の手から逃れようとする。尻尾のように束ねられた、白亜さんの後ろ髪がせわしなく揺れ動いた。
うーん、こんなの放っておけねぇし、やっぱ大人の姿の白亜さんのが良いな、オレは。和也は沸いたばかりの湯をカップ麺に注ぎながら、考えていた。
「で、もう一度聞く。どん位で元の姿に戻れそうなんだ?」
「……我は力のたまり方が遅い故、何もせぬ場合、早くて三か月程かかる」
「何かした場合は?」
「試した事は無い上に、我一人では出来ぬ事……どうにもならぬ」
あぁ、白亜さんはきっと、お金が絡むとかのこじつけられそうな出来事でも無い限り、基本何でもかんでも独りで背負って、肝心な事ほど誰かに物事を頼むのが苦手なんだろうな。オレとは真逆じゃん。
「もっと!白亜さんは周りに頼れよ!頼って、断られて、相手を憎んだっていい。まずは、頼れ!」
「和也?」
「人間なんて使ってナンボなんだろ?一人でどうにもなんねーっつーなら、まず目の前に居る奴にでも、出来るかどうか聞いてから!言ってくんなきゃ分かんねーよ!諦めんのは、その後っ!」
「……ありがとう、和也」
白亜さんは恥ずかしそうな、困ったような不思議な顔で、ふわりと笑っていた。
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