35 / 38
35 変わりゆく日々
しおりを挟む
旅から帰って、慌ただしく年末年始を迎えた。
二三二九年一月。
今月、カナタは期末試験があり、それが終われば卒業式まで休みだ。
試験が終われば、カナタは車の免許をとる為に教習所に通うし、ハンターの講習にも行くことになっている。
もうすぐ始業式となる日の夕食の後、ソファーに並んで座ってお茶を飲んでいると、カナタが言った。
「ねえねえ、ピアス、まだ開けちゃダメ?」
カナタにそう問われて僕は首を横に振った。
「ダメだよ。高校はピアス、禁止だろう? 卒業まで我慢しなさい」
少し強めの口調で言うとちょっと不満な顔を見せたけれど、しぶしぶ、という感じで頷く。
「じゃあ、他にも開けたいから買いにいこ」
などと呟く。
「なんでそんなにピアス、したいの?」
不思議に思って尋ねると、カナタは首を傾げて呻った後、そうだ、という感じで言った。
「かっこいいから!」
とても子供らしい答えに、思わず笑ってしまう。
「あとさ、ピアスなら外れにくいでしょ? 色んなデザインあってかっこいいし。前に音耶に買ってもらったやつあるじゃん。あれするの俺、楽しみなんだー。音耶に買ってもらったからー」
と、笑顔で声を弾ませる。
なんで僕にピアスを買わせたのかピン、とこないが嬉しそうな顔をしているので特にそれ以上突っ込もうとは思わなかった。
「そっか。ねえ、カナタ。僕の仕事の事で話があるんだけど」
そう僕が切り出すと、カナタの目がばっと見開かれたような気がした。
「とりあえず僕は元の仕事に戻るつもりだけど、そうなると長期間家を空けることになる。それでも大じょ……」
「大丈夫だよ。俺、子供じゃないし」
被せ気味に、カナタは強い口調でそう答える。
「だってそれって今の仕事、辞めるって事でしょ? 俺、そっちのほうがいいもん」
言いながら、カナタは僕の方にぐい、と身体を近づけてくる。
僕の今の仕事――娼夫の仕事をカナタは嫌悪感を抱いているから、早くやめてほしいのだろうな。
普通に考えたら、ハンターのほうが死の危険があるのに。それはいいのだろうか。
そんな疑問は飲み込み、僕は頷き言った。
「わかったよ。お金はそれ用の財布用意するからそこから使って。足りなくならないようにいれておくから」
「うん、わかった。それで音耶がやっと辞めてくれるなら俺、嬉しいもん」
言いながら、カナタが僕の首に腕を絡めてくる。
「う、わぁ」
僕は慌てて、持っているお茶が入ったカップをテーブルに置いた。
「危ないだろう」
そう苦言を呈するが、カナタは気にする様子もなく僕の顔をじっと見る。
その目には喜びの色が見えた。
「ごめん。でもやっと音耶が俺だけの物になるんだもん。そう思うと嬉しいんだ」
「僕は物じゃないよ」
「そうだけど……でも俺のだもん」
と言い、力を込めて僕の身体を抱きしめてくる。
カナタの抱く僕への感情に、僕は押しつぶされそうになることがある。
君の独占欲や愛情は、僕には重すぎる。
「ずっと、仕事してる音耶みて我慢してたから。でももう我慢しなくていいんでしょ。別の男の匂いするの、ほんと俺、無理だから」
「それは……ごめん」
まさかそんなことでバレるなんて思っていなかったから、それしか言えなかった。謝る事ではないのだろうけれど。
スキン、と胸に痛みが走る。
カナタは何も言わず、僕を抱きしめるだけだった。
一月の半ば。
僕は娼館のマスターであるリイナに、仕事を辞めたいと告げた。
「……大丈夫なの?」
瞳孔のない、深紅の瞳が怪訝そうに僕をじっと見つめる。
「大丈夫って何が」
「あまり嬉しそうに見えないけれど。この仕事を辞める、という奴はみんな嬉しそうな顔をするものなのに」
そう言われると複雑だった。
決して好きでやっていた仕事ではないからだ。でも、この仕事を辞めたところでセックスする日々は変わらない。
不特定多数の相手に抱かれていたのが、特定のひとりに変わるだけだから。そこに愛情があるかどうかの差があるだけだろう。
けれどカナタが僕に向ける愛情と、僕を抱く異形たちが僕に向ける感情にそこまで深い違いがあるとも思えなかった。
どちらも異常なまで、僕への執着心を見せてくる。それが僕にはおそろしく重く……同時に愛される悦びを感じさせるものだった。
僕は保護者なのに、こんな関係許されるものではないだろうけれど、もう逃げられないところまできてしまった。
リイナが僕を見る目には、どこか憐みの色が見える。
彼女に深い事情を話したことはないけれど、僕の見た目が変わらないことや、もしかしたらカナタとのことにもなにか気が付いているのかもしれない。
「引き取ったって子、高校卒業か」
そう、静かにリイナが呟く。
そんな言葉から、彼女が気が付いているのでは、という疑惑が核心へと変わる。
「あぁ」
「で、いつ辞める?」
「……今月末で」
すこし急かもしれないけれど、カナタが嫌がる顔を見たくない、という想いもあり、それ以上先にしたくはなかった。
僕の答えに、リイナは頬杖をついて答えた。
「そう。ねえ音耶。あんたが抱えているもの、少しでも軽くなるといいね」
何かを見透かしたように言い、彼女はゆっくりと瞬きをする。
そんな日が来るわけがないけれど、僕は、
「あぁ」
とだけ短く答えた。
二三二九年一月。
今月、カナタは期末試験があり、それが終われば卒業式まで休みだ。
試験が終われば、カナタは車の免許をとる為に教習所に通うし、ハンターの講習にも行くことになっている。
もうすぐ始業式となる日の夕食の後、ソファーに並んで座ってお茶を飲んでいると、カナタが言った。
「ねえねえ、ピアス、まだ開けちゃダメ?」
カナタにそう問われて僕は首を横に振った。
「ダメだよ。高校はピアス、禁止だろう? 卒業まで我慢しなさい」
少し強めの口調で言うとちょっと不満な顔を見せたけれど、しぶしぶ、という感じで頷く。
「じゃあ、他にも開けたいから買いにいこ」
などと呟く。
「なんでそんなにピアス、したいの?」
不思議に思って尋ねると、カナタは首を傾げて呻った後、そうだ、という感じで言った。
「かっこいいから!」
とても子供らしい答えに、思わず笑ってしまう。
「あとさ、ピアスなら外れにくいでしょ? 色んなデザインあってかっこいいし。前に音耶に買ってもらったやつあるじゃん。あれするの俺、楽しみなんだー。音耶に買ってもらったからー」
と、笑顔で声を弾ませる。
なんで僕にピアスを買わせたのかピン、とこないが嬉しそうな顔をしているので特にそれ以上突っ込もうとは思わなかった。
「そっか。ねえ、カナタ。僕の仕事の事で話があるんだけど」
そう僕が切り出すと、カナタの目がばっと見開かれたような気がした。
「とりあえず僕は元の仕事に戻るつもりだけど、そうなると長期間家を空けることになる。それでも大じょ……」
「大丈夫だよ。俺、子供じゃないし」
被せ気味に、カナタは強い口調でそう答える。
「だってそれって今の仕事、辞めるって事でしょ? 俺、そっちのほうがいいもん」
言いながら、カナタは僕の方にぐい、と身体を近づけてくる。
僕の今の仕事――娼夫の仕事をカナタは嫌悪感を抱いているから、早くやめてほしいのだろうな。
普通に考えたら、ハンターのほうが死の危険があるのに。それはいいのだろうか。
そんな疑問は飲み込み、僕は頷き言った。
「わかったよ。お金はそれ用の財布用意するからそこから使って。足りなくならないようにいれておくから」
「うん、わかった。それで音耶がやっと辞めてくれるなら俺、嬉しいもん」
言いながら、カナタが僕の首に腕を絡めてくる。
「う、わぁ」
僕は慌てて、持っているお茶が入ったカップをテーブルに置いた。
「危ないだろう」
そう苦言を呈するが、カナタは気にする様子もなく僕の顔をじっと見る。
その目には喜びの色が見えた。
「ごめん。でもやっと音耶が俺だけの物になるんだもん。そう思うと嬉しいんだ」
「僕は物じゃないよ」
「そうだけど……でも俺のだもん」
と言い、力を込めて僕の身体を抱きしめてくる。
カナタの抱く僕への感情に、僕は押しつぶされそうになることがある。
君の独占欲や愛情は、僕には重すぎる。
「ずっと、仕事してる音耶みて我慢してたから。でももう我慢しなくていいんでしょ。別の男の匂いするの、ほんと俺、無理だから」
「それは……ごめん」
まさかそんなことでバレるなんて思っていなかったから、それしか言えなかった。謝る事ではないのだろうけれど。
スキン、と胸に痛みが走る。
カナタは何も言わず、僕を抱きしめるだけだった。
一月の半ば。
僕は娼館のマスターであるリイナに、仕事を辞めたいと告げた。
「……大丈夫なの?」
瞳孔のない、深紅の瞳が怪訝そうに僕をじっと見つめる。
「大丈夫って何が」
「あまり嬉しそうに見えないけれど。この仕事を辞める、という奴はみんな嬉しそうな顔をするものなのに」
そう言われると複雑だった。
決して好きでやっていた仕事ではないからだ。でも、この仕事を辞めたところでセックスする日々は変わらない。
不特定多数の相手に抱かれていたのが、特定のひとりに変わるだけだから。そこに愛情があるかどうかの差があるだけだろう。
けれどカナタが僕に向ける愛情と、僕を抱く異形たちが僕に向ける感情にそこまで深い違いがあるとも思えなかった。
どちらも異常なまで、僕への執着心を見せてくる。それが僕にはおそろしく重く……同時に愛される悦びを感じさせるものだった。
僕は保護者なのに、こんな関係許されるものではないだろうけれど、もう逃げられないところまできてしまった。
リイナが僕を見る目には、どこか憐みの色が見える。
彼女に深い事情を話したことはないけれど、僕の見た目が変わらないことや、もしかしたらカナタとのことにもなにか気が付いているのかもしれない。
「引き取ったって子、高校卒業か」
そう、静かにリイナが呟く。
そんな言葉から、彼女が気が付いているのでは、という疑惑が核心へと変わる。
「あぁ」
「で、いつ辞める?」
「……今月末で」
すこし急かもしれないけれど、カナタが嫌がる顔を見たくない、という想いもあり、それ以上先にしたくはなかった。
僕の答えに、リイナは頬杖をついて答えた。
「そう。ねえ音耶。あんたが抱えているもの、少しでも軽くなるといいね」
何かを見透かしたように言い、彼女はゆっくりと瞬きをする。
そんな日が来るわけがないけれど、僕は、
「あぁ」
とだけ短く答えた。
1
あなたにおすすめの小説
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
平凡高校生の俺にイケメンアイドルが365回告白してくる理由
スノウマン(ユッキー)
BL
高校三年生の橘颯真はイケメンアイドル星宮光に毎日欠かさず告白されている。男同士とのこともあり、毎回断る颯真だが、一年という時間が彼らの関係を少しずつ変えていく。
どうして星宮は颯真に毎日告白するのか、そして彼らの恋の行方は?
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる