婚約破棄したはずなのに、元婚約者が家にやって来た

麻路なぎ

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42この状況を打破する方法

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 彼らを返す方法。
 そんなものあるだろうか? 今、と私たちはとっても不利ですよ?
 そもそもデュクロ司祭は身体がだいぶ弱っていらっしゃるし、獣人のふたりはたぶん自分で首輪を外せない。
 ここは三階。壁を壊して逃げられる高さではない。
 それこそ私だけならどうにかなるけれど……そんなわけにはいかない。
 どうする? じゃあ帰ります、と言って帰れる状況とは思えない。

「このまま黙って帰してくれるとは思えないんですが……」

 震える唇から出た私の声は、か細くて弱く小さかった。

「そうだねえ。中から壊すのは難しそうだね。でもね、エステル君。僕は何の考えもなく、ここに来ようと思ったわけではないんだよ」

 と言い、とんとん、と杖で床を叩く。

「彼はね、居場所までは掴めなかったそうだよ。まあ、とても広いお屋敷だし、侍女からも話を聞きだせなかったそうだからねえ」

 彼、というのはマティアスさんの事だろうか?
 ってちょっと待って。
 今の話からすると、マティアス様とデュクロ司祭は繋がっていることになる。
 でも面識ないはずですよね?

「人身売買。違法動物の密輸。あぁ、君もかかったという外国の風邪も、彼が密輸している人間や動物を介して入って来たのかもしれないよ。この商会はすぐに薬を手配したのでしょ?」

 確かに、ブノワ商会が輸入した外国の薬がよく効くという話は聞いた。
 その薬のおかげで流行病での死者は少ないとも。
 アレクシさんはこぶしを握り締め、怒りに満ちた声で言った。

「ニコラさんがいたからずっと我慢してきたが……司祭様まで巻き込むのは気に入らない」

「その怒りに満ちた顔、美しい。私は考えているんだよ。お前とあの獣人の間に子供ができたらどんな子が生まれるだろうかと。想像するだけでで私の胸は高鳴ってくる」

 なんでブノワさんはこんなことを幸せに満ちた表情で言えるのだろうか?
 こういう人を何と言い表せばいいのだろう。

「狂人? 変態? 異常者、危険人物。どの呼び方でも彼は喜ぶかもしれないねえ」

 まるで私の心を見透かしたかのようなことをデュクロ司祭が言う。

「なにのんきなことをおっしゃっているんですか」

 デュクロ司祭から危機感をひとかけらも感じない。
 一方、アレクシさんの尻尾は総毛立ち、ぴんと張っている。今にも襲い掛かりそうだ。
 アレクシさんは見た目は二十代半ばくらいだ。一方ブノワさんは四十手前くらいだろうか。いくらアレクシさんが力を封じられているといえ、腕力では勝るのではと思うけれど。

「私を殺したいか? アレクシ。私としてはお前をまだ生かしておきたいが……もし死んだら、美しく保存してあげよう」

 恍惚とした表情で語るブノワさんに、アレクシさんがとびかかった。


『無駄だとわかっているだろう』

 魔力を帯びた言葉でブノワさんが言うと、アレクシさんがブノワさんのすぐ目の前で蹲ってしまった。
 首を抑え、苦しげに呻き声を上げる。

「ぐ……あ……」

「アレクシさん」

 走り寄ろうとすると、ブノワさんの言葉と共に私の足もとで電撃がはじける。

「あぁ、お嬢さん、じっとしていてください」

 とてもにこやかに、そして爽やかに、ブノワさんは私に向かって言った。
 その間も、アレクシさんは苦しげに呻いている。

『はじけろ』

 という、デュクロ司祭の呪文の言葉が聞こえて来たかと思うと、ばちん、と何かが弾ける音が聞こえた。
 すると、アレクシさんのうめき声は聞こえなくなったけれど、その代わりに、ぜーはー、という荒く息を繰り返す音が聞こえてきた。
 あの首輪には魔法が掛けられていて、ある呪文を掛けられると締まるようになっているのかな。
 もしかしたら逃げようとしたら締まるとかあるかもしれない。
 なんてことをするのだろう? 許せない。
 怒りと恐怖とで、自然と身体が震えてくる。

「司祭様、邪魔をなさるおつもりですか?」

「友人が苦しむ姿は見たくありませんから」

 相変わらず場にそぐわない明るい口調でデュクロ司祭は答えた。
 なんでこの方はこんなに楽しそうに話すのだろうか?
 意味不明すぎる。
 ブノワさんも笑っている。

「司祭様がここで亡くなられたとしても、まあ不思議には思われないでしょう。お身体が弱っているのは誰の目から見ても明らかですし。その状態であの風邪にかかったら持つかどうか」

「あはは。そうだねえ。僕としても生き延びる自信はないなあ」

「いえ、その時は私が治しますから」

「あぁ、ありがとう、エステル君」

 いや、お礼はいいのですが。
 ブノワさんは魔法が使える。
 私とデュクロ司祭ももちろん使える。
 けれど私は相手を傷つける系の魔法は正直得意じゃない。
 相手を動けなくするとか、転ばせる魔法とかあるけれど、ブノワさんに通じる自信はなかった。
 デュクロ司祭ならもしかしたらいけるかもしれないけれど……身体が弱っていることを考えるとなあ。
 あんまり強力な魔法は使えないだろうし、使えたとしてもそれこそ建物を壊しかねない。
 そうしたら隣の部屋にいるであろうニコラさんたちに被害が及びかねないし。
 できること……できること……

「まったく、私を殺そうとしても無駄であることは教えたのに。なぜ私に逆らう?」

 その言葉に魔力を感じ、私はとっさにアレクシさんに走りよった。
 床にうずくまる彼の身体に覆い被さると、私の身体を見えない紐が縛り上げていく。

「く……」

 これくらいなら私でも抵抗できる。
 すぐに私を縛り上げていた魔法の紐は、ばちっ! と音をたてて消失した。
 アレクシさんの首輪、外せないだろうか?
 解呪の魔法は使えるから、それでなんとかなるかもしれない。ただ、私がそんな魔法を使おうとしたら絶対に妨害されるよね……

「何故邪魔をなさるんですか? それは私の物だというのに」

「獣人は物ではないです。カスカードはそんなこと許していません」

 アレクシさんにかぶさったまま、私は震える声で言いかえす。
 するとブノワさんは肩をすくめた。

「おかしなことをおっしゃる。なぜそれを人扱いなさるんですか?」

「なぜって……」

「獣ですよ、それは。だから首輪をつけているでしょう?」

「それは……貴方がつけたからでは……」

 怒りと、わけのわからないものを目の当たりにしている恐怖で私の声が震える。
 彼は首をかしげ、

「当たり前でしょう? 獣なのですから。正しい姿ですよ」

 と、笑みを浮かべて言った。
 呆然と、私はブノワさんを見つめる。
 怖すぎる、この人。彼なら本当にデュクロ司祭を殺し、その死体を飾りかねない。
 想像するだけで気持ち悪い。

「美しく、珍しい生き物を愛でたいと思うのは当たり前の事でしょう? それを永遠に保存し、そばに起きたいと思うのは当然ですよ」

 この人と交渉するのは不可能だろう。
 ならば力でねじ伏せるしかないけれど……
 彼は心底呆れた顔をして私を見下ろしていた。

「癒しの魔法が使える人間はとても貴重ですから、貴方は生かして差し上げますよ、お嬢さん」

 いや、その宣言は嬉しくないです。

「そうなると、僕は殺されてしまうということかなあ。まあ、僕の寿命なんてごくわずかしか残っていないけれど」

「そうですねえ。死体はできるだけ美しく保管したいですから……」

 と言い、ブノワさんは何やら考え始めた。
 何、何を考えているの?
 デュクロ司祭の殺害方法? いや、そんなことはさせない。させるわけがない。

「ははは、なかなか愉快な人だなあ、貴方は。でも……」

 デュクロ司祭は、また杖で床を叩いた。

「こちらも準備もなく敵陣に乗り込むようなことはしないんですよ。まあ、こうもうまくいくとは思っていなかったけれど」

 その時、私は廊下が騒がしいことに気が付いた。
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