【本編完結】偽物の番

麻路なぎ

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★番外編01 運命の番 side 千早

運命の番19

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 混雑するカフェテリア。
 俺は各務に引っ張られてサンドウィッチとアイスコーヒーを購入し席に座る。
 雨の音がかなり響いているが、それ以上に学生たちのざわめきが大きい。
 カフェテリアで食べられるのはパスタやピザ、サンドウィッチなどの軽食だ。
 各務はミートソースのパスタを目の前にし、フォークを持って手を合わせた。

「いただきま~す」

 そんな彼の様子を足を組んで見つめ、意識は別のところにいっていた。
 世界の終わりのような顔。いったいどんな顔だよ。
 絶望的、とでも言いたいのだろうか。それとも悲壮感がひどいとか? そこまで酷い顔をしているとは思えないが。
 各務の素直な感想は、俺の心を大きく揺るがす。
 彼は大きな口を開けてパスタを食べている。
 半分ほど食べ終えた頃、各務はフォークを置き、俺の方を見て首を傾げた。

「喰わねーの?」

 問われてそして、俺は買ってきたサンドウィッチへと視線を落とす。
 たまごと、ハムと、キュウリなどが挟まった三角のサンドウィッチが三つ入ったパックを空ければいいだけだが、俺は食べる気持ちになれずまったく手を付けていない。
 各務はペーパーナプキンで口を拭いそして、頬杖をつく。

「今日、すっげー大人しいよなお前」

 それについては同意する。
 いつもならもう少し各務の相手をするし、こちらから話しかける。
 けれど俺は今日、そんな気持ちにはなれずぼんやりと過ごしている。

「大人しい……そうかもな」

「そうそう、ほら、五月位とか一時期めっちゃ暗かったじゃん? あんときよりひどいって言うか」

 言いながら各務は、コーラの入ったペットボトルに口をつける。
 五月、というのはあの、宮田とのやり取りがあった頃だろう。
 よく覚えているなこいつ。
 あの時は、人前では極力普通に振舞っていたつもりなのに。

「そんな前の事、よく覚えてるな」

「そこまで前じゃねーじゃん。あの頃はほら、そこまで秋谷の事知ってるわけじゃねえし、なんか聞いたら悪い気がしてあんまり突っ込まなかったけど」

 各務はそこまで人のことなど気にしている様子はないように思ったが。
 あぁ、考えてみれば一度だけ何か聞いてきたことがあったっけ。
 とくに重要な記憶ではないので忘れていた。
 突っ込まなかっただろうか? 顔を近づけていろいろ言っていたように思うけれど。 
 各務は辺りを見回した後、身を乗り出し声を潜めて言った。

「お前ってさ、アルファだってマジ?」

 今までこういうことを言ってくるやつは、もっとテンション高く聞いてくるものだが、各務にとってこの話題はとてもデリケートなものに感じるのだろうか。そこまで周りを警戒する必要はないと思うけれど。
 各務とその手の話をした事はないはずだ。
 と言う事は、誰かから聞いたのだろう。この大学には、俺と同じ高校から来た学生が何人かいる。
 だからその誰かから各務の耳に入ってもおかしくないか。
 そもそも高校のときは隠すつもりもなかったし。母を見られたらばれるものだから。
 俺は黙ってうなずき、コーヒーの入った透明なカップを手に持つ。
 各務は気まずそうな顔をして、椅子へと戻りフォークを手にした。

「ほんとなんだ。じゃあ、いつも一緒にいたやつってオメガ?」

 その問いに、俺は頷くことも否定することもできなかった。
 違う。琳太郎はオメガじゃない。けれど俺は――
 取り戻せと頭の中で本能が叫んでる。取り戻す、誰から? あの男からか。
 瀬名悠人。
 あの男は、俺から琳太郎を奪い去るつもりだろうか。
 やっていることは、琳太郎のために見せかけているが、その実態は自分の為じゃないだろうかと感じるところがある。
 俺たちよりも彼の方がずっと上手だ。
 もしかしたら、いつからか俺も彼の掌の上で転がされていたのではと思う位に。
 ひとつしか違わないはずなのに、あの余裕は何なのか。考えるといら立ちを覚えてしまう。
 けれど琳太郎は――今、あいつの手の中だ。
 そんなの許せるだろうか。答えは出ている。

「あ、もしかしてものすごくデリケートな話題? あいつとケンカってレベルじゃなさそうだけど……俺じゃあ役に立たないだろうけど、話くらいは聞けるぜ?」

 各務の言葉が、琳太郎の声と重なる。
 俺が宮田に拒絶された時、あいつも同じことを言っていた。
 話くらいは聞けると。
 
「おい、秋谷、もっとひどい顔になってるぞお前大丈夫かよ?」

 慌てたような声に、俺はゆっくりと顔を上げる。
 各務は心配そうな目で俺を見つめている。
 こいつは俺の事心配するのか。そう思うと不思議な気持ちになる。
 この一か月半ほどの間、俺はずっと琳太郎の事ばかり考えていた。
 各務とだって、他の学生とだって共に過ごし話をしていたはずなのに。ほとんど印象に残っていない。
 琳太郎のいない世界なんて、考えられるだろうか?
 俺は首を横に振り、

「大丈夫じゃないんだろうけど、どうなんだろうな」

 と言い、俺はサンドウィッチの入ったパックを開ける。
 すると各務は苦笑し、そしてペットボトルを握った。

「まあ、俺に悩みとか話すような奴じゃねえよな、お前。まあ話せる内容じゃないって言うのは把握したけど」

 各務だから話せないわけじゃない。各務だろうと誰だろうと、こんな話できるだろうか。さすがに無理だ。
 俺は首を振り、

「別に、お前だから話せないとかじゃねえし。ただ……」

 そこで言葉を止め、俺は手に持ったサンドウィッチを見つめる。
 話せば自分がどれだけおかしいのか自覚せざるを得なくなるからだ。
 これ以上、傷つくことはないだろうが、でも、わざわざ傷を抉るような話をするかと言ったら難しいものだ。

「話したら、俺は自分の弱さを自覚することになるからな」

 そして俺は、たまごのサンドウィッチにかじりつく。

「弱さねえ。まあ、自分の弱さってそうそう人に見せられねーよな。それは俺もわかるわ。プライドあるもん」

 プライド。その表現が適切かわからないが、そう言うのが正しいかもしれない。
 弱味を見せるのはプライドが許さない。特に同性にはなかなか難しいものだ。
 ――そう言う意味でも、琳太郎は特別だった。俺はあいつの前で弱味をさらけ出し、怒りや悲しみをぶつけていたのだから。
 じゃあ、俺は、あいつの何を受け止めていた?
 俺は琳太郎に何かを求められていただろうか?
 ――一緒に出掛けよう、くらいしか思い出せないな、あいつの要求。

「罪を犯せば罰がある。だから俺は、今、会うわけにはいかないんだ」

「罪って大げさだなお前。そんなやべえことやらかしたの?」

 その問いに、俺は黙り込んでしまう。沈黙が肯定を表すことはよくわかっているのに。
 黙り込んで固まった俺を見た各務は、何度も瞬きを繰り返した後、深刻そうな顔をしてフォークを持ったまま言った。

「お前何したんだよ……」

「……人ひとり、精神的に追い込んだ、かな」

 なるべくわかりやすくと思ったが、かなりひどいことをしたように思えてくる。
 いや、実際しただろう。実際琳太郎の心はとても不安定になっているのだから。

「……思ったより重すぎる話だな」

「話さない理由、わかるだろう」

 俺の言葉に、各務は気まずそうに頷く。

「罪ってそう言う事かよ……追い込むって何? 俺には想像できねえけどでも……お前もそうとう心、追い込まれてるよな」

 追い込まれていると言っていいのか、どちらかというと自業自得のような気もするけれど。経過があり、結果がある。
 俺が今不安定なのは、琳太郎を追いこんでしまったことへの罪悪感とあいつを失うかもしれないと言う、喪失感からなのだから。

「自業自得だよ。だから俺は、今あいつに会えないし、会うわけにはいかないんだよ」

「会わないで、それで解決するのかよ?」

 そんなのは俺にもわからない。ただ今は会えない。
 赦されるまで俺は――琳太郎には会えない。
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