婚約破棄したはずなのに、元婚約者が家にやって来た

麻路なぎ

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15ご飯を食べに行こう

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 家に帰ったらユリアンにお母さんのことを改めて聞こう。
 そう思い仕事を終えて教会をでたら、スーツ姿のマティアス様が夕暮れの中立っていた。
 って、なんで?

「やあ」

 何て言って彼は手を振る。
 驚きのあまり固まる私の後ろを、事務員のナタリーさんが通りすぎていく。

「エステルさん、ごきげんよう」

 と言い、マティアス様に挨拶して去って行く。
 やっと我に返った私は、大きく息を吸い言った。

「なんでいらっしゃるんですか?」

「今日はユリアンが友達のところに泊まりに行くと言っていたでしょう?」

 え、そうだっけ?
 朝の記憶をたどるけれど、正直朝交わした会話はあまり覚えていんだよね。
 だいたい眠いんだ、朝は。

「友達って……」

「トーマス君、と言っていたけれど」

 ああ、思い出したかも。
 トーマス君はユリアンの家の近くに住む獣人だ。年齢はユリアンと同じくらいだったような。
 とすると、人間の子供であるミカ君も一緒かな。
 三人は仲がよくて稀にだけれど泊まりに行くことがある。

「思い出しました。でも、だからってなぜこんなところにマティアス……さんがいらっしゃるんですか?」

「一緒に夕飯を食べに行こうかと思って。いいでしょ?」

 いいでしょ? って、まるで決定事項みたいじゃないですか。
 だからと言って断る理由も思いつかない私は、わかりました、と頷いた。



 夕暮れ色に染まる町は、学校や仕事帰りの人々が多く見られた。
 若い男女が寄り添い歩く姿も目立つ。
 学生さんかな。
 皆と同じ学校に通っていたけれど、あんな風に異性と一緒に歩いたりとかほとんどなかったなあ。
 友達は誰と付き合って、別れて、とか言っていたけれど、さすがに公女である私が自由恋愛、というわけにもいかないと思って自制していた。
 私には兄がいるけれど、兄は縁談がいろいろ来ていたみたいだったから、私も見合いとかして結婚するものだと思っていた。
 けれど実は小さい頃に許嫁が決められていたとか思いもよらなかったなあ。

「エステルさん」

「あ、は、はい」

 名前を呼ばれ、私は隣を歩くマティアス様を見た。
 帽子を被っていて表情は見えづらい。けれど笑みを浮かべているのはわかる。

「食べに行こうと決めたは良いけれど、どこがいいかな」

 そんな予感はしていたけれど、やっぱり決めていなかったんだ。
 マティアス様は恥ずかしそうに笑い、

「本を見たりして調べはしたんだけれど、俺、君の好みをよく知らないから決められなくて。職場でも聞いたんだけどね」

 と言った。

「き、聞いた?」

「うん、『女の子と食事に行きたいけれどどこがいいと思いますか?』って。事務所には年配の女性が何人かいるんだけれど質問攻めがすごかった」

 女性って何歳になってもそういう話好きだもんね。
 よかった。私、ブノア商会とはかかわり薄くて。
 もし商会の方と顔合わせたら、私、何を言われるやら。

「それで色々聞いたんだけれど皆いろんなお店を知っているね。覚えきれなかったよ」

「というか、マティアスさん、仕事先でお菓子とかもらったりしていませんか?」

 私が問うと、マティアスさんは頷いた。

「え、何でわかるの?」

 きっと私の親と同じくらいかもう少し上の年齢層の女性なのだろうと思う。その年齢層の女性ってやたらお菓子を持っていて分けてくれる印象があるから聞いてみたのだけれど、やっぱりそうなのね。
 
「ていうか、若い男性ってマティアスさんだけとかないですか? そこ」

「そう言えばそうだね。その事務所の責任者の人曰く、俺が来てから女性たちのやる気が変わったとか言っていたけれど、何でだろう?」

 それについて私は言及する気はなかった。

「まあ、私は好き嫌いないですし。この町は学生の町ですから安くておいしいお店、多いですけどそう言うお店でよろしいですか?
 正直私もそう言うお店しか行かないので詳しくはないのですが」

「いいよ、君が食べられるものがある所がいいし。俺も特に食べられないものはないから」

 そう言うわけで私たちはパスタの量が多くておいしいお店に行くことにした。
 この町の食事の量って基本他の町のお店の倍近いのに、料金が安かったりする。
 どう言う仕組みなのかはわからないけれど、そう言うお店はどこも繁盛していた。
 お店に入るのに二十分ほど待って、食事をとって家に帰って。
 そこで私は気が付く。
 ユリアンがいない、ということは今夜私はマティアス様とふたりきり、ということ?
 いや、でも気にすることなんてないよね。だって、私と彼はただの同居人だもの。
 同居人、同居人同居人……
 自分にそう言い聞かせているとマティアス様が、

「ちょっと待っていて」

 と言って、居間を出て行った。
 何だろうと思い、着替えるのを我慢して長椅子に腰かけて待っていると、すぐにマティアス様は戻ってきた。帽子は取っているもののスーツ姿のままだ。
 手には白い大きな封筒を持っていた。
 何だろう?
 マティアス様は私の隣に当たり前のように腰かけると、封筒から書類を取り出した。

「時間がかかっちゃったけれど、とりよせたユリアンのお母さんの資料」

「……え?」

 見せられた書類にはユリアンのお母さん、ニコラさんに関する情報が書かれていた。
 写真はないけれど、生年月日や家族のこと、毛色のことなどが書かれている。

「彼女、珍しい白い毛色の獣人なんだね」

「それ、私も今日知りました。教会に知っている人がいて」

「この間知らないと言っていたものね」

 耳と尻尾さえ隠せば、あとは人と変わらない。それが獣人だ。私がニコラさんと会ったことあるのは外でだし、太陽の光に弱いと言う話だから、いつも肌や髪を隠していたのだろうな。

「白い獣人であることが原因で誘拐されたんだろうけれど、取り寄せた警察の捜査資料にはそのことが書かれていないんだよね」

 言いながら、マティアス様はまた別の書類を見せてくれた。
 それはニコラさん捜索に関する書類だった。
 半年以上前に失踪したこと、その時の状況について書かれている。そのとき私やユリアンも警察に話をしているので、私たちの証言も書かれていた。
 けれどニコラさんの毛色に関することは何も書かれていなかった。

「でも白い獣人であることって、とても重要なことじゃないでしょうか?」

「ユリアンにも聞いたんだけれどね。警察にお母さんの外見について話したかと。そうしたら全部話したと言っていたし、似顔絵も作ったと言っていたから」

 なのにこの捜査資料には毛色に関する情報がない。
 どういうことだろう?

「ただの失踪にしたいのかあ、というのが俺の印象だけれど」

「誘拐ではなく、ですか?」

 険しい顔をして、マティアス様は書類を見つめている。
 不覚にもその顔がかっこよく見えてしまい、私は思わず視線を逸らした。

「捜査する気はないんだろうね。きっと何か理由があるのだろうけれど」

 理由ってなんでしょう?
 思いついたことはあまりいいことではなかった。
 やっぱり公女の力を使って圧力をかけたほうがいいのだろうか? でもユリアンのお母さんがどこにいるかもわからない状況で動くのは得策じゃない気がする。

「もう少し調べてみるけれど。君はブノア商会に関する話は何も知らないよね?」

「え? ブノア商会ですか?」

 ブノア商会は大きな商会であること以外、私は知らない。悪いうわさも聞かない。
 最近だと事業を大きくしている聞いたくらいだろうか。
 なぜこの話の流れで商会の話が出てくるのだろうか? もしかして私の知らない黒いうわさが、商会にあるのだろうか?

「だよねえ。まあいいや。約束は約束だし、俺は君とユリアンの為に彼のお母さんを探し出してみせるよ」

 見つけ出してくれたら嬉しいけれど、頼ってばかりもいられない。
 とはいえ、警察が頼りにならないことが判明した今、頼る手段が私には思いつかなかった。
 歯がゆい。
 ユリアンのお母さんすら助けられないなんて。

「私は私の力で人の役に立ちたいと、神官になると決めたのに……身近な人も助けられないんですね」

 そう思うと哀しくなる。
 単に私のもつ能力ではどうにもならないってだけなんだけれど。
 悔しいものは悔しい。
 この国の公女なのになあ。小説や劇みたいに権力使って悪者成敗なんて、現実には難しいんだよね。
 下を俯き落ち込んでいると、肩に手が回された。
 顔を上げると、マティアス様が微笑んで言った。

「だから俺がいるでしょう? 君にしかできないことがあるし、俺にできることがある。手がかりがないわけじゃないから。また何かわかったら言うよ」

「マティアスさん……すみません、ありがとうございます」

 お礼を言うと、私の顔にマティアス様の顔が近づく。
 口づけられる? と思ったら、額にほんのわずかに唇が触れた。
 それだけでも、柔らかい唇の感触が額に残る。
 え、今何を……
 私は驚いて彼を目を見開いて見つめる。
 マティアス様は立ち上がり、書類を手にした。

「じゃあ、着替ええくる」

 と早口で言って、彼は居間を出て行った。
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