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12お願いごと

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 鍾乳洞の中はとてもひんやりしていて肌寒かった。
 中を照らすのは魔法の明かりだろう。
 水がぽたぽたと垂れる音が反響して大きく響いて聞こえる。
 中は順路と書かれた看板があって、迷うことはなかった。
 目的の地底湖は、歩き始めて十分ほどでたどり着いた。
 地底湖は想像よりもとても大きく、天井に灯る複数の魔法の光を反射して青白く見える。

「おっきいー」

 ユリアンが感嘆の声を上げて、きょろきょろとあたりを見回した。
 水はとても透明度が高く、水底までよく見える。
 その湖のそばに、人が多く集まっている場所があった。

「女神像はこちら」

 なんていう看板からすると、その人だかりの先が女神像なのだろう。

「本当に、女神様に見えるのね」

 なんていう若い女の子の声が聞こえてくる。

「ねえ、あっち行ってみようよ」

 ユリアンに促されるまま、私たちは女神像のほうへと足を向けた。
 二組の男女と四人くらいの女性の集団が、女神像の前に並んでいた。
 恋が実る他、将来の夢がかなう、っていう噂もあるので別に男女だけが来るわけじゃないらしい。

「恋が実る、将来の夢がかなうねえ。女の子が好きそうだね」

 鍾乳洞の入り口でもらった説明書を見ながらマティアス様が言う。

「だからユリアンはここにリーズちゃんと来たいんでしょうね」

 そもそもユリアンの前でここに来たいと言っていたなら、脈ありなんじゃないかなって思うけど。
 リーズちゃんだって、恋が実るって話は知っているだろうし。
 ユリアンに言ってあげたほうがいいだろうか?
 でも余計なお世話かな。
 なんてことを考えていると、

「エステルさんはこういうの、信じるの?」

 と、マティアス様が言ってきた。
 神官に向かって何を言っているんだこの人は。
 まあ、最近では神様を信じる人は減っていて、教会へ足を運ぶ人は少ないですけれども。

「私は名もなき女神様の神官ですから。神様のご加護は誰にでもあるものですよ」

「そっか。ごめんね、変なこと言って」

 ちょっと気まずそうにマティアス様が言う。
 べつに怒っているわけではないけれど。

「まあでも私が思うに、こうしたい、っていう思いが強ければ願いはかなうものではないかと思います」

 神様は見守って導いてくれるけれど、願いをかなえてくれるわけじゃない。
 神様にお願いするっていうのは、こういうふうにしたいぞ! っていう決意表明をすることだと私が信じる女神様の教義にあるんだよね。
 お願いをするってことはそれが叶うように努力したり行動したりするだろうから、そりゃあ願いが叶う人も出てくるでしょう。でもそれは神様にお願いしたからじゃなくって、その人が努力した結果だと私は思う。
 神様はそんな人を見守るだけだ。

「想いが強ければ、願いはかなう……ねえ。やっぱりエステルさんは面白いことを言うね」

「いや、別に普通ですよ」

「そうかな。神官て、神様がついているから願いが叶うんです、とか言うものだと思っていたから」

「それで願いが叶うなら、人生楽ですよね」

「はっきり言うね」

 笑いを含んだ声でマティアス様が言った。
 面白いこと言っているかなあ。私としては普通の考えだと思うんだけどな。
 そんなことを言っている間に、私たちの後ろに人が並んで列が伸びていく。
 手を合わせてお願いをするだけなので、一組当たりのかかる時間はとても短いものだが続々と人がやってきて列をなしていった。
 すぐに私たちの番になり、女神像の前に立つ。
 鍾乳石が長い時間をかけて形成した、女神像。
 確かに顔が見えるし、長い髪のように見える模様もあるし、胸の前で手を合わせているようにみえる。
 大きさは私の腰くらいと案外大きなものだった。幼児くらいの大きさはあるかな。
 女神像の前に立つと、ユリアンが胸の前で手を組んで目を閉じた。
 私の願いは決まっているので、さっと手を合わせて願いを心の中で呟いたあと、隣に立つマティアス様を見た。
 彼も私たちに倣い、胸の前で手を組み目を閉じている。
 何を願っているんだろうか。
 ちょっと気になる。
 恋なのか、将来の事なのか。
 マティアス様が目を開けると、ちょうどユリアンが目を開けて私たちを見上げた。

「ねえねえ、何をお願いしたの?」

 女神像の前から離れながらユリアンが言う。
 私は首を横に振り、

「教えないわよ」

 と答えた。
 すると、彼は不服そうな顔をする。

「えー? 気になるのに」

「じゃあユリアンは何をお願いしたのか言えるの?」

 するとユリアンは口を閉ざしてしまう。
 まあ、わかってはいるけれど。

「どうせ『次はリーズちゃんと一緒に来られますように』とかそう言う内容なんでしょう?」

 すると、ユリアンは目を大きく見開いた。

「き、聞いてたの?」

 適当に言っただけだったのだけれど、当たってるの? もしかして。
 それには苦笑するしかない。

「誘えるといいわね」

 と私が言うと、ユリアンは恥ずかしそうに下を俯いた。

「一緒に行こう、って俺だって言えるし」

 なんて呟いている。
 商店街で見かけたとき、全然声かけられなかったくせに。

「でも女神様にお願いしたんでしょ? なら叶うように動かなくちゃ」

「うん、まあそうなんだけどさあ」

 もじもじして可愛いのは今のうちだけだろうな。
 ユリアンはマティアス様のほうを向き、

「何お願いしたの?」

 と言った。
 あ、標的変えた。
 マティアス様も私と同じように首を横に振り、

「内緒」

 と答える。
 ユリアンはやはり残念そうに耳を垂らし、

「マティアスさんも教えてくれないかー」

 なんて呟く。
 そりゃあ言わないでしょうね。

「そう遠くない未来にきっと俺の願いは叶うから、その時にわかるよ」

「え、そうなの? いいなあ。俺、叶うかなあ」

 マティアス様、何を願ったのだろう?
 そう言うってことは、叶う自信があるってことだよね。
 私の視線に気が付いたマティアス様は、にこっと笑い、

「ね、エステルさん」

 なんていう謎の同意を求めてくる。

「そ、そうですね」

 となんとなく同意して頷き、私は彼から視線を逸らした。
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