11 / 51
11鍾乳洞へ行こう
しおりを挟む
馬車に揺られること三十分。
シュテル湖近くの鍾乳洞についた。
平日だけれど、観光客の姿はそこそこあった。
売店の呼び声が響き、露店で売る食べ物の匂いが漂ってくる。
お腹のすく匂いだなあ。焼いたお肉の匂いだ。
馬車には私たちの他にも客がいて、若い男女の姿が目だった。
その距離感から、まだ恋人にはなっていないんだろうな、と思われる男女が鍾乳洞へと向かっていく。
鍾乳洞の中にある地底湖のそばに、女神様の形に見える石がある。
まさに自然の神秘なんだけれど、その女神様のところに好きな相手と一緒に行ってお願いをすると恋が確実に実るのだそうだ。
そもそもこんな所に一緒にくる異性はそこそこの関係になってる場合が多いのではないかと思うのだけれど、恋が実りました、なんていうお礼のお手紙が多いのだとか。
ユリアンが足取り軽く鍾乳洞への道を歩いて行く。
「楽しみだなー!」
と、弾んだ声で言う。
彼はくるりと振り返り、
「エステル姉ちゃんとマティアスさんは、ふたりでお出かけしたことあるの?」
なんてことを言った。
「ない」
異口同音。
まったく同じ言葉を同時に発し、私たちは思わず顔を見合わせる。
出かけたことはないよね。
別荘で顔を合わせてお庭のお散歩をしていただけだもの。
まあ、ふたりきりで会っていたけど、出かけたとは違うものねえ。
ユリアンは首をかしげて、
「幼なじみなのに?」
なんて言った。
幼なじみだけど、一年に一回、ほんの数時間顔を合わせていただけだもの。
どこかに出掛ける時間もなかったし、そんなことを想ったこともなかった。
「そう言うことはこれから先、できたらいいかな」
なんてことをマティアス様が言う。
そんな日は来るのでしょうか?
でも一緒に暮らしていたら普通に一緒に買い物はあり得るか……
「じゃあさ、他の異性と一緒にお出かけしたことは?」
「それもないんだよね」
マティアス様がいうと、ユリアンは目を大きく見開いた。
「嘘。モテそうなのに?」
すると、マティアス様は乾いた声で笑った後言った。
「まあ、そうなんだけどねー。なかなか二人きりでってなるとね」
何と言っても王子だもんね。
ふたりでお出かけって難しそう。
「昔、一度あるような」
「え、そうなの?」
私の呟きに明らかに衝撃を受けました、という声で言ったのはマティアス様だった。
反面ユリアンは目を輝かせて、
「誰と? どこに行ったの?」
なんて言ってくる。
「十三歳くらいの頃かな。お母様の友達の子供が私と同い年で、けっこう遊んでいたんだけれど、その子と買い物に行ったことがあるの」
確か、妹の誕生日のお祝いを自分で買いたいからって付き合ってあげたんだよね。
世間的に見たら私は公女で、ひとりでお出かけってやっぱりなかなかできなくって。
侍女もなしで出かけたのなんてあれっきりだな。
「へえ。マティアスさんなんてもっと遊んでる人だと思ったけど、違うんだね!」
言いにくいことを満面の笑顔でいうユリアン。
私はハラハラしながらちらりとマティアス様を見る。
彼は笑顔で首を振り、
「そんなに遊ぶ暇はなかったかなあ」
と答えた。とりあえず、気を悪くしたと言う様子はない。
「ユリアン、その言い方は失礼よ?」
私が言うと、ユリアンはきょとんとした顔をする。
「大丈夫だよ、エステルさん。遊んでるように見えるとは割と言われるし」
正直マティアス様はちょっと軽い感じがするし、女性のひとりやふたりと付き合ったことあると言われても不思議ではないかなと思っていたのだけれど。
恋人もいたことないってことだよね、それって意外。
「ユリアンはいつになったらリーズちゃんとふたりでお出かけするの?」
すると、ユリアンはくるっと私たちに背を向けて、
「あ、鍾乳洞が見えてきた!」
と声を上げた。
あ、誤魔化した。
下見に来たのはいいけれど、誘えるのはだいぶ先の未来じゃないかなあ。
「彼、面白いね」
「面白いと言うか、まだ子供なんですよね。私たちより長く生きているのに、中身は見た目通りなんですよ」
「あの様子じゃあ、さっきの女の子を誘ってふたりきりで出かけるなんて無理だろうね」
「そうですねえ」
尻尾を大きく振って小走りで道を行く背中を見つめ、私は言った。
シュテル湖近くの鍾乳洞についた。
平日だけれど、観光客の姿はそこそこあった。
売店の呼び声が響き、露店で売る食べ物の匂いが漂ってくる。
お腹のすく匂いだなあ。焼いたお肉の匂いだ。
馬車には私たちの他にも客がいて、若い男女の姿が目だった。
その距離感から、まだ恋人にはなっていないんだろうな、と思われる男女が鍾乳洞へと向かっていく。
鍾乳洞の中にある地底湖のそばに、女神様の形に見える石がある。
まさに自然の神秘なんだけれど、その女神様のところに好きな相手と一緒に行ってお願いをすると恋が確実に実るのだそうだ。
そもそもこんな所に一緒にくる異性はそこそこの関係になってる場合が多いのではないかと思うのだけれど、恋が実りました、なんていうお礼のお手紙が多いのだとか。
ユリアンが足取り軽く鍾乳洞への道を歩いて行く。
「楽しみだなー!」
と、弾んだ声で言う。
彼はくるりと振り返り、
「エステル姉ちゃんとマティアスさんは、ふたりでお出かけしたことあるの?」
なんてことを言った。
「ない」
異口同音。
まったく同じ言葉を同時に発し、私たちは思わず顔を見合わせる。
出かけたことはないよね。
別荘で顔を合わせてお庭のお散歩をしていただけだもの。
まあ、ふたりきりで会っていたけど、出かけたとは違うものねえ。
ユリアンは首をかしげて、
「幼なじみなのに?」
なんて言った。
幼なじみだけど、一年に一回、ほんの数時間顔を合わせていただけだもの。
どこかに出掛ける時間もなかったし、そんなことを想ったこともなかった。
「そう言うことはこれから先、できたらいいかな」
なんてことをマティアス様が言う。
そんな日は来るのでしょうか?
でも一緒に暮らしていたら普通に一緒に買い物はあり得るか……
「じゃあさ、他の異性と一緒にお出かけしたことは?」
「それもないんだよね」
マティアス様がいうと、ユリアンは目を大きく見開いた。
「嘘。モテそうなのに?」
すると、マティアス様は乾いた声で笑った後言った。
「まあ、そうなんだけどねー。なかなか二人きりでってなるとね」
何と言っても王子だもんね。
ふたりでお出かけって難しそう。
「昔、一度あるような」
「え、そうなの?」
私の呟きに明らかに衝撃を受けました、という声で言ったのはマティアス様だった。
反面ユリアンは目を輝かせて、
「誰と? どこに行ったの?」
なんて言ってくる。
「十三歳くらいの頃かな。お母様の友達の子供が私と同い年で、けっこう遊んでいたんだけれど、その子と買い物に行ったことがあるの」
確か、妹の誕生日のお祝いを自分で買いたいからって付き合ってあげたんだよね。
世間的に見たら私は公女で、ひとりでお出かけってやっぱりなかなかできなくって。
侍女もなしで出かけたのなんてあれっきりだな。
「へえ。マティアスさんなんてもっと遊んでる人だと思ったけど、違うんだね!」
言いにくいことを満面の笑顔でいうユリアン。
私はハラハラしながらちらりとマティアス様を見る。
彼は笑顔で首を振り、
「そんなに遊ぶ暇はなかったかなあ」
と答えた。とりあえず、気を悪くしたと言う様子はない。
「ユリアン、その言い方は失礼よ?」
私が言うと、ユリアンはきょとんとした顔をする。
「大丈夫だよ、エステルさん。遊んでるように見えるとは割と言われるし」
正直マティアス様はちょっと軽い感じがするし、女性のひとりやふたりと付き合ったことあると言われても不思議ではないかなと思っていたのだけれど。
恋人もいたことないってことだよね、それって意外。
「ユリアンはいつになったらリーズちゃんとふたりでお出かけするの?」
すると、ユリアンはくるっと私たちに背を向けて、
「あ、鍾乳洞が見えてきた!」
と声を上げた。
あ、誤魔化した。
下見に来たのはいいけれど、誘えるのはだいぶ先の未来じゃないかなあ。
「彼、面白いね」
「面白いと言うか、まだ子供なんですよね。私たちより長く生きているのに、中身は見た目通りなんですよ」
「あの様子じゃあ、さっきの女の子を誘ってふたりきりで出かけるなんて無理だろうね」
「そうですねえ」
尻尾を大きく振って小走りで道を行く背中を見つめ、私は言った。
10
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる