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13仕事が始まります
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それから数日たった朝。
眠い目を擦りながら、私は洗面所へと向かっていた。
朝って本当に苦手。
大きなあくびをして、私は洗面所へと入っていった。
そこには、見慣れない白いシャツの背中があった。
下は黒いスーツのズボンのようだ。
って、誰?
いや、こんな背が高くてこんな服着そうな人はひとりしかいない。
マティアス様だ。
彼は鏡の前で髪型を整えているらしい。
そして、私を振り返るとにこっと笑った。
「おはようございます、エステルさん」
「お、おはようございます」
私は呆然と彼を見つめる。
前髪を後ろに流して固めているのだろう、額が見えていてまるで雰囲気が違う。
首には濃い緑色のネクタイをしている。
なんだか格好良くみえるのはなぜだろうか?
あ、私ちょっとドキドキしている。
なるべく平静を装い私は言った。
「今日からお仕事ですっけ」
本当に働くんだ、この人。採用通知を見たけれど正直信じていなかったんだよね。
「うん、じゃあ、またあとで」
と言ってマティアス様は洗面所をあとにした。
横を通りすぎたとき、ふわっと甘い匂いが漂ってきたけれど香水だろうか?
香水、する人だったっけ?
マティアス様、昨日とはまるで違う人みたいだ。
私はお水で顔を洗ったあと鏡の中の自分をみつめた。
すごく眠そう。
あんな風に朝からシャキっと動けるといいんだけれど、駄目なんだよなあ。
私は顔を、ぱしん、と叩いた後洗面所から自分の部屋に戻り着替えをした。
軽く化粧をして食堂へと向かうと、いい匂いがしてきた。
「……マティアスさん、超似合う!」
という、ユリアンの声が聞こえてくる。
食堂に入ると、黒い背広をきたマティアス様が黒い帽子を被って立っていた。
それを目を輝かせてユリアンが見つめている。
「すげーかっこいい。憧れちゃうなあ」
「ははは、ありがとう、ユリアン」
言いながら、マティアス様は帽子をとって背広を脱いだ。
ユリアンは私に気が付くと尻尾を大きく振りながら言った。
「おはよう、姉ちゃん! 今のマティアスさん見た? かっこよくない?」
なんて言って同意を求めてくる。
私は苦笑して、
「そうね」
と曖昧に答える。
食卓にはすでにお野菜にスープ、バゲット、卵料理などのお皿が並んでいる。
私は椅子に腰かけ、
「早く食べましょう?」
と言って手を合わせた。
「姉ちゃん冷たい反応」
なんていうユリアンの呟きが聞こえた気がしたけれど、私は聞き流した。
「そうだね、エステルさん」
帽子と背広を洋服掛けにかけたマティアス様は、言いながら椅子に座った。
「今日から二人とも仕事かあ。ちょっとさみしいなあ」
バゲットを手にしながら言ったユリアンの耳が垂れ下がる。
「でも今日は早く帰ってくるよ。
契約書書いたり、仕事の説明を受けたりするだけだから昼過ぎには帰ってくる予定だよ」
「そしたらお昼一緒に食べ行こうよ!」
すっかりマティアス様になついたなあ、ユリアン。
ふたりのやり取りをぼんやりと聞きながら、私はさくさくと朝ごはんをいただいた。
私の隣を、黒いスーツに黒い帽子を被ったマティアス様が歩いている。
マティアス様は当たり前のように私と一緒に家を出て、私と同じ方角に歩きだした。
彼は人目を惹くようで、すれ違う学生らしい若い女性たちが、かっこよくない? なんて言って通り過ぎていく。
この人と歩くと目立つなあ。私は白い帽子を目深にかぶり、視線を下に向けて歩いた。
「あの、なんで一緒に歩くのでしょうか」
ブノア商会と私が勤める教会は方角が違うのに。
ちらりとマティアス様のほうを見ると、
「送って行こうかと思って」
と、満面の笑みを浮かべて言う。
マティアス様が何を考えてそんなことを言いだしたのか、私には理解できなかった。
「なんで今日に限ってそんなことを言いだすんですか?」
「だってどうせ仕事に行くわけだから、ちょっと遠回りだけれど送って行きたいなって思って」
「面倒じゃないですか? 歩く距離だって長くなるのに」
「そんなこと思うわけないでしょ?」
あ、そうか。
マティアス様は私のこと……
なぜ彼が私の家で暮らすと言い出したのかを思い出し、私は顔が熱くなるのを感じた。
こんな風に好意を向けられたことって今まであったっけ?
たぶんないんだよね。
マティアス様のこと、今まであまり意識したことなかったからなあ。
私はこの方のことをどう思ってるかと言うと……真っ先に思い浮かんだのは物知りなのお兄さんだ。
いつも穏やかで、色んなことを知っていて。
まあ、物知りになった原因は、私の質問攻めのせいなんだろうけれど。
正直、マティアス様が私のことを意識していたなんて思ったこともなかった。
なんで誕生日に贈り物をくれるんだろう、とは思ったけれど。
そう言えば、最初に贈り物が届いたときは父がすごく喜んでいたような?
「マティアスさん、私のこと変わっているとかおっしゃいますけど、貴方もだいぶ変ですよね」
「そう?」
「はい、だって王子がなんでよその国で働こうなんて思ったんですか?」
「あぁ、それは……まだ言えないかな」
あ、何か理由があるんだ。
そうだよね、私と一緒に暮らす口実にブノア商会で働くことにしたとかないよね。
絶対他に理由があるだろう。
「どうしたら君に興味を持ってもらえるかなって考えて、一緒に暮らすのが一番かなって思ったんだけど。そうしたらこちらに用事が出来たからちょうどいいかなって思って」
「ちょうどいいっていったいどういう意味ですか」
「その時が来たら言うよ。でも、俺の一番の目的は君に興味を持ってもらうことだよ」
最初は正直さっさとあきらめてもらおうって思っていたけれど、これはそうはいかなさそうな感じでしょうか。
「でも私は神官になりたいですし……」
そうだ、私は神官になるのが夢なんだ。
癒しの力だって人のために使いたいし。
「別に君の夢を邪魔する気はないよ。それに神官だからって結婚できないわけじゃないでしょう?」
結婚、という言葉を聞いて、私は何もないところでなぜかつまずいてしまった。
眠い目を擦りながら、私は洗面所へと向かっていた。
朝って本当に苦手。
大きなあくびをして、私は洗面所へと入っていった。
そこには、見慣れない白いシャツの背中があった。
下は黒いスーツのズボンのようだ。
って、誰?
いや、こんな背が高くてこんな服着そうな人はひとりしかいない。
マティアス様だ。
彼は鏡の前で髪型を整えているらしい。
そして、私を振り返るとにこっと笑った。
「おはようございます、エステルさん」
「お、おはようございます」
私は呆然と彼を見つめる。
前髪を後ろに流して固めているのだろう、額が見えていてまるで雰囲気が違う。
首には濃い緑色のネクタイをしている。
なんだか格好良くみえるのはなぜだろうか?
あ、私ちょっとドキドキしている。
なるべく平静を装い私は言った。
「今日からお仕事ですっけ」
本当に働くんだ、この人。採用通知を見たけれど正直信じていなかったんだよね。
「うん、じゃあ、またあとで」
と言ってマティアス様は洗面所をあとにした。
横を通りすぎたとき、ふわっと甘い匂いが漂ってきたけれど香水だろうか?
香水、する人だったっけ?
マティアス様、昨日とはまるで違う人みたいだ。
私はお水で顔を洗ったあと鏡の中の自分をみつめた。
すごく眠そう。
あんな風に朝からシャキっと動けるといいんだけれど、駄目なんだよなあ。
私は顔を、ぱしん、と叩いた後洗面所から自分の部屋に戻り着替えをした。
軽く化粧をして食堂へと向かうと、いい匂いがしてきた。
「……マティアスさん、超似合う!」
という、ユリアンの声が聞こえてくる。
食堂に入ると、黒い背広をきたマティアス様が黒い帽子を被って立っていた。
それを目を輝かせてユリアンが見つめている。
「すげーかっこいい。憧れちゃうなあ」
「ははは、ありがとう、ユリアン」
言いながら、マティアス様は帽子をとって背広を脱いだ。
ユリアンは私に気が付くと尻尾を大きく振りながら言った。
「おはよう、姉ちゃん! 今のマティアスさん見た? かっこよくない?」
なんて言って同意を求めてくる。
私は苦笑して、
「そうね」
と曖昧に答える。
食卓にはすでにお野菜にスープ、バゲット、卵料理などのお皿が並んでいる。
私は椅子に腰かけ、
「早く食べましょう?」
と言って手を合わせた。
「姉ちゃん冷たい反応」
なんていうユリアンの呟きが聞こえた気がしたけれど、私は聞き流した。
「そうだね、エステルさん」
帽子と背広を洋服掛けにかけたマティアス様は、言いながら椅子に座った。
「今日から二人とも仕事かあ。ちょっとさみしいなあ」
バゲットを手にしながら言ったユリアンの耳が垂れ下がる。
「でも今日は早く帰ってくるよ。
契約書書いたり、仕事の説明を受けたりするだけだから昼過ぎには帰ってくる予定だよ」
「そしたらお昼一緒に食べ行こうよ!」
すっかりマティアス様になついたなあ、ユリアン。
ふたりのやり取りをぼんやりと聞きながら、私はさくさくと朝ごはんをいただいた。
私の隣を、黒いスーツに黒い帽子を被ったマティアス様が歩いている。
マティアス様は当たり前のように私と一緒に家を出て、私と同じ方角に歩きだした。
彼は人目を惹くようで、すれ違う学生らしい若い女性たちが、かっこよくない? なんて言って通り過ぎていく。
この人と歩くと目立つなあ。私は白い帽子を目深にかぶり、視線を下に向けて歩いた。
「あの、なんで一緒に歩くのでしょうか」
ブノア商会と私が勤める教会は方角が違うのに。
ちらりとマティアス様のほうを見ると、
「送って行こうかと思って」
と、満面の笑みを浮かべて言う。
マティアス様が何を考えてそんなことを言いだしたのか、私には理解できなかった。
「なんで今日に限ってそんなことを言いだすんですか?」
「だってどうせ仕事に行くわけだから、ちょっと遠回りだけれど送って行きたいなって思って」
「面倒じゃないですか? 歩く距離だって長くなるのに」
「そんなこと思うわけないでしょ?」
あ、そうか。
マティアス様は私のこと……
なぜ彼が私の家で暮らすと言い出したのかを思い出し、私は顔が熱くなるのを感じた。
こんな風に好意を向けられたことって今まであったっけ?
たぶんないんだよね。
マティアス様のこと、今まであまり意識したことなかったからなあ。
私はこの方のことをどう思ってるかと言うと……真っ先に思い浮かんだのは物知りなのお兄さんだ。
いつも穏やかで、色んなことを知っていて。
まあ、物知りになった原因は、私の質問攻めのせいなんだろうけれど。
正直、マティアス様が私のことを意識していたなんて思ったこともなかった。
なんで誕生日に贈り物をくれるんだろう、とは思ったけれど。
そう言えば、最初に贈り物が届いたときは父がすごく喜んでいたような?
「マティアスさん、私のこと変わっているとかおっしゃいますけど、貴方もだいぶ変ですよね」
「そう?」
「はい、だって王子がなんでよその国で働こうなんて思ったんですか?」
「あぁ、それは……まだ言えないかな」
あ、何か理由があるんだ。
そうだよね、私と一緒に暮らす口実にブノア商会で働くことにしたとかないよね。
絶対他に理由があるだろう。
「どうしたら君に興味を持ってもらえるかなって考えて、一緒に暮らすのが一番かなって思ったんだけど。そうしたらこちらに用事が出来たからちょうどいいかなって思って」
「ちょうどいいっていったいどういう意味ですか」
「その時が来たら言うよ。でも、俺の一番の目的は君に興味を持ってもらうことだよ」
最初は正直さっさとあきらめてもらおうって思っていたけれど、これはそうはいかなさそうな感じでしょうか。
「でも私は神官になりたいですし……」
そうだ、私は神官になるのが夢なんだ。
癒しの力だって人のために使いたいし。
「別に君の夢を邪魔する気はないよ。それに神官だからって結婚できないわけじゃないでしょう?」
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