婚約破棄したはずなのに、元婚約者が家にやって来た

麻路なぎ

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22これでは賭けに負けてしまう

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 休みの日、初めての外国へのお出掛けが楽しみらしいユリアンを連れて、彼の服を買いに行ったり本屋で観覧車などが載ってる観光案内の本を買ったりした。
 大きな鉄の塊が電気の力で動くのがとても不思議だったけれど、大陸横断鉄道は走っているし、この国には少ないけれど自動車もあることを考えたら当たり前か、とも思う。
 西の大国では魔法と科学が融合した魔法科学なるものが発展して魔法機械というものがあるし。
 東の帝国は科学技術がとても発達していて、自動で洗濯してくれる機械というものがあるらしい。

「帽子被るのかあ」

 言いながら、ユリアンは真新しい焦げ茶色の帽子を被って鏡を見つめる。
 口調はちょっと嫌そうだけれど、尻尾が揺れているのを見ると嬉しいんだろうな。
 最初は帽子に抵抗があったみたいだけれど、新品の帽子が嬉しいみたいで外に出掛けるときは毎回被って出掛けるようになっていた。

「それじゃあすぐダメになるじゃない」

 と言うと、ユリアンは目を輝かせて、

「そうしたらもうひとつ買おうよ!」

 なんて言い出した。
 今まで帽子を被る習慣なんてなかったのに。
 こんなことで変わるのね。



 私はそこそこ忙しい日々を過ごしていた。
 突然入るお葬式。
 結婚式の打ち合わせや準備。
 いつの間にか私は、結婚式のたびに自分がそこに立つことを想像するようになっていた。
 おかしい。結婚願望なんてなかったはずなのに。
 稀に私と同い年の花嫁もいるので、そういう方と話をすると結婚というものが妙に現実的に感じるようになっていた。
 当たり前なんだけれど、皆幸せそうなんだよね。
 でも、私は夢があるし……
 そんな葛藤を繰り返す日々が続いていた。
 やだなあ。あんまり考えると私、熱出すことがあるんだよねぇ。
 そう思うとなんとなく憂鬱になるので、結婚のことなんて考えないようにしようと思うのに、でも仕事的に結婚とは縁が切れないわけで。
 それに家に帰ったらいるわけです、マティアス様が。
 ご飯作ってくれたり、掃除してくれたり。
 一緒に買い物行ったり。
 ユリアンと本気でカードの勝負して、負けると必ず、

「もう一回!」

 と言う。
 そんな少し子供じみた所とか、変人が好き、と言ってはばからないところとか。
 嫌だと思うことはなく、それを彼の魅力の一つと捉えている自分がいて、どうしてもマティアス様に心が揺らいでしまう。
 負けるな私。
 お出掛けまであと数日となった日。
 その日、私は仕事だけれどマティアス様はお休みだった。
 朝、いつものようにマティアス様は私を教会まで送ってくれる。平日なので、通りは通勤通学の人々が多く、露店で飲み物や軽食を買う姿が見られた。

「マティアスさんは大陸横断鉄道、乗ったことありますか?」

「何度か。距離は短いけれど」

「私、まだないんですよね。いつか鉄道で東にある帝国とか西の大国にいきたいのですが」

 私の仕事に関する話とか、この国や町の話とか、お互いの国の習慣の違いだとか。
 毎日話をしているのに、話題が尽きることはなぜかなかった。
 一年に一度、ほんの数時間顔を合わせていただけで、お互いの事って実はあまり知らないのよね。
 だからこんなに話をしていられるのだろうか?
 この朝の時間を楽しいと思ってしまうことがちょっと悔しかったりする。

「最近、高い熱が出る風邪が流行っているそうだけれど、教会は大丈夫?」

 教会の建物がすぐそこに見えてきたころ、マティアス様が言った。

「高熱、ですか?」

「うん、事務所で働く女性陣のお子さん方が通っている学校では流行し始めていて、授業どころじゃないところもあるそうだよ」

 初めて聞いた、そんな話。言われてみれば、行き交う人に咳をする人がちらほら見受けられたような気はする。

「そんな風邪がはやったら、病院混むでしょうね」

「そうだねえ。東の帝国で時折流行する風邪に似ているとかで、ブノア商会ではそちらから薬を取り寄せているよ」

「へえ、そうなんですか」

 この大陸はとても広い。
 大陸横断鉄道ができてから、この辺りではあまりない症状の病気が流行るようになったと聞いたことがある。
 ものと一緒に病気も移動してしまうのね。
 そんな話をしている間に教会へとたどり着く。
 教会前でマティアス様は別れ際、

「またあとで」

 と必ず言う。
 またあとで。当たり前だよね、夕方また迎えに来てくれるんだもの。

「はい、またあとで」

 笑顔で手を振り、私は背を向けて教会の裏口の扉を開ける。
 中に入る前に、私は振り返りマティアス様を見る。
 偶然か、彼もこちらを振り返っていた。
 視線が合い、マティアス様はにこっと笑い手を振ってくる。
 なぜかそれが恥ずかしくて、私は慌てて前を向き中に入り扉をばたん、と閉めた。
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