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3予想外の訪問者

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 予想外だ。
 私は訪問者を見て思った。
 予想外すぎて声もでない。

「お久し振りですね、エステルさん」

 今日の訪問者はマティアス様だった。
 お付きの人もなしに王国の第二王子がやって来た。
 どういうことなの。
 普段着だろうか。
 玄関先に立つマティアス様は黒いズボンに紺色の上着を着ている。
 まあ、私も流行の幅広のズボンに白いシャツ着てるだけなんですけどね。

「な、な、な……」

「なんで俺が来たのか知りたいの?」

 マティアス様の言葉に私は何度も頷いた。

「ひとり暮らしってどんなのかなって興味があって。
 なかにはいってもいいかな?」

 その申し出を断るわけはなかった。

 応接室にお通ししてお茶を用意する。
 お盆を持つ手はこころなしか震えたけれど、私は大きく息を吸って少しでも気持ちを落ち着かせようとした。
 あんまり効果はなかったけど。
 応接室に戻ると、マティアス様は庭を見ていた。
 庭はちょうど見頃のお花が満開だ。
 暇にあかせてユリアンがお世話をしている。

「広い家だね」

「殺人事件があったとかで安かったんです」

 淡々と答えると、マティアス様は笑った。

「へえ、普通そういう家って嫌がるものじゃないの?」

 言いながら、マティアス様は長椅子に腰かけた。

「いや、まあそうみたいですが、お陰で安く買えましたし。
 私は気にしないので」

 祟られるんじゃあとか言われるけれど、幽霊はいないし。
 私は神官だから別にそういうの怖いとかなかった。

「君は本当に面白いね」

「よく言われます。
 それで、今日はどんなお話が」

「ああ、それなんだけれど」

 彼は相変わらず目に涙を浮かべて笑っている。
 何がそんなにおかしいんだろうか?
 この人大丈夫かな?

「君にその気がないのはわかっているけれど、そう簡単にことはいかなくて」

 あぁ、そうか。
 許嫁の件は、私たちからしたら父親同士がくだらない見栄はって約束してしまったことになるわけだけれど、周りはそうは思わないってことかな。
 でも私にはその気がないし。
 そもそも正式に決まった婚約者じゃないわけだから、そこまでこじれることはないと思うんだけど、うちの国と違って王国はその辺大変なのかな。

「それで、俺も考えたんだけれど」

 嫌な予感がするのは気のせいでしょうか。

「俺と賭けをしないか?」

「賭け?」

 何を言い出すんだこの人は。
 私は呆然と彼を見つめた。
 マティアス様は長い脚を組んで、微笑んで言った。

「一年、俺に時間をくれないか?」

「一年てなんで」

「俺は君以外に興味がないんだ。
 でも君は俺に今さほど興味がないんだろう?
 まあ、一年に一回くらいしか会ってこなかったし。
 それならもっと俺のことを知ってほしいなと思って」

「え、あの、興味があるって私に?」

 すると、殿下は頷いた。
 いやなんで?

「私のどこにそんな」

 正直理解できないんですが。
 だって一年に一回だよ、会ってたの。
 いや、何回か顔合わせたこともあったかもしれないけれど。
 でもそんなしょっちゅうあってはいないし。
 そんな私になんで興味抱くんですか、意味が分かんないんですけど。

「俺は奇人が好きなんだ」

 今しれっととっても失礼なこと言いませんでした?
 唖然とする私を見つめ、マティアス様は続ける。

「君みたいな面白い子、簡単に諦めたくないんだよね」

 またなんか失礼なこと言われた気がするんですけど。

「で、で、でも、何するんですか?
 毎日ここに通うんですか?」

 遠いぞ、王国の王都からこの町は。

「ここに住む」

 いや待て、今何て言ったこの人は。
 あまりの展開に脳がついていかない。

「……エステル姉ちゃん?」

 ユリアンの声に私は素に返った。
 振り返ると、遠慮がちに扉を開けてこちらをのぞくユリアンと目があった。

「どうしたの、ユリアン」

「いや……ちょっと気になって、覗いてごめん」

 そう言ったユリアンの耳が垂れ下がっていく。

「同居人がいるとは聞いていたけれど」

 マティアス様の声が聞こえ、私は慌てて彼の方を見た。

「あの……はい、獣人の子供でユリアンです。
 母親が行方不明になってしまって……たまたまその時彼は私の家にいて、色々あって今は一緒に暮らしてます」

 扉が大きく開き、ユリアンは中に入ってきた。
 覗いたことが後ろめたいのだろう、耳もしっぽも垂れ下がっている。
 マティアス様は立ち上がると頭を下げて言った。

「初めまして、マティアスと言います」

「え、あ、あの……ゆ、ユリアンです」

 明らかにユリアンは戸惑っている。
 見た目が見た目だから、ユリアンを子供扱いする人は多い。
 公国の人は獣人は見た目の倍生きてると知ってるけれど、それでもつい子供のように接してしまう。
 ユリアン位の年齢になると子供扱いされるのを嫌がるんだよね。
 人間で言う思春期にあたるみたいで。
 で、明らかに子供相手とはちがう普通の自己紹介をされて、ユリアンは戸惑いを覚えているわけだ。
 
「あの、ここで暮らすとか聞こえたんですが……」

 ユリアンは私とマティアス様を交互に見て言った。

「そ、それは……」

「ええ、実は住む場所を探していて。
 時期が悪くていい物件がなくて」

「ああ、今引っ越し多いから」

 今はいわゆる進学や就職の時期で、いい物件はあらかた借りられてしまっているだろう。
 この町には大きな学校があって、王国からも進学する学生が多いし。

「仕事は決まっているんですが、決まるのが遅かったせいか出遅れてしまって」

 なんて言いながら、マティアス様は本当に困ったような顔をした。
 今、仕事が決まっているとか言った? え、どういうこと?
 困惑する私をよそに、ユリアンは瞬きをして言った。

「じゃあ、困ってるってことですか?」

「えぇ、私とエステルさんは昔馴染みなので、しばらくの間置かせてもらえないかお願いをしているんです」

「なーんだ。
 てっきりあなたがエステル姉ちゃんが言っていた結婚相手かと思いました」

 無邪気に笑ってユリアンが言う。
 いや、間違ってはいないんだけれど、いやでも今ここで結婚予定の相手だったとか言ったらややこしくなりそうな気がする。
 ユリアンは私のほうを振り返った。

「一階の部屋なんて全然使ってないし、部屋、余ってるよね、エステル姉ちゃん」

 そりゃあ、この家は家族向けの家。
 一階にも二階にも部屋は余っているけれど。何この流れ。
 ユリアン、もしかしてマティアス様を気に入ったの?

「家族が多いと楽しいよ」

 なんてことを満面の笑みを浮かべて言う。

「それはそうだろうけど……」

 でも女のひとり暮らしの家に普通乗り込んできますか?
 マティアス様のほうを見ると、彼は微笑んでこちらを見ている。
 さっき私のことを変な人呼ばわりしたけれど、正直マティアス様も十分変な人だと思う。
 賭けがどうとか言っていたし……
 でもこの人は王子なんだよねぇ……
 なら、ユリアンのお母さんを探すのに便利かも知れない。
 私はマティアス様のほうに向きなおって言った。

「条件があります」

「なに?」

「ここに住むなら私を手伝ってください」

 王子なら私よりもずっと広い人脈があるだろう。
 ならユリアンのお母さんを見つける手がかりを得られるかもしれない。
 使えるものは何でも使えと言うし。
 ならば利用しない手はない。

「ユリアンのお母さんを探すの、手伝ってください」

 その申し出に、彼は頷いた。
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