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9それを着る機会は

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 よく考えたら、異性と二人と出掛けたのは久しぶりかも。
 集団で遊ぶことはあっても、二人きりで出掛けるってなかったしな。
 そう思うと急に意識し出す、遊佐君の存在。
 私と彼の距離は、周りにいるたくさんのカップルとは違い少し離れている。
 私は意識して近づかない様にしているんだけど……気のせいかな、なんとなく距離が近いような。
 まあいいや。
 にしてもなんで遊佐君は、今日ここに現れたんだろう。
 不思議だな。
 ……いや、不思議を通り越して変でしょう。
 私としてはそこまで遊佐君に近づきたいとは思っていないんだけれど。徐々に距離を詰められているような。
 そんなことない……よね?
 遊佐君は辺りを見回してから私の方に視線を向けて言った。

「……こんなにお店があると、悩むね」

「う、うん……ちょっともう心が折れてるんだよねー」

 そう答えて、私は苦笑する。
 ここならたくさん服が売っているから、私に似合いそうなファッションがあるかなと思ったんだけれど……逆に多すぎてどうしたらいいかわからない。
 一階を一通り見ただけだけれど、けっこうおなかいっぱい。
 もう、お昼だけ食べて帰ろうかな、って思い始めている。
 今、二階を見ているわけだけど、いまいちぴんと来なくて。
 手に取って見るだけで試着にまで至った服はない。

「そんなに焦らなくてもいいと思うけれど」

「で、で、でもせっかく来たからマネキン買いでもいいから服を買って帰りたいの」

「マネキン……」

 そう呟いて、遊佐君は辺りを見回す。
 いや、マネキン買いは極端かも知れないけれど。
 でもファッション初心者はそれがいいと言うし。よく知らないけど。
 どうしても黒や白みたいな無難な色に目がいっちゃうんだよね。
 今まで選んだことのない色の服を選ぶ、というのもなかなか冒険かもしれない、と思うものの、そんな勇気は出ない。
 服だって安くはないもんねえ。
 着ない服を買うつもりはない。
 いっそのこと遊佐君に選んでもらう? いや、それは他力本願過ぎる。
 自分の服位、自分で選ぶ。
 そう気合を入れて、私が選んだのは……
 男性女性からベビー服まで扱っている、モードっぽい感じのお店の服だった。
 ロング丈の、黒と濃いグレーの二色使いフレアースカートと、オフホワイトのカットソー。それに、つばの広い黒の帽子を買った。
 スカート、って時点でかなり私は冒険した。
 まあ、お店でマネキンが着ていたのを参考にしたけれど!
 それでもいいの。
 なんか満足。
 私は買った服が入ったショ袋を抱きしめて、ほっと息をつく。
 ルリ、私はちゃんと自分で買ったからね。
 自分で選んで、自分で買えた。
 ……まあ、遊佐君のアドバイスはちょっとあったけれど。
 悩む私の背中を押したのは彼の、

「買い物って出会いだから、少しでも欲しいと思ったら買った方がいいと思うよ」

 という言葉だった。
 買い物は出会いかあ。考えたこともない言葉だった。
 そういえば、お店で見かけて、いいな、と思って次行った時にはもうなくて後悔したことは何度かある。
 そう言う思いをするくらいなら確かに買った方がいいか、とは思う。
 そして、今に至る。
 新しいものを買うと、なんだか心が弾む。

「その服、大学に着ていくの?」

 そう隣から問いかけられ、私は思わず立ち止まる。

「えーと……」

 それは考えていなかった。
 正直に言えば、買っただけで満足している。
 普段に着られるように、と思って買ったのだから大学に着ていくのは全然ありだけれど。
 でも私、今度の通学に着て行くかと言ったら別問題だ。
 いや、たぶん着ないだろうな。かけてもいい。
 結局いつもの黒のパンツにパーカーとかの、カジュアルでユニセックスな服になるに決まっている。
 私が立ち止まったまま黙り込んで下を俯いていると、遊佐君の声がすぐ横で聞こえた。

「日曜日って休みなの?」

「……!」

 今、耳のすぐ横で言いませんでした?
 息が耳にかかってくすぐったかったんだけど!
 私は驚いて遊佐君の方を見る。
 その距離三十センチもないかもしれない。
 遊佐君は私のすぐ横に顔を寄せ、首を傾けて言った。

「休みの日なら、着られるかなって思って。予定がなければだけれど」

 ……なに、この申し出は。
 これは何? 私、心読まれてる?
 いや、即答しなかった時点で、私がこの服を普段着として着ようとは思っていないってわかるか。
 その気があったら、すぐに頷くものね。
 だからって、しょっちゅう外に出掛けるわけでもないし、今のところ外出の予定はない。
 まかさ遊佐君は私が出かけるきっかけを作ろうって思ってるって事?
 なんで?
 私は答えに困っていると、遊佐君は、顔を離して微笑んで言った。

「ゴールデンウィークがあるし、その時に着たらどうかな。それ、春物だし着られる期間は長くないから」

 確かに彼の言うとおりだ。春なんてあっという間だもんね。
 ゴールデンウィークか……
 もちろんゴールデンウィークの予定はまだない。
 いや、バイトはあるけれど毎日じゃないし。
 え、そこで遊佐君と出掛けるの、私?
 即答できず、私は、

「バイトの予定もあるから、考えとく」

 という無難な答えに落ち着いた。



 てっきりあのままお昼を食べる流れになるかと思いきや、そうはならず、私たちは解散した。
 あっさり遊佐君が帰って行ったことには、正直拍子抜けだった。
 私はバスに乗り、十二時半過ぎには家についた。
 お昼を食べて、私は部屋でひとり買ってきた服を見る。
 やっぱり返品しよう、とかいう気持ちを起こさないために、値札などはもう切った。
 スカートを室内着のイージーパンツの上から着て、カットソーに袖を通す。
 姿見の前で私は自分の服装をまじまじと見た。
 ……変な感じ。
 私は買ってきた帽子を被り、もう一度鏡を見る。
 帽子を買うように勧めたのは遊佐君だった。
 私のコンプレックス……雰囲気がユニセックスと言うか……男の子っぽくなってしまうこと。
 帽子を被っただけで雰囲気が全然違う気がする。気のせいかな。
 よくわからないけれど、帽子効果か男っぽさを中和しているような気がする。
 私は帽子をとり、それをクローゼットにしまう。
 服は一度洗わないと。
 私は室内着に着替えて買ってきた服を畳み、机の上に置く。
 そして、ベッドに寝転がり天井を見つめて今日会った出来事を反芻した。
 遊佐君、なんで私の居場所わかったんだろう?
 バスの時間さえわかれば入り口は想像つくか……
 連絡なしで買い物に付き合うってなったのは結局何でだろう?
 ルリが頼んだから?
 そうだ。
 ルリ。
 私はスマホを手に取り、ルリにメッセージを送る。

『ねえ、買い物に行ったら遊佐君が来たんだけれど!』

 すると、すぐに返事が来た。

『買い物ってショッピングモールに? うそ? ほんと?』

『ほんとだって! なんで私の買い物、柊一朗君に言ったの?
 柊一朗君に聞いたって、遊佐君言ってたんだけど』

 そう送ると、しばらく返事は来なかった。
 だいぶ経ってからルリから来たメッセージにはこう書かれていた。

『よくわかんないけど、服買えたならよかったじゃん!』

 いや、何がいいのよ。まあ、服を買えたのはよかったんだけれど。
 でも……何か腑に落ちない。
 ルリのやつ、面倒になって投げたな。
 私はアプリを閉じて、スマホを枕横に放り投げた。
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