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2獣人ユリアン
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それから一年ちかくたち、私の家には家族が増えていた。
商店街の外れにある二階建ての大きな一軒家。
それが私が買った家だ。
庭もあり、家庭菜園も楽しめる。
二階にある寝室から階段を下りると、私より先に起きていた彼が、たたた、と足音を立てて廊下を駆けてくる。
「おはよう、エステル姉ちゃん」
見た目は十二歳前後の少年だけれど、明らかに違うのは耳と尻尾があることだろう。
薄い茶色の髪からのぞく、動物のようなふわふわの毛が生えた三角の耳。おしりから伸びるふさふさの尻尾がゆらゆら揺れている。
獣人の子供であるユリアンだ。
獣人は古代人の末裔で私たち人類よりも遥か昔から存在しているらしい。
人よりも寿命が長く成長も遅い。
公国はこの獣人たちと共生している。
彼らは賢く力も魔力もあるけれど、数はとても少ない。
成長が遅く見た目が愛らしいため、幼い子供が誘拐されることもあるらしい。
数が減る一方で、それなら人と共生したほうが得策だと思ったらしく、公国と条約を結びいくつかの集落に別れて彼らは暮らしている。
公国では普通に見かけるので違和感ないんだけれど、外国にはいないので目立つそうだ。
ユリアンのお母さんが行方不明になったのは半年ほど前だった。
ユリアンたちはここ国境の町プレリーで普通に暮らしていたわけなんだけれど、ある日忽然とお母さんが姿を消してしまった。
たぶん誘拐されたと思うんだけど、大人の獣人がそう簡単に誘拐されるだろうか? 彼らは魔法が使えるし人よりもずっと力が強い。本気で抵抗したら、確実に人間のほうが負ける。
警察に届けたけれど警察もおんなじ考えのようで、誘拐ではなく失踪ではと言われて、たぶんろくに捜査なんてしてくれてない。
私の身分活用して圧力かけてやろうかと思ったけれど、それはやらなかった。
やったところで、ユリアンのお母さんが見つかるとは思えないし。そもそも手がかりが何にもない。
彼の父親は一年ほど前にあった山の事故で亡くなっている。
ユリアンは見た目、十二才位だけれど私より少し年上だ。だからべつにひとりで暮していけたかもしれないけれど、彼は働くことができないし、獣人の子供は力が弱く大人の人間には敵わないので誘拐される可能性も高い。
身寄りのない獣人の子供なんて、いなくなったところで誰も気にしないだろうしね。
そんな事情もあって、私は彼と暮らすことになった。
私より年上なのに、ユリアンは私をなぜか姉と呼ぶ。
「ねえ、何度もいうけど私より年上だよね、ユリアン」
廊下を歩きながら隣を歩く彼に問いかけると、
「うん、そうだけど?」
とにっこりと笑ってユリアンは言う。
「なんで姉ちゃんて呼ぶの?」
「んー、姉ちゃんだから」
いや違うし。
こんな不毛なやりとり何回しただろうか?
「まあいいじゃん。
ほら早くごはん食べようよ。
今日お客さん来るんでしょ?」
そう言って、ユリアンは台所へと消えていった。
ユリアンは家事ができる。
特に料理は好きらしくて、率先してやりたがる。
相談した結果、朝食はユリアンが作り、夕飯は私が作ることになっていた。
「うん、まあ、そうなんだけどね」
言いながら、私も台所へと向かう。
バケットにスープ、生野菜にハモンといった一般的な朝食が用意されている。
お皿を食卓に運び、ふたりで向かい合い、手を合わせてお祈りをする。
「天の母なる女神様、今日の糧を有難うございます」
「ありがとうございます」
私を真似てユリアンも言う。
「じゃあ食べましょう」
「はーい」
今日、私は神官のお仕事はお休みで、人と会う約束になっている。
父が時々使者をよこし、結婚するきはないかとか聞いてくるんだけれど、きっと今日もおんなじ内容だろうな。
「ユリアンは、今日家にいる?」
「うん、魔力石作る」
ユリアンは見た目が子供なため外で働けない。法律で働いていい年齢って決められているんだよね。
ユリアンは人の年齢で言ったら充分働ける年齢なんだけれど、獣人の成人年齢ではないからどこも雇ってはくれない。
だから家でできる仕事をしている。
それが魔力石の作成だ。
ある種の魔法が使えるようになる石で、けっこう需要がある。
光を灯す魔法とか、少しだけ宙に浮かぶことができる魔法とかが数回使えるようになる。
光の魔法は停電があったときや夜道を歩くときに便利ってことで、一番人気で価格も安い。
ユリアンはそういう石を作って雑貨屋に卸していた。そんなに数は作れないみたいだけれど、ひと月で食費くらいは稼げている。
魔法を使うには素質が必要で、その素質がない人の方が圧倒的に多いから少しでも魔法が使えるものって憧れるらしい。
ちなみに、私には石に魔法を付与するなんてことはできない。
単に向いてないだけなんだけど。
「客って誰が来るの?」
「たぶん父の使いの人」
「ああ、毎月なんかくるやつ?
あれ、いつもなんの話をしてんの?」
「早く結婚しろって話」
私が答えると、ユリアンは飲んでいた茶を吹いた。
商店街の外れにある二階建ての大きな一軒家。
それが私が買った家だ。
庭もあり、家庭菜園も楽しめる。
二階にある寝室から階段を下りると、私より先に起きていた彼が、たたた、と足音を立てて廊下を駆けてくる。
「おはよう、エステル姉ちゃん」
見た目は十二歳前後の少年だけれど、明らかに違うのは耳と尻尾があることだろう。
薄い茶色の髪からのぞく、動物のようなふわふわの毛が生えた三角の耳。おしりから伸びるふさふさの尻尾がゆらゆら揺れている。
獣人の子供であるユリアンだ。
獣人は古代人の末裔で私たち人類よりも遥か昔から存在しているらしい。
人よりも寿命が長く成長も遅い。
公国はこの獣人たちと共生している。
彼らは賢く力も魔力もあるけれど、数はとても少ない。
成長が遅く見た目が愛らしいため、幼い子供が誘拐されることもあるらしい。
数が減る一方で、それなら人と共生したほうが得策だと思ったらしく、公国と条約を結びいくつかの集落に別れて彼らは暮らしている。
公国では普通に見かけるので違和感ないんだけれど、外国にはいないので目立つそうだ。
ユリアンのお母さんが行方不明になったのは半年ほど前だった。
ユリアンたちはここ国境の町プレリーで普通に暮らしていたわけなんだけれど、ある日忽然とお母さんが姿を消してしまった。
たぶん誘拐されたと思うんだけど、大人の獣人がそう簡単に誘拐されるだろうか? 彼らは魔法が使えるし人よりもずっと力が強い。本気で抵抗したら、確実に人間のほうが負ける。
警察に届けたけれど警察もおんなじ考えのようで、誘拐ではなく失踪ではと言われて、たぶんろくに捜査なんてしてくれてない。
私の身分活用して圧力かけてやろうかと思ったけれど、それはやらなかった。
やったところで、ユリアンのお母さんが見つかるとは思えないし。そもそも手がかりが何にもない。
彼の父親は一年ほど前にあった山の事故で亡くなっている。
ユリアンは見た目、十二才位だけれど私より少し年上だ。だからべつにひとりで暮していけたかもしれないけれど、彼は働くことができないし、獣人の子供は力が弱く大人の人間には敵わないので誘拐される可能性も高い。
身寄りのない獣人の子供なんて、いなくなったところで誰も気にしないだろうしね。
そんな事情もあって、私は彼と暮らすことになった。
私より年上なのに、ユリアンは私をなぜか姉と呼ぶ。
「ねえ、何度もいうけど私より年上だよね、ユリアン」
廊下を歩きながら隣を歩く彼に問いかけると、
「うん、そうだけど?」
とにっこりと笑ってユリアンは言う。
「なんで姉ちゃんて呼ぶの?」
「んー、姉ちゃんだから」
いや違うし。
こんな不毛なやりとり何回しただろうか?
「まあいいじゃん。
ほら早くごはん食べようよ。
今日お客さん来るんでしょ?」
そう言って、ユリアンは台所へと消えていった。
ユリアンは家事ができる。
特に料理は好きらしくて、率先してやりたがる。
相談した結果、朝食はユリアンが作り、夕飯は私が作ることになっていた。
「うん、まあ、そうなんだけどね」
言いながら、私も台所へと向かう。
バケットにスープ、生野菜にハモンといった一般的な朝食が用意されている。
お皿を食卓に運び、ふたりで向かい合い、手を合わせてお祈りをする。
「天の母なる女神様、今日の糧を有難うございます」
「ありがとうございます」
私を真似てユリアンも言う。
「じゃあ食べましょう」
「はーい」
今日、私は神官のお仕事はお休みで、人と会う約束になっている。
父が時々使者をよこし、結婚するきはないかとか聞いてくるんだけれど、きっと今日もおんなじ内容だろうな。
「ユリアンは、今日家にいる?」
「うん、魔力石作る」
ユリアンは見た目が子供なため外で働けない。法律で働いていい年齢って決められているんだよね。
ユリアンは人の年齢で言ったら充分働ける年齢なんだけれど、獣人の成人年齢ではないからどこも雇ってはくれない。
だから家でできる仕事をしている。
それが魔力石の作成だ。
ある種の魔法が使えるようになる石で、けっこう需要がある。
光を灯す魔法とか、少しだけ宙に浮かぶことができる魔法とかが数回使えるようになる。
光の魔法は停電があったときや夜道を歩くときに便利ってことで、一番人気で価格も安い。
ユリアンはそういう石を作って雑貨屋に卸していた。そんなに数は作れないみたいだけれど、ひと月で食費くらいは稼げている。
魔法を使うには素質が必要で、その素質がない人の方が圧倒的に多いから少しでも魔法が使えるものって憧れるらしい。
ちなみに、私には石に魔法を付与するなんてことはできない。
単に向いてないだけなんだけど。
「客って誰が来るの?」
「たぶん父の使いの人」
「ああ、毎月なんかくるやつ?
あれ、いつもなんの話をしてんの?」
「早く結婚しろって話」
私が答えると、ユリアンは飲んでいた茶を吹いた。
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