あやかしのなく夜に

麻路なぎ

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3臨と俺と

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 貸与されているIDで仮眠室のロックを外そうと思い、思い出す。
 この仮眠室の鍵は昨日、臨が壊したんだった。
 案の定鍵はかかっておらず、僕はそのまま中に入り、バッグを床に放り投げてベッドに倒れこんだ。
 頭の中を、先ほどの女性の記憶がぐるぐる回る。
 殺人事件の関係者の記憶を消すのは初めてじゃない。
 この町の中、外問わず何人かの記憶を吸い上げてきた。
 親を殺された子供の記憶、恋人を殺された女の記憶。
 いくつかの記憶を消してきたが、どれも詳細は思い出せなくなっている。
 ただ、そんな人がいた、という事実のみ記憶の断片に残っているだけだ。
 僕はスマホを手にして、いつものように画像を開こうとし、手を止める。
 猫の生首の話を思い出し、吐き気に襲われ仕方なく僕は画像を見るのをやめた。
 臨、真梨香さん、恨むぞまじで。
 僕はメッセージアプリを開き、臨の名前をタッチしてメッセージを入力する。
『お前責任取れよな』
 とだけ入力し、送信する。
 どうせ返事は来ないだろうが、何か言わないと気が済まない。
 やはり返事はすぐに来ず、僕はスマホを握りしめたままぐるり、と身体を反転させて天井を向いた。
 真っ白な天井、空いたままのカーテンから差し込む光が少し眩しい。
 僕はスマホを握りしめたまま、大きく息を吐く。
「気持ち悪……」
 この仕事を始めてもう一年以上たつ。
 時給もいいし、稼いだ金で予備校の講習も受けるようになった。
 来年の受験に向けて少しでも金を稼がなくては。
 
 どれくらい時間が経っただろうか。
 うとうとしていると、握りしめているスマホがメッセージの着信を告げた。
 眠い目をこすり、僕はスマホのロックを解除する。
 相手は臨だった。
『てっきり俺、やらかしたのかと思ったじゃないか。まあ、そこまで馬鹿じゃないけれど』
 やらかした、とはいったいどういう意味だ。
『うるせえ。お前のせいで僕は今、癒しを得られないんだぞ』
『いま病院?』
 と、すぐ返信が来て、僕は短く返す。
『うん』
『迎えに行こうか?』
『女と一緒じゃねーの?』
『女じゃないよ』
 その返信を見て、僕は思わず手を止めた。これって……そういうことか?
 臨の貞操観念は壊れていると、僕は思っている。
 男も女も関係ないし、誰とでも寝る、らしい。
 知ってはいても、こう匂わされると戸惑いが大きい。
 正直、臨に迎えに来てもらいたいと言う思いは全くないので、何も返事を返さず僕はベッド上でダラダラしていた。
 それから一時間以上経ち、仮眠室の扉が開く音がした。
「紫音」
 ほのかに香る香水に、思わず僕は口を押える。
 そうだ、休みの日はこいつ、香水するんだった。
 普段ならこいつが香水していようがなんだろうが気にならないが、今は駄目だ。
 僕は身体を反転させ、枕に顔を突っ伏した。
「あれ、どうしたの?」
「香水がちょっと気持ちわりい」
「あぁ、ごめん。つい習慣で」
 そんな言葉と共に聞こえてきたのは窓が開く音だった。
「これなら少しはましかな」
「たぶん……」
 そう答え、僕はゆっくりと身体を起こした。
 ジーパンに黒のだぼついたセーターを着た臨は、妙に色っぽく見える。
「二日連続で仕事なんて大変だね」
「そういえば、お前は仕事ねえの?」
 そう尋ねると、臨は頷きながら言った。
「うん。明日は仕事あるから、呼ばれても来られないよ?」
「呼ばねーよ、いちいち」
 その時、視界がぐらり、と揺らぎ、僕は思わず臨の肩を掴んだ。
 すると臨が僕の両肩に手を置き、
「大丈夫?」
 と、問いかけてくる。
 大丈夫、ではない。
 僕は首を横に振り、
「今日のはちょっと、きつかった」
「そう。そこまでして仕事する理由、俺には理解しにくいけど、それで救われる人が、いるんだもんね」
 そうだ。
 俺のこの苦しみと引き換えに俺が記憶を吸い上げた人たちは、トラウマに悩まされず生きていくことができる。
 そもそも人は生きるのに必要のない記憶など忘れるものだ。
 僕はその記憶を忘れる手伝いをしているだけだ。
「でも紫音、痩せないよね。いつ食べてるの?」
「夜、お菓子食いまくってる」
「不健康極まりなさすぎ」
 夜になれば吸い上げた記憶なんて忘れるから、だから夜遅くなればがっつり食える。
 よくないとは思っているが、こちとら成長期の高校生だ。
 腹が減れば夜中でもカップラーメンでもおにぎりでも食べる。



 それから二週間ほど過ぎた、十月二十三日土曜日。
 僕は今日も開館時間から図書館で勉強をしていた。
 十二時近くになり、いったん家に帰ろうと荷物を片付けているとスマホがメッセージの受信を知らせた。
 確認すると、真梨香さんからのメッセージだった。
 仕事か、と思いアプリを開くと、思っていたのと違う内容が書かれていた。
『また見つかったの、猫の死体! 今度はふたつも!』
 猫の死体。
 ふたつ。
 想像してしまい、僕は思わず口を押える。
 なんでこんなことをわざわざ知らせてくるんだ真梨香さんは。
『どこで見つかったんですか?』
『大学の庭で! 怖くない? 怖いよね」
 それは確かに怖いが。
 なんだか圧を感じる。
『警察も捜査するって言っていたけど、人の仕業とは思いにくいのよねー。だからねえ、紫音君、調査してくれない?』
 調査、の文字の意味が分からず、僕はしばらくスマホの画面を見つめて考えた。
 調査ってどういう意味だ?
 調査、調べる、捜査?
 いやいやいや、僕はただの高校生だぞ。
 何言ってるんだこの人は。
『この間、臨君が鍵壊したでしょう? 弁償はいいから調べてほしいのよ。貴方たちなら相手が人じゃなくても何とかなるでしょう?』
 それは偏見が過ぎないか?
『鍵壊したのは僕じゃないですよ』
 無駄だと思いながら、それだけ言ってみる。
 すぐ返信があり、
『貴方たち、ニコイチでしょう? 学生たちも気味悪がってるし。あ、あと目撃したっていう学生の記憶、消してほしいのよ。ショック大きかったみたいで震えてて。警察の事情聴取は終わったからお願いね』
 そう言われたら行かないわけにはいかず、僕は心の中でため息をつき、臨にメッセージを送った。
『暇?』
 さすがに臨のスケジュールなど僕は知らない。
 すぐに既読がつかないので、仕事かデートだろう。
 僕はスマホをトートバッグに放り込み、自習室を後にした。
 
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