14 / 51
14知らなかったことがたくさん
しおりを挟む
その日から、マティアス様は私が仕事の日は送ってくれるようになった。
彼は週四日間仕事で、週の真ん中の一日と週末の二日間が休日だ。
一方の私は不定休。週によって休みの回数や曜日が異なる。
私をさも当たり前のように職場まで送っていくことに対して、ユリアンは特に疑問を抱いていないようだった。
朝、当たり前のように私たちを送り出す。
もちろん私が休みでマティアス様がお仕事の日があるのだけれど、ユリアンが当たり前のように私を追い出しにかかるため、なんとなく私はマティアス様を職場であるブノア商会まで送っていた。
そんな生活が始まり二週間ほどたったころ。私はふと現実に立ち返った。
なんでこんなことになっているんだろうか。
ほんの十分少々の道のりの間、私たちはいろんな話をしていた。
読んだ本の話や、劇や音楽の話。家族の話に、植物や星の話もしたりしている。
同じ劇が好きだと知った時はびっくりしたなあ。
一年に一度顔を合わせていたけれど、いつも何を話していたっけ?
他愛もない雑談をしていただけだったような。
好きなこととか、一年どう過ごしていたとかは話していたけれど、ここまで詳しく話はしていなかったような。
だからマティアス様と話をしていて、初めて知ることが多かった。
その日もマティアス様に送っていただき、教会に入ってお仕事を始める準備をしていた。
神官服に着替えて、身なりを整える。
すると、そこに事務員のナタリーさんがやってきて言った。
「エステルさん、あの方幼なじみなんですよね?」
何だろう、ナタリーさんの目がとても輝いて見える。
「え? えぇ、まあ」
一年に一度しか会っていませんでしたけど。
「婚約者とかではないんですか?」
「そ、そ、そンなことあるわけないじゃないですか」
出た声は明らかに動揺した声だった。
私の答えが不満だったのか、ナタリーさんの表情が一気に悲しげになる。
「お似合いなのに、もったいないですね。でも、一緒に暮らしているんですよね?」
「ユリアンも一緒ですし、ふたりきりじゃないですよー」
そもそもユリアンがいなかったら彼を家に住まわせる、なんてしなかっただろう。
「あ、そうか、ユリアン君がいますもんね。彼のお母様、まだ見つからないんですよね」
「はい、手がかりもなくて」
よし、話題が変わった。
ユリアンは教会のそばに住んでいたので、ナタリーさんなどの教会で働く人たちは皆知っている。
ナタリーさんの表情は一気に暗くなる。
「もう長いですよね。失踪なのか、誘拐なのかもわからないと伺いましたが……ユリアン君を置いていなくなるとは思えないのですが」
「私もそう思います」
「ユリアン君のお母様、とても珍しい毛色をされていましたからねえ。誘拐もあり得ると思いますが、でも大人の獣人がそう簡単に連れ去られるとも思えないですしねえ」
「そうなんですよねえ。獣人は皆魔法が使えますし、それに……」
って、え?
私はナタリーさんが発した言葉を頭の中で繰り返した。
珍しい毛色をしている、って今聞いたような?
私はナタリーさんのほうを向いて、首をかしげて言った。
「あの、珍しい毛色ってどういう……」
私が言うと、彼女は目を瞬かせた。
「え? あの、ご存じなかったんですか? 獣人は皆金とか茶色系の毛色をしていますけれど、ニコラさん……ユリアン君のお母様は耳や尻尾、髪の毛などが白いんです。とても美しい毛色をしていて。
ただ、太陽の光に弱くて、いつも肌や耳などは隠していらっしゃいましたけど」
だから長袖やゆったりとした服を着ていることが多かったのか。
私が昔で会った黒い獣人も、耳や尻尾を隠してゆったりとした服を着て人のふりをしていたしな。
じゃあ、その珍しい毛色が原因で誘拐されたのかしら?
でも大人の獣人が大人しく連れ去られるのは変だよねえ……
疑問を胸の奥にしまいこみ、私はその日の仕事をこなした。
仕事柄、花嫁と話すことは多い。
皆一様に幸せそうだ。
「エステルさんにはいい人いないんですか?」
なんて聞かれることもある。その度に私は首を振り、
「私はまだ見習いですから、恋する暇はないんです」
と答えている。
結婚かあ。
いつかはしたいな、とは思うけれど今はまだ考えられない。
「エステルさんと今一緒に暮らしてるかた、素敵な人じゃないですか。幼なじみなんですよね?」
なんてことを、今日結婚式の相談にみえた顔見知りの女性に言われた。
「そうですねえ。でもこちらにいるのは一年だけの予定ですから。それに、フラムテール王国の方ですから、契約期間が終わったら帰国されるんですよね」
そう、一年たったらマティアス様は帰る。
それまでに彼に諦めていただくのが目標なんだけれど。
最近少し自信が無くなってきた。
一緒に暮らし始めて一か月ほどが過ぎたわけだけれど、別に嫌なところが見えてくる、って事もないし。
ユリアンがすごくなついているし。
このままいったら私、ほだされそうな気がする。
いや、私は神官になりたいの。
神官になってこの与えられた力を使って人の役に立ちたい。
だから結婚なんて考えられないし、もちろんこの国を離れることも考えられない。
まずユリアンのお母さんを探し出して、神官になるのが私の目標だから。今、恋がどうとか結婚がどうとか言っていられない。
彼は週四日間仕事で、週の真ん中の一日と週末の二日間が休日だ。
一方の私は不定休。週によって休みの回数や曜日が異なる。
私をさも当たり前のように職場まで送っていくことに対して、ユリアンは特に疑問を抱いていないようだった。
朝、当たり前のように私たちを送り出す。
もちろん私が休みでマティアス様がお仕事の日があるのだけれど、ユリアンが当たり前のように私を追い出しにかかるため、なんとなく私はマティアス様を職場であるブノア商会まで送っていた。
そんな生活が始まり二週間ほどたったころ。私はふと現実に立ち返った。
なんでこんなことになっているんだろうか。
ほんの十分少々の道のりの間、私たちはいろんな話をしていた。
読んだ本の話や、劇や音楽の話。家族の話に、植物や星の話もしたりしている。
同じ劇が好きだと知った時はびっくりしたなあ。
一年に一度顔を合わせていたけれど、いつも何を話していたっけ?
他愛もない雑談をしていただけだったような。
好きなこととか、一年どう過ごしていたとかは話していたけれど、ここまで詳しく話はしていなかったような。
だからマティアス様と話をしていて、初めて知ることが多かった。
その日もマティアス様に送っていただき、教会に入ってお仕事を始める準備をしていた。
神官服に着替えて、身なりを整える。
すると、そこに事務員のナタリーさんがやってきて言った。
「エステルさん、あの方幼なじみなんですよね?」
何だろう、ナタリーさんの目がとても輝いて見える。
「え? えぇ、まあ」
一年に一度しか会っていませんでしたけど。
「婚約者とかではないんですか?」
「そ、そ、そンなことあるわけないじゃないですか」
出た声は明らかに動揺した声だった。
私の答えが不満だったのか、ナタリーさんの表情が一気に悲しげになる。
「お似合いなのに、もったいないですね。でも、一緒に暮らしているんですよね?」
「ユリアンも一緒ですし、ふたりきりじゃないですよー」
そもそもユリアンがいなかったら彼を家に住まわせる、なんてしなかっただろう。
「あ、そうか、ユリアン君がいますもんね。彼のお母様、まだ見つからないんですよね」
「はい、手がかりもなくて」
よし、話題が変わった。
ユリアンは教会のそばに住んでいたので、ナタリーさんなどの教会で働く人たちは皆知っている。
ナタリーさんの表情は一気に暗くなる。
「もう長いですよね。失踪なのか、誘拐なのかもわからないと伺いましたが……ユリアン君を置いていなくなるとは思えないのですが」
「私もそう思います」
「ユリアン君のお母様、とても珍しい毛色をされていましたからねえ。誘拐もあり得ると思いますが、でも大人の獣人がそう簡単に連れ去られるとも思えないですしねえ」
「そうなんですよねえ。獣人は皆魔法が使えますし、それに……」
って、え?
私はナタリーさんが発した言葉を頭の中で繰り返した。
珍しい毛色をしている、って今聞いたような?
私はナタリーさんのほうを向いて、首をかしげて言った。
「あの、珍しい毛色ってどういう……」
私が言うと、彼女は目を瞬かせた。
「え? あの、ご存じなかったんですか? 獣人は皆金とか茶色系の毛色をしていますけれど、ニコラさん……ユリアン君のお母様は耳や尻尾、髪の毛などが白いんです。とても美しい毛色をしていて。
ただ、太陽の光に弱くて、いつも肌や耳などは隠していらっしゃいましたけど」
だから長袖やゆったりとした服を着ていることが多かったのか。
私が昔で会った黒い獣人も、耳や尻尾を隠してゆったりとした服を着て人のふりをしていたしな。
じゃあ、その珍しい毛色が原因で誘拐されたのかしら?
でも大人の獣人が大人しく連れ去られるのは変だよねえ……
疑問を胸の奥にしまいこみ、私はその日の仕事をこなした。
仕事柄、花嫁と話すことは多い。
皆一様に幸せそうだ。
「エステルさんにはいい人いないんですか?」
なんて聞かれることもある。その度に私は首を振り、
「私はまだ見習いですから、恋する暇はないんです」
と答えている。
結婚かあ。
いつかはしたいな、とは思うけれど今はまだ考えられない。
「エステルさんと今一緒に暮らしてるかた、素敵な人じゃないですか。幼なじみなんですよね?」
なんてことを、今日結婚式の相談にみえた顔見知りの女性に言われた。
「そうですねえ。でもこちらにいるのは一年だけの予定ですから。それに、フラムテール王国の方ですから、契約期間が終わったら帰国されるんですよね」
そう、一年たったらマティアス様は帰る。
それまでに彼に諦めていただくのが目標なんだけれど。
最近少し自信が無くなってきた。
一緒に暮らし始めて一か月ほどが過ぎたわけだけれど、別に嫌なところが見えてくる、って事もないし。
ユリアンがすごくなついているし。
このままいったら私、ほだされそうな気がする。
いや、私は神官になりたいの。
神官になってこの与えられた力を使って人の役に立ちたい。
だから結婚なんて考えられないし、もちろんこの国を離れることも考えられない。
まずユリアンのお母さんを探し出して、神官になるのが私の目標だから。今、恋がどうとか結婚がどうとか言っていられない。
10
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる