婚約破棄したはずなのに、元婚約者が家にやって来た

麻路なぎ

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10お散歩をしよう

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 お出掛けにはうってつけの良く晴れた空。穏やかな風が心地いい。
 私たちは少し町を歩いたあと馬車に乗り、湖を目指すことになった。
 うちをでるとすぐ商店街だ。
 ちょうど店があく時間で、商人たちが開店準備に勤しんでいる。
 私たちの前を、軽い足取りでユリアンが歩いている。

「おでかけ、おでかけー」

 なんていう歌まで歌っている。

「彼、楽しそうだね」

 なぜか私の隣を歩くマティアス様が言った。

「そうですねぇ」

 考えてみたら、ユリアンとこうして遠出するの初めてかも。
 下見に行きたいっていうのは本音だろうけど、もしかしたら出掛けたい、という思いがあったのかもしれない。
 すれ違う顔見知りの人たちと挨拶しつつ、私たちは商店街を歩いた。
 プレリーは学生が多いので、格安の食堂や雑貨屋、文具店が多い。
 そういう店を目当てにやってくる観光客もいたりする。
 商店街の通りには、学生たちの他、あきらかに観光と思われる外国人風の人たちの姿も目についた。
 商店街では獣人も働いていて、観光客たちはやたらはしゃいでいる。
 獣人たちは皆、愛想を振り撒くけれども、尻尾や耳を触ろうとする輩が後をたたないとかで、国の方から注意喚起をしている。
 誰だって、身体を突然触られるのは嫌だろう。
 軽犯罪にもなりかねないけれど、外国人からしたら獣人は愛玩動物と変わらないのかもしれない。

「マティアスさん」

「何?」

「ユリアンの尻尾や耳、触りたいと思いますか?」

 ちらりとマティアス様をみて尋ねると、彼は笑みを浮かべてうーん、と唸った。

「そうだね、興味はあるけど、でも触るのは失礼でしょ?」

「私もそう思うのですが、なにも言わずに触ろうとする人が多いそうです」

「獣人はこの国にしかいないからね。東の国に行ったとき、あちらでは金髪が珍しいからかすごく人目を惹いたから、同じ感覚なのかな」

「そうですねえ、逆にこちらでは黒髪とかの濃い髪色は珍しいですから見てしまいますね。
 獣人は基本茶色ですけど、稀に白や黒の毛並みの子供が生まれるんですよ。すごく珍しいとかで、昔は高値で売買されたとか。一度黒い毛並みの獣人に会ったことがりますけれど、とても綺麗でしたね」

 あれはたしか二年くらい前だったと思う。
 獣人の中には外を歩くとき耳を帽子で隠し、ゆったりとした服を着て尻尾を身体に巻きつけて隠して人間の振りをする者がいる。
 彼も人のふりをしている獣人だった。名前はなんだったっけなあ。

「黒い獣人ねえ……」

 小さくマティアス様が呟く。

「ユリアンのお母さんて、どんな毛色?」

 聞かれて、私は記憶をたどる。

「……あれ?」

 ユリアンのお母さんには何度もあっているのに、彼女の毛色が思い出せない。
 ユリアンのお母さんは、会うときいつも帽子をかぶっていたし、ゆったりとした長袖の服を着ていた。
 この辺りは比較的涼しいので長袖でいてもおかしくはないのだけれど。

「エステルさん?」
 
 立ち止まって考え込んでしまった私の肩に、誰かの手が触れる。
 顔を上げると、すぐ目の前に心配そうな顔をしたマティアス様の顔があった。
 驚きすぎて声も出ず、私は呆然と彼を見つめた。

「大丈夫?」

 私は思わず身体をひき、

「だ、だ、だ、大丈夫です!」

 と裏返った声で答える。するとマティアス様はちょっと驚いたような顔をした後、すぐにふっと笑い、

「ならいいけど」

 と言った。
 いや、目の前に顔があったら驚きますから。今、心臓がやばい音たててます。

「すみません、ユリアンのお母さんの髪色とかが思い出せなくて。っていうか私、たぶん見たことないんですよね」

「へえ、そうなの?」

 マティアス様は目を瞬かせて言った。

「はい。まあ、耳や尻尾を隠す獣人はそこそこいるので、そこまで驚くことではないんですが……」

「まあ、ユリアンに聞けばわかりことだし」

 確かにそうだ。
 写真があればいいのだろうけれど、写真なんて特別なことがない限り撮らないしな。
 普通の家は写真撮る機械なんて持ってないし。

「あ、リーズ」

 ユリアンの声が聞こえ、私は彼のほうに視線を向けた。
 リーズはユリアンが片想いをしている獣人の女の子だ。
 年齢はたぶんユリアンと変わらないか、少し上くらいだろう。濃い茶色の毛並みの耳が帽子からちらりと見える。
 ユリアンは立ち止まったまま、通りを歩いて行く彼女に声をかけようとはしなかった。
 って、え?

「ユリアン、声掛けないの?」

 リーズちゃんは急いでいるのか通りを早足で歩いて行って、あっという間に角を曲がってしまった。

「え? あ、だ、だって急いでるみたいだから」

 そう答えたユリアンの尻尾はゆらゆらと揺れている。
 これでどうやって湖に誘おうっていうのだろうか。謎だ。

「そんな事よりさ姉ちゃん、あの大きいお屋敷がブノア商会だよね」

 話題を変えたいのか、ユリアンは尻尾を大きく振りながら通りの向こうに見える茶色の壁の大きな建物を指差した。
 三階建てのその建物はどこから見ても目立つ。

「あそこでマティアスさんは働くの?」

「うん、そうだよ。
 来週から働くことになってる」

「そうなんだー。いいなあ、ああいうところで働けて。俺、まだ就職できないからなあ」

 獣人の成長は、人間の倍かかる。人間のように学校に行ったり就職したりはできるのだけれど、三十歳の成人を迎えないと働くことはできない。

「ユリアン、就職したいの?」

 私が言うと、ユリアンは首をかしげた。

「うーん、どうだろう? したいことないしなあ」

「働かないと結婚できないんじゃないかな?」

「……え、嘘?!」

 そんな衝撃を受けるような話じゃないと思うんだけれど。
 ユリアンは二十四歳なわけだけれど、中身は十代の少年と変わらないんだよね。

「どうやって生活するのよ。魔力石作るだけじゃあ生活費稼げないでしょう」

 私が言うと、どうしよう、とユリアンは呟いて腕を組み本気で悩み始める。
 ブノア商会が見えて来たっていうことは、近くに馬車の駅があるはずだ。
 辺りを見合わすと、すぐに馬車の姿が見えた。

「そんなのあとで悩みなさいよ。ほら、馬車がいるから湖に行きましょう?」

 言いながら、私は馬車を指差した。

「うん、そうだね! 三十歳まであと六年あるし!」

 前向きなのか後ろ向きなのかよくわからないことをユリアンは言い、尻尾をたてた。
 マティアス様のほうを見ると、すっと目を細めてブノア商会の建物を見つめている。
 なんだろう、あの表情。ずいぶんと険しい顔をしているけれどどうしたのだろうか。
 彼は私の視線に気が付くと微笑んで言った。

「あ、ごめんね。早く行こう?」

 その表情は、いつもと同じいつものマティアス様のものだった。
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