【本編完結】偽物の番

麻路なぎ

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33 車の中で

 昼食を終えて、十三時半にはショッピングモールを出た。
 本屋での出来事の後、千早は少々機嫌が悪かったけれど、今は普通だ。
 見た目的には。
 ショッピングモールから千早の家までは、車で二十分ほどだ。

「琳太郎」

「何?」

 買ってきた商品が入った袋を抱え、俺は千早の方を見る。

「あいつ、バイト先で会うだけなんだよな」

 あいつ、って言うのは瀬名さんの事だよなあ。

「大学違うし、バイトもそんなに被るわけじゃねえもん。だから週に多くて二回くらいかな」

 あっちは国立大学で、こっちは公立大学だ。
 駅で会うこともないし、っていうか外で会ったのは今日が初めてだ。

「あいつ、気に入らない」

 だろうな。
 俺からしたら、どっちも何考えてんのか分かんねえから似たようなものに見えるけれども。
 
「何、気になんの? 瀬名さんのこと」

 千早は無言だったが、横顔からは憮然とした表情が読み取れる。
 なにが気に入らないんだ。
 
「瀬名さんは変な人だけど、お前よりは安全だよ」

「……別に俺は……」

 そう言いかけて、千早は黙ってしまう。
 まさか自分が安全だとか思っているのか? こいつ。
 とてもじゃねえけど、俺にしているあらゆる行為や、今日の感情の浮き沈みの激しさ見てると、とてもじゃないが普通に見えねえけど?

「お前、そんな嫉妬とかするやつだったの?」

「嫉妬……なんてしてないっての」

 語気を荒げて否定されても、説得力の欠片もない。
 千早が、瀬名さんに嫉妬。
 いや、それはそれでなんでだって話なんだが。
 俺、べつに瀬名さんと何にもねえしな……
 向こうは何かしたいっぽいけど。

「その割には、あの人と会ってから機嫌悪くね?」

「……悪くない」

「ほら悪いじゃん。別に俺、瀬名さんと何にもないし、なんでそんなに気になるんだよ?」

 その時、赤信号で車が止まる。
 千早はちらり、と俺を見て、正面へと視線を戻す。
 なんだか、ばつが悪そうな顔に見えたのは気のせいか?
 元々、千早ってそんなに感情豊かじゃなかったよな。
 高校の時の千早はちょっと大人びてて、少し皆と距離置いてて。
 いつも笑ってはいるけれど、こんなに感情を出す奴じゃなかった。
 
「俺にもよくわからない。ただ、あいつ見てると……腹が立つ」

 信号が青に変わり、車が動き出す。
 たぶんそれを、一般的に嫉妬って言うんじゃないか。
 なんで嫉妬するんだ、瀬名さんに。
 わけわかんねえな。
 厄介なことにならなきゃいいけど。

「せっかく久しぶりにふたりで出かけてるんだから。もうちょっと楽しめばいいのに」

「……とりあえず、あいつのことは忘れることにする」

「そうしろよ。とりあえず、お前んち着いたら、俺、家に……」

「帰るのは夕方でいいだろう」

 人を従わせる、威圧のある声で言われて俺は押し黙るしかできなかった。
 そうだ、この声。
 この声を聞くと、俺は千早に逆らえなくなる。
 あの、千早に初めて抱かれた時だって結局、この声で……
 なんなんだこの声。
 まあ、夕方に帰れるならいいか。

「別にそれでもいいけど。お前、なんか課題あるんじゃねえの?」

「あるけど、俺が課題に時間かかるわけないだろう」

 そう言われると、確かにそうだろうな、と思う。
 そもそも千早は勉強できる奴だ。
 なんで近場の大学で済ませているのか謎なくらい。
 それでもそこそこの偏差値ではあるけれども。
 
「琳太郎」

「何」

「俺が言う事じゃないだろうけれど……お前があいつと話しているのを見ると、腹が立つ」

「はいはい。だからって、これ以上、俺の行動制限しようとしたら、俺、お前と縁、切るからな」

「それは……」

 動揺したのか、千早は口を閉ざしてしまう。
 こいつは何を恐れてるんだろ。
 ほんと、わかんねえな。
 そんな話をしている間に、マンションに着いてしまう。
 マンションの地下駐車場に車が止まり、俺はベルトを外した。

「琳太郎」

「何」

「次は、どこ行きたい」

「え?」

 驚き、俺は千早の方を見る。
 彼は正面を向いたまま、同じことを言ってくる。

「夏休み、あるだろ? どこか、行きたい場所があったら行こう、って思っただけだ」

 それはあれか、デートの誘いか何かか?
 その割には全然こちらを見ようとしないけれども。
 いざどこか行きたいところがあるか、と言われると、悩んでしまう。

「夏休みかあ……海とか? あ、水族館とかいいかも」

 この辺りに海や水族館はない。
 なので海ってちょっと憧れだったりする。
 
「海……」

「そうそう。あ、ほら、横須賀の軍港ツアーとかも面白そうじゃね?」

 今日見たワイドショーでちらっとやっていた。
 まあ、つまり海が見たい、ということだ。
 
「免許合宿申し込むつもりだから、それが終わったらだけどなー」

 笑って俺が言うと、千早が目を見開き俺を見る。

「……合宿?」

「だって、それが一番安いし、早く免許取れるから」

 千早は、ショックだ、という表情をしている。
 ……何でだ?
 
「俺、免許のお金自腹だからさ、なるべく安くすましたいんだよ。行くのは、八月末の予定だけど」

 八月の始めは夏祭り、その後のお盆はバイトに入ることになっている。
 なので八月の末から九月の始めに免許合宿に行く予定だ。

「確か、二週間くらいかかるよな、それ」

「そうそう。その期間は会えねーけど、我慢しろよ、それくらい」

 すると、千早は口を開き、そのまますぐ口を閉じてしまう。
 何を言おうとしたんだ、こいつ。
 正直、免許の話なんて相談することではないだろう、と思っていたけれど……何か、ショック受けてる?

「……二週間も……」

「ああ。夏休みは二か月あるだろ? その二週間だけだよ」

 千早は、ものすごく嫌そうな雰囲気を醸し出している。
 押し黙ったまま、何かを考えているようにも見える。
 このままではらちが明かない。
 そう思い俺は、車のドアを開く。
 
「その穴埋めはするからそれでいいだろ!」

 声を上げ、俺は車を降りた。
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