拾った少年は、有能な家政夫だった

麻路なぎ

文字の大きさ
15 / 15
もう一つの未来

IFエンド――もう一つの未来(12終わりの時間から続くお話)

しおりを挟む
 それから2年以上が過ぎていた。
 季節は冬から春へと変わろうとしている。
 私はと言うと、普通に仕事して、普通に過ごして、恋人も作らず休みの日はミクとつるんでいた。
 失恋の痛手が大きいから特定の相手を作らない。といえば聞こえはまあまあいいかもしれない。
 けれど、一番の理由は別のところにあった。
 たった数日だけ、一緒に過ごした少年。
 サラサラの髪に、黒い大きな二重の瞳。
 本当の名前も、年齢もわからないあの子。
 私の心の中に、ずっとあの子が住んでいる。
 一緒に過ごしたのなんて、10月の連休だけだったのに。
 短い時間だから、印象に深く残っているのかしら?
 もちろん結論なんてでやしない。
 あの子は何者だったんだろう。
 ふと、そう思うことがある。

「相手いないなら、俺と結婚しない?」

 金曜日の夕方。
 高校時代の先輩に誘われて飲みに行ったら、顔を合わせるなりそんなこと言われた。

「やだなー、先輩。
 先輩続いたのって最高何か月ですか?」

 すると先輩は指を折りながら、

「四か月かな?」

 と笑顔で答えた。
 四か月って。短すぎやしませんか。

「先輩お医者様なんですし、私なんかもったいないですよー」

 そう言って、私はチューハイをあおる。
 先輩はビールを一口飲んで、

「俺本気なんだけどなー」

 とふざけた口調で言った。
 この先輩はこういう人だ。
 この人の言うことを本気にしていたら、付き合っていられない。

「べつに、斗真のこと忘れられないわけじゃないでしょ?」

 えぇ、まあ、そうなんですけど。

「結婚したよね? 斗真」

「子供生まれたらしいですよ」

 厄介なことに、斗真の情報は向こうからやってくる。
 一年以上前に結婚し、最近子供も生まれたらしい。
 結婚式の招待状が来たときは正直キレた。
 友達のところにきた結婚報告の手紙や、家族が増えました、みたいな手紙を見せてもらった。幸せそーでよかったね。
 なんとなくムカついて、私はチューハイ一気に飲んで、次の飲み物注文した。

「誰か他に好きな人でもいるの?」

 先輩の言葉にドキリとする。
 それが顔に出たのか、先輩はふっと笑った。

「どんな子?」

「そ、そんな相手いないですよ」

 一瞬、頭の中にあの子の顔がよぎる。
 あの子、どうしてるかな。

「あの子ってどんな子?」

「先輩、エスパー?」

 そう私が言うと、先輩は笑って、

「声に出てたよ」

 と言った。
 私は顔が紅くなるのを感じ、顔を反らした。

「もう、会うことなんてないですし」

 ボソリと呟いて、私はお酒の入ったグラスを握りしめた。
 そう。会えるわけない。
 私、あの子のこと、何にも知らないもの。
 頭に何かが触れる。
 先輩の手が、優しく私の頭を撫でていた。

「琴美は、その子のこと好きなの?」

「……綾人先輩、違いますよー」

 そう言って、笑ってみせる。
 でも、無理やり作った笑顔っていうのはすぐバレてしまい。
 
「泣きそうな顔してるよ」

 なんて事、言われてしまった。
 だって。
 もう会えないもの、あの子とは。
 熱いものが、頬を伝う。
 先輩は、黙って私の頭をなでている。
 その手は、妙に暖かかった。




 日が暮れようとする街を、花束もった高校生らしき子たちが歩いて行く。
 今日は卒業式か。
 私が高校卒業したのなんて10年以上前の話だ。
 卒業式のあと、ミクや先輩と会って遊んだなあ。帰りが遅くなって、親に怒られた。
 あの子は、高校卒業してるだろうか?
 たぶん、あの時あの子は10代だよね。
 どう、してるかなあ。
 自分のアパートの前につき、空を見る。
 もうすぐ日がおちる。空には星が一つ見えた。
 一緒に夜景を見に行ったっけ? あれきり、あの場所には近づいていない。
 そもそもひとりで行く場所でもないけれど。
 私はアパートの階段を上り、廊下の、私の部屋の前に人影を見つけ、思わず立ち止まった。
 その人物はこちらへと視線を向ける。
 サラサラの黒い髪。縁無しの眼鏡をかけた、大きな二重の瞳。アイドルのような、整った顔立ちの背の高い少年――
 私は大きく目を見開いて、その子を見つめた。
 彼はまさしく、あの、2年以上前にほんの数日だけいっしょに過ごした少年、レイジだった。
 え、なんで? どうして彼がここにいるの?
 え? え?
 頭の中は大混乱。
 彼は制服だった。
 ってことは高校生? まさか高3?
 ってことは、あの時高1?
 なんでここにいるの? え、どうして?
 頭の中をいろんな思いが駆け巡る。
 私が完全に固まって動けないでいると、彼はこちらに歩み寄ってきた。
 やばい、来た。どうしよう、私。
 震える唇から、やっと出た言葉は、

「な、んで?」

 だった。
 すると彼は微笑んで言った。

「お久しぶりです、琴美さん」

 懐かしい、澄んだ声が耳に響く。
 私はなんと言っていいかわからなくて、茫然と彼を見つめた。
 その距離、50センチくらい。

「今日、卒業式でした」

 11歳も年下だったのね。

「もう会わないと、思っていたんですが」

 私は、もう会えない、と思ってました。
 だって、私は君のこと何にも知らないんだもの。
 探す手がかりなんてないし。
 だから、奇麗な想い出として、しまっておこうて思ってた。
 なのに。
 顔をみたら、心臓が早鐘のように脈打っている。
 手を伸ばせば、届く距離に彼がいる。
 けど、私は動けなくて、どうしたら良いがわからなくて、じっと彼を見つめていた。

 彼の身体が近づいてきたかと思うと、ふわりと抱きしめられた。
 シャンプーの香りが優しく香る。
 って、えー?!
 何、何が起きてるの?
 なんで、抱きしめられてるの?
 え? え?

 事態についていけない私の耳元で、彼が囁く。

「会いたかった」

 ……え?
 今、何て言った?
 私は、頭の中で、レイジが言った言葉を繰り返す。

 会いたかった。

 ですと?

 え、うそ。
 ほんとに? え? え?

「あ、え、あの……」

 耳まで紅くなるのを感じながら、出た言葉は言葉になっていなくて。
 私は、戸惑いながら、彼の背に手を回した。
 どうしよう。
 11も下の男の子に、私、ドキドキしてる。

「ずっと、忘れられませんでした」

 そう言った彼の声は、とても甘い声だった。

「え? れ、レイジ……?」

「すみません、突然押しかけて。
 連絡先もわかりませんでしたので、正直悩んだのですが」

「え? あ、えーと。
 その……」

 言葉が出てこない。
 嬉しいのに。いや、驚いてもいるけど。
 なんにも言えないなんて。
 もどかしすぎる。

「琴美さん」

 レイジの顔がすぐ目の前にある。
 とても、真剣な顔をして、私を見ている。

「好きですって、言ったら、迷惑ですか?」

 ……え?
 好きって、なんだっけ?

「え、あ、え? 好きって……
 わ、私、29よ? 君より11も年上だし……」

 そうだ。11も違うのに。いいの? ねえ。

「僕は、あなたがいいんです」

 その言葉に、私の心臓は破裂しそうだった。
 心の中は、驚きと嬉しさでいっぱいになっていた。
 彼の指が、私の目元に触れる。
 そこで私は初めて気がついた。
 目から涙が溢れてた。

「すみません、驚かせてしまって」

「え、あの……その……」

 言いたいのに、言葉が出てこない。
 私も、会いたかったって言いたいのに。
 涙がどんどん溢れてくる。

「僕は、貴方が好きです」

 彼の薄い唇から改めて紡がれた言葉の意味を、私は一瞬理解できなかった。
 目を瞬かせて、目の前にいる少年を見つめる。
 彼は真剣な顔をして、私を見ている。

「え、あ……ほ、本気、なの?」

 そう問いかけると、彼は頷く。
 なんで? どうして?
 ほんの数日一緒にいただけなのに。
 私がずっと忘れずにいたように、彼も忘れていなかったってこと?
 彼の身体が離れ、そして、静かに言った。

「すみません、いきなり押しかけてこんなこと言って。
 困らせてしまいますよね」

「レイ……じゃなくて……その……」

 私も会いたかったって言いたいのに。
 なんで言えないのかしら。
 レイジは、寂しげな笑みを浮かべて、言った。

「すみません、僕……帰りますね」

「え、ちょっと待って」

 私は、横をすり抜けようとするレイジの腕を掴む。
 せっかく再会できたのに。
 告白だけして名前も言わずにまた行っちゃうの?
 そんなの、嫌。

「私、まだ何も言ってない。
 私、名前だって知らないのに」

 振り返った彼の目を見つめてそう言うと、彼は、あっという顔をした。 

「緋月(ひづき)です。甲斐緋月」

 甲斐緋月。
 やっと知ることのできた彼の名前を、心の中で繰り返す。
 私は彼の腕を掴んだまま、溢れてくる言葉を告げる。

「私だって、忘れてなかったの。
 ずっと、君のこと覚えてて、でも、何にも知らないから、手掛かりもないし」

 そう言った私の声は涙声だった。
 彼は真剣な顔して、私を見てた。

「私は、知りたいの。君のこと。
 名前だけじゃなくて、もっといろんなこと」

 11も下の子に何言ってるんだろう?
 そんな思いが頭の片隅をよぎるけど、私は思いのまま、喋り続けた。

「私だって、君のこと、好きなんだから」

 溢れる涙で歪む視界の中に、レイジの綺麗な顔が近づいてくるのが映る。
 唇が額に触れ、そして彼の繊細な指が私の涙を拭う。

「てっきり、僕のことは忘れていると思ってました」

 忘れてなんて、いないわよ。
 言いたいのに、涙が溢れて何も言えない。

「このあと、お時間ありますか?」

 彼の言葉に、私はこくこくと頷いた。

「僕に、琴美さんの時間を少しくれますか?
 色々と、お話したいです」

 そして、手が握られる。
 私はその手をぎゅっと握り返し、彼に告げた。

「いっぱい、話してもらうんだから。
 君のこと、いっぱい」

 すると、彼は笑って、分かりましたと頷いた。
 部屋、散らかってるけど大丈夫かしら?
 相変わらずですね、何て言って、片付けしてくれそう。
 今日はどれだけ一緒にいられるんだろう?
 卒業したとはいえ、そんなに遅くまでは無理よね。
 連絡先、聞かなくちゃ。
 私の頭の中を、いろんな想いが駆け巡っていく。
 
 今度は三日じゃなくって、いっぱい一緒にいてもらうんだから。

 そう言うと、彼は喜んで、と言ってにっこりと笑って見せた。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

c-
2018.08.13 c-

私…
もう一つの未来のほうが好きかもしれん…デス

2018.08.14 麻路なぎ

お読みくださりありがとうございます。
たぶんそう思われる方は多そうです。
彼のさまざまな状況からこの「もうひとつの未来」の結末はifにしかならないんですよね。

ご感想ありがとうございました。

解除

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…? ※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。