【本編完結】偽物の番

麻路なぎ

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★番外編01 運命の番 side 千早

運命の番03

 講義は真面目に受けるが、気が気ではなかった。
 思い出すだけで本能が叫びだす。
 早く捕まえろと、欲望がマグマのように沸き上がる。
 昼休みの始まる十二時十五分が遠い。
 二限目の終わりのチャイムが響き、ばらばらと皆立ち上がり出口へと向かって行く。
 俺は友人にひとこと告げ、食堂へと向かった。
 たくさんの学生たちが吸いこまれていく食堂はかなり広い。
 けれど、いることがわかっているのなら、見つけるのはたやすいだろう。
 ――匂いで、わかるのだから。
 食堂の端の方、窓際の席だ。
 俺は人とテーブルの間を縫い、彼のもとに向かう。
 まっすぐに。
 逃がしてはいけないと、本能が語りかける。
 急いだら逃げられるだろうか?
 ――逃げたら、捕まえればいい。
 俺は彼の座るテーブルの前に立つ。
 宮田は驚きの顔で俺を見上げそして、顔を伏せてカタカタと震えだした。
 明らかに様子がおかしい。
 怯えている?
 なぜ。

「宮田、藍」

 名前を呼ぶと、彼は俯いたまま自分を抱きしめるかのように、腕を交差させている。

「呼ば、ないで……その声で僕を……」

 なぜ怯える必要がある?
 お前は、俺の番だろうに。
 おかしい。変だ。
 何故彼は、俺を恐れる?
 不審に思いながら、俺はテーブルに手を置き、彼に声をかける。

「わかっているだろ? 俺がここに来た理由」

「……だ、だから……僕は怖いんだ。朝、見たときから……でも、僕は、お願いだから……僕に近づかないで。今はまだ、そういう相手を持つつもりはないんだから……」

 そう言われて誰がひくだろうか。
 ずっと探していたんだ。
 昔からずっと、運命の番を。
 父と同じように、囲いたいと思えるほどの相手を。
 その相手が目の前にいるのに、なぜこの男は俺を拒絶する?
 
「お前は俺の物だ」

 呟き俺は、彼に手を伸ばす。
 その時。

「千早」

 声が響き、俺は手を引く。
 振り返れば琳太郎が盆を持ってこちらに向かってくる。
 琳太郎のいない隙を狙いたかったのに。
 あいつが来ては話ができない。
 
「また、後で来る」

 そう彼に声をかけ、俺はその場から離れようとする。

「どうしたんだよ、千早。宮田になんか用?」

 問われて俺は首を横に振る。

「あぁ、そうなんだけど……また後にするよ、じゃあね」

 俺は微笑み、宮田に手を振りその場を後にした。


 ちりちりと、肌が焼けるような感覚。
 俺はいら立ちを感じ、食堂を離れあてもなく構内を歩いていた。
 離れれば離れるほど、俺の中の本能が、今すぐあいつを連れ去れと訴える。
 こんなところでそんな目立つことができるだろうか?
 理性と本能が、俺の中でせめぎ合う。
 なぜ拒絶された?
 そんなことありえるのか?
 あいつだって。
 あいつだってわかっているだろうに。
 なぜ。
 立ち止まり、振り返る。
 居場所も名前もわかったんだ。
 また、次がある。
 同じ大学なんだ。
 いつでもどうにでもなるだろう。
 そう思い直した時。
 スマホがぶるぶると震える。
 相手は琳太郎だった。
 名前を見ただけで、心に小さなトゲが刺さるような感覚を覚える。
 ――琳太郎に、知られたくないのに。
 その想いが、俺の中でゆらゆらと揺れる。
 俺が首を振り、メッセージを確認した。

『千早、宮田と何話してたの?』

 一瞬悩み、そして、考えて返事を返す。

『朝話しただろ? 運命の番の話。いたんだよ、運命が』

 運命の番。
 何ものにも代えがたい、運命の相手。
 昔から、ずっと求め続けていた存在。
 やっと見つけたのに。
 なぜオメガは、俺を拒む?

『って、お前、もしかして、アルファだったの?!』

 あぁ、やっぱり、琳太郎には知られていなかった。
 その後もメッセージのやり取りをし、夕方琳太郎と会って話をすることになる。
 アルファである事を、琳太郎に知られるのは正直望むものではなかった。
 あいつは、知ったらどう思うだろうか?
 ――今さら、態度を変えることなどないか。
 琳太郎は、俺が選んだ友人なんだから。



 講義中、俺はずっと今日の事を考えていた。
 運命の番に会った衝撃と、拒絶された絶望と。
 考えるだけで胸がざわつき、どうしようもない想いがあふれ出そうになる。
 講義を受ける時間がもどかしい。
 時間が過ぎ、俺は友人と離れ約束の場所に向かう。
 人の姿のまばらな食堂。
 琳太郎の姿はまだない。
 俺は窓際の席に腰かけ、外を眺めた。
 なぜ宮田は俺を拒絶する?
 番は相手を拒絶などできないはずじゃなかったのか。
 考えても考えても、なにも答えは出てこない。
 わかっているのは、あいつは怯えていた、ということと、俺を拒否した、ということだ。
 そんなことあっていいはずはない。
 なのになぜ……
 考えれば考えるほど、欲しくてたまらなくなってくる。
 家の場所を調べるか……
 実家なのか、ひとり暮らしなのか。
 それでも事情が変わってしまう。
 ――ひとりなら、リスクはかなり低い。
 閉じ込めて噛んでしまえば、離れられなくなるはずだ。
 父が「母」にしているようにすればいいだけだ。
 
「千早!」

 声がかかり、思考が止まる。
 琳太郎がこちらに来てそして笑う。
 俺は彼に微笑みかけてそして、名を呼ぶ。

「琳太郎」

「わりぃ、待たせた?」

「いいや、ちょっと考え事してたから大丈夫」

 運命を手に入れる方法。
 まさか最初でつまずくとは思わなかった。
 琳太郎は俺の前に腰かける。
 そして、珍しく真面目な顔で言った。
 
「で、宮田が運命の相手ってまじなん?」

 そのことについて、俺は疑いようのない確信をもっている。
 俺の説明に、琳太郎は複雑な顔をした。
 まあ、こいつはベータだ。
 アルファだとか、オメガだとか、運命だとか。
 そんなの考えたことないだろう。
 
「宮田が嫌がっててお前……それでもあいつのこと、欲しいって思うのか?」

 嫌がる意味が、本当にわからない。
 なぜ嫌がる?
 オメガにとって、アルファに囲われるのは幸せなことじゃないのか?
 少なくとも俺は、父にそう教えられてきた。
 うなじを噛み、番してやればいいと。
 力づくでも、欲しいと思った相手は手にいれろ。
 囲い込み閉じ込めてしまえば、相手はもう自分しか見なくなると。
 なのに。
 その段階にすらいけない。
 
「あぁ、今すぐにでも手に入れて閉じ込めてやりたい。ぐちゃぐちゃにして、喘ぐ姿を見てみたい」

 想像するだけで、心が幸福感に満たされる。
 けれど。
 あいつは俺を拒絶した。
 それがどれだけ俺に絶望感を与えているか。
 そんなの誰にも理解できないだろう。
 
「お前それで、その……どうするの、宮田の事」

 どうするも何も、手に入れたいに決まっている。
 けれど、不安な顔をして俺を見つめる琳太郎の目は、俺の理性は本音を隠そうとする。

「……幸い学部も違うし、顔を合わせることは滅多にないだろうから……大丈夫だよ。ごめん、変なこと言って」

 学部も違う。
 だから琳太郎の前で顔を合わせることはないだろう。
 どうにかしてあいつを口説かないと。
 じゃないと俺は……この心に空いた穴をどうやって塞げばいい?

「なんか駄目そうなら言えよ。まあ、俺じゃあ何の役にも立たねえだろうけど、話し相手位はできるし」

 役に立たないことなどないだろうに。
 琳太郎はいつでも、手を伸ばせば届く場所にいる。
 そして、いつだって捕まえることができる相手だ。
 絶対に俺から離れない。
 絶対に俺のそばに居続ける。
 そう、俺が決めた俺の相手。
 宮田と琳太郎と。
 本能が求める相手。
 理性が求める相手。
 ――違う、琳太郎はオメガじゃない。
 だから決して手に入りはしないもの。
 なのに、こいつは俺の心を揺さぶることがある。
 何なんだこの感情。
 いいや、俺が欲しいのはオメガだ。
 ベータじゃない。
 運命の番だけが、俺の求める存在なんだから。
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