24 / 39
24 ヒトウバン
しおりを挟む
十六時をすぎるとだいぶ辺りが暗くなる。
夕闇をの中を僕たちは、天狐の山に向かって歩いていた。
山は大学病院の裏手にあるから、大した距離は歩かない。
山の周りは街灯が少ないため人通りも少ない。犬の散歩の人とすれ違う位で静かなものだった。
遠くに緊急車両のサイレンが響く。また誰か亡くなるのだろうか。
今の仕事をはじめてから、僕はサイレンの音に敏感になっていた。
サイレンの音が響いたあと、数日以内に僕が大学病院に呼ばれることが多いからだ。
ここは決して大きな町じゃないけど事故も事件も日々何かしら起きる。
というかここが大きな町じゃなくて良かったと思う。
もしここが人口何十万人もいる様な都市だったら僕はしょっちゅう呼ばれたことだろう。
いくら吸い上げた記憶を忘れるとはいえ、僕はきっと耐え切れなかったと思う。
そんなことを考えている間に、山の入り口が近づいてくる。
山の入り口はまるで異界への入り口みたいだ。
この山に住んでいる色んな異形の者の存在を考えたら、それは間違えていないかもしれない。
僕たちが捜している、猫を襲う化け物に関するヒントはまだ少ない。
もう少しなにかある見つかるといいけど。
「辺りはまだ明るいのに、山は暗いね」
「そうだな」
「ねえ紫音、俺の荷物、預かっててよ」
言いながら臨は僕にスマホや財布、鍵を差し出す。
僕はそれらを受け取りバッグにしまった。
山に入ると、降りてくる人や犬の散歩の人たちとすれ違う。
「こんな時間に山に入るなんて危ないわよ」
と、声をかけてきた人が何人もいたけど、僕たちは笑って誤魔化した。
降りてくる人はいても登ってくる者はいない。
風が吹き、枝が揺れてガサガサと音が響く。
烏の鳴き声が聞こえ一層不気味さを増している。
……ていうか、烏、うるさくね?
僕は空を見上げる。
烏の姿が枝の隙間から見える。どうやら何羽もの烏が旋回して鳴いているようだった。
「にぎやかですねぇ」
僕の腕の中でリモが言う。
「なんかおかしくねぇかな」
「烏、ぐるぐる回りながら鳴いてる?」
臨の呟きに僕は頷いた。烏の鳴く理由、何かあるんだろうか。
「ねえ紫音」
まあそうだよな。臨なら気になるから行ってみよう、って言い出すに決まっている。
僕は臨の方を向き、
「わかったよ、確かめたいんだろ? 烏が鳴いている理由」
と尋ねると、臨は笑顔で頷いた。
「うん、あんなに鳴いてるってことは何かあるかもしれないし」
このところの色々で臨が思い立ったら行動を起こさないと気が済まない、ということがよくわかったので僕は付き従うことにした。
僕たちは懐中電灯の明かりを頼りに山を進む。
烏は社の上空を飛んで騒いでいるようだった。
社に近づくにつれ、烏の数も声も多くなっていく。
そこに逃げるようにして社の方から何かが飛んできた。
「ひぃっ……」
なんて悲鳴を上げて飛んでいるのは首だった。
僕たちよりずっと年上だろう。四十前後と思われる男の首と、女の首がこちらへと向かって来たかと思うと、急に止まった。
「人間がいる」
「人間がいる」
男と女が口々に言う。
「あぁ、狸もいっしょだよ?」
「あぁ、狸も一緒だねえ。じゃああいつを何とかしておくれよ!」
怯えた様子で首は口々に言った。
……これがヒトウバン……なんだろうけどなんだか様子がおかしい。
ふたりは何かに怯えている様で、落ち着かない様子で僕らの周りを飛んでいる。
「あいつって何のことですか?」
場にそぐわない抜けた声でリモが言う。
女のヒトウバンは僕の方に近づくと、かっと白い目を見開き言った。
「あいつだよ。あいつ。この奥にいるよ! 早く何とかしておくれよ! あんなんがいたんじゃあ、いつあたしたちも喰われるか!」
正直ヒトウバンが怖いと思うけれど、逃げることもできず僕はヒトウバンの言葉を反芻する。
ヒトウバンを喰うかもしれない存在がこの奥にいる?
……それってヤバいやつなんじゃあ……
「この奥に行けば会えるんですね!」
臨のテンション高い声が響き、僕は覚悟を決めるしかないと悟る。
僕に後戻り、という選択肢はないんだ。
ヒトウバンは再び僕らの周りを飛び、
「早く早く」
「早く何とかしておくれ」
と言い、僕たちが来た方角へと飛び去ってしまった。
後に残された僕と臨は顔を見合わせた後、リモの方を見た。
「あいつって誰?」
僕が言うと、リモは大きく首を傾げた。
「心当たりありませんねえ?」
「でもヒトウバンの言っていたこと考えると、あいつっていうのはリモの知り合いなんじゃないの?」
ヒトウバンは、狸も一緒だ、じゃああいつを、とか言っていたと思う。
狸がいるから何とかしろ、っていう風に聞こえたからするとそのあいつ、というのはリモの知り合いの可能性が高いんじゃないだろうか。
「まあ行けばわかるだろうし、行こうか、紫音」
僕は正直気が進まないけど、戻るのも怖いので仕方なく前に進むことにした。
夕闇をの中を僕たちは、天狐の山に向かって歩いていた。
山は大学病院の裏手にあるから、大した距離は歩かない。
山の周りは街灯が少ないため人通りも少ない。犬の散歩の人とすれ違う位で静かなものだった。
遠くに緊急車両のサイレンが響く。また誰か亡くなるのだろうか。
今の仕事をはじめてから、僕はサイレンの音に敏感になっていた。
サイレンの音が響いたあと、数日以内に僕が大学病院に呼ばれることが多いからだ。
ここは決して大きな町じゃないけど事故も事件も日々何かしら起きる。
というかここが大きな町じゃなくて良かったと思う。
もしここが人口何十万人もいる様な都市だったら僕はしょっちゅう呼ばれたことだろう。
いくら吸い上げた記憶を忘れるとはいえ、僕はきっと耐え切れなかったと思う。
そんなことを考えている間に、山の入り口が近づいてくる。
山の入り口はまるで異界への入り口みたいだ。
この山に住んでいる色んな異形の者の存在を考えたら、それは間違えていないかもしれない。
僕たちが捜している、猫を襲う化け物に関するヒントはまだ少ない。
もう少しなにかある見つかるといいけど。
「辺りはまだ明るいのに、山は暗いね」
「そうだな」
「ねえ紫音、俺の荷物、預かっててよ」
言いながら臨は僕にスマホや財布、鍵を差し出す。
僕はそれらを受け取りバッグにしまった。
山に入ると、降りてくる人や犬の散歩の人たちとすれ違う。
「こんな時間に山に入るなんて危ないわよ」
と、声をかけてきた人が何人もいたけど、僕たちは笑って誤魔化した。
降りてくる人はいても登ってくる者はいない。
風が吹き、枝が揺れてガサガサと音が響く。
烏の鳴き声が聞こえ一層不気味さを増している。
……ていうか、烏、うるさくね?
僕は空を見上げる。
烏の姿が枝の隙間から見える。どうやら何羽もの烏が旋回して鳴いているようだった。
「にぎやかですねぇ」
僕の腕の中でリモが言う。
「なんかおかしくねぇかな」
「烏、ぐるぐる回りながら鳴いてる?」
臨の呟きに僕は頷いた。烏の鳴く理由、何かあるんだろうか。
「ねえ紫音」
まあそうだよな。臨なら気になるから行ってみよう、って言い出すに決まっている。
僕は臨の方を向き、
「わかったよ、確かめたいんだろ? 烏が鳴いている理由」
と尋ねると、臨は笑顔で頷いた。
「うん、あんなに鳴いてるってことは何かあるかもしれないし」
このところの色々で臨が思い立ったら行動を起こさないと気が済まない、ということがよくわかったので僕は付き従うことにした。
僕たちは懐中電灯の明かりを頼りに山を進む。
烏は社の上空を飛んで騒いでいるようだった。
社に近づくにつれ、烏の数も声も多くなっていく。
そこに逃げるようにして社の方から何かが飛んできた。
「ひぃっ……」
なんて悲鳴を上げて飛んでいるのは首だった。
僕たちよりずっと年上だろう。四十前後と思われる男の首と、女の首がこちらへと向かって来たかと思うと、急に止まった。
「人間がいる」
「人間がいる」
男と女が口々に言う。
「あぁ、狸もいっしょだよ?」
「あぁ、狸も一緒だねえ。じゃああいつを何とかしておくれよ!」
怯えた様子で首は口々に言った。
……これがヒトウバン……なんだろうけどなんだか様子がおかしい。
ふたりは何かに怯えている様で、落ち着かない様子で僕らの周りを飛んでいる。
「あいつって何のことですか?」
場にそぐわない抜けた声でリモが言う。
女のヒトウバンは僕の方に近づくと、かっと白い目を見開き言った。
「あいつだよ。あいつ。この奥にいるよ! 早く何とかしておくれよ! あんなんがいたんじゃあ、いつあたしたちも喰われるか!」
正直ヒトウバンが怖いと思うけれど、逃げることもできず僕はヒトウバンの言葉を反芻する。
ヒトウバンを喰うかもしれない存在がこの奥にいる?
……それってヤバいやつなんじゃあ……
「この奥に行けば会えるんですね!」
臨のテンション高い声が響き、僕は覚悟を決めるしかないと悟る。
僕に後戻り、という選択肢はないんだ。
ヒトウバンは再び僕らの周りを飛び、
「早く早く」
「早く何とかしておくれ」
と言い、僕たちが来た方角へと飛び去ってしまった。
後に残された僕と臨は顔を見合わせた後、リモの方を見た。
「あいつって誰?」
僕が言うと、リモは大きく首を傾げた。
「心当たりありませんねえ?」
「でもヒトウバンの言っていたこと考えると、あいつっていうのはリモの知り合いなんじゃないの?」
ヒトウバンは、狸も一緒だ、じゃああいつを、とか言っていたと思う。
狸がいるから何とかしろ、っていう風に聞こえたからするとそのあいつ、というのはリモの知り合いの可能性が高いんじゃないだろうか。
「まあ行けばわかるだろうし、行こうか、紫音」
僕は正直気が進まないけど、戻るのも怖いので仕方なく前に進むことにした。
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる