婚約破棄したはずなのに、元婚約者が家にやって来た

麻路なぎ

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43これはいったいどういうこと?

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 人が争うような声がわずかに聞こえてくる。
 何が起きているんだろうか?
 ブノワさんの目がすっと細くなる。

「……いや、警察がここに来るわけが……」

 なんて呟いている。
 この騒ぎからして、警察が来たとしか思えないけれど、でも警察がブノワさん宅に捜査に来るだろうか?
 強制捜査許可証の発行を受けなければ強制的に家に踏み込むなんてできないし、その許可証を受けるにはいろんな証拠が必要なはず。そしてその許可証を出せるのは、大公であるお父様や、大法廷の裁判官だ。

「貴方はご存じないと思いますが、国をまたいで行われる犯罪行為に対し、他国と協力し犯罪捜査を行う、という組織ができたのですよ。秘密裏に。そして、ずっと捜査してきた案件がありまして、それが獣人の人身売買、誘拐、違法な動物の取引等なのだそうですよ?」

 デュクロ司祭が語る声の裏で、騒ぎはどんどん近づいてくる。
 何かを壊す音が響き、そして、この部屋につながる扉が轟音を立てて破壊された。

「遅いよー、プエシュ君」

「それは申し訳ございません、司祭様」

 聞こえた男の声には、申し訳なさそうな雰囲気を全く感じなかった。

「危うく死体にされるところだったよ」

「それにしては危機感を感じませんが」

 それは正直お互い様ではないだろうか?
 私は扉を破壊して中に入って来た青年を見た。
 癖のある茶色い髪。深い森のような緑色をした瞳。
 さめた表情の端正な顔をした青年。
 この人知ってる。だいぶ前、私が熱を出した時に家に来ていた人だ。
 確か、名前は……

「サシャ、いくら捜査でも目に入った扉を全て壊していくのはどうかと思うよ」

 サシャ=プエシュさん。マティアスさんのそばに仕えているという人だ。
 扉を壊したのは魔法かな。
 プエシュさんは武器らしいものを持っていないし。
 そして、彼に続いて入って来て苦言を呈したのはマティアスさんだった。

「え……嘘……」

 黒いズボンに紺色の上着を羽織った彼は、手に短い剣を持っていた。
 彼はそれを腰の鞘にしまいながら、柔らかく微笑んだ。

「遅くなってごめんね」

「マティアス……さん……」

 見知った顔を見て安心したせいか、自然と涙があふれてくる。
 怖かった……けれどなんで彼がここに?

「特殊な魔法がこの屋敷の至る所にかけられていて、なかなか居場所がわからなかったんだよね。おかげで時間をとられちゃった」

 場にそぐわない、明るい口調でマティアスさんが言った。

「その結果今回の強制捜査になったわけですわね。エステルがここに来ているのはある意味幸いでした。乗り込むの口実ができましたもの」

 マティアスさんの後に入って来たのはとても見覚えのある中年の女性……というかお母様だった。
 なんでお母様がいらっしゃるの?
 その後ろには見覚えのないスーツ姿の男がふたり……というか、誰?
 お母様はすっと背筋を伸ばし、驚きでか固まったまま動かないブノワさんの方をみて言った。

「誘拐、人身売買、取引が禁じられている動物の密輸の疑いありと言うことで礼状がありますの。今、捜査員が中庭などを調べています」

 紺色のパンツスーツに身を包んだお母様は、言いながら紙を掲げて見せた。
 あれが強制捜査許可証……かな?
 誰かの家に捜索に入る際に必要になる、強制力のある書類、らしい。

「大公のサインもちゃんと入っていますよ、ガストン=ブノワさん」

 なぜお母様がそんなものをお持ちなんですか?
 私は正直お母様が普段何をしているのかよく知らない。お母様が、さっきデュクロ司祭が言っていた他国と協力して犯罪を捜査する組織の偉い人とか……? あり得そうだけれど、大公の妻になんてことをさせるのだろうか。
 よくわからないけれど、形勢逆転……なのかな?
 この隙に、アレクシさんの首輪をとらないと。
 私は彼の首輪に触れ、解呪の魔法を試みた。

「小娘、何を!」

 というブノワさんの声が頭上で聞こえてくる。魔法に集中している私は、今とても無防備だ。
 ここで攻撃されたら、確実に怪我をするだろう。けれど、途中でやめることもできず、私は魔法の言葉を放つ。

「やめろ!」

 ブノワさんの叫び声の後に、短く悲鳴が響く。
 バチッ! と首輪が弾け、びりびりに引き裂かれた。
 蹲っていたアレクシさんは顔を上げ、首に触れる。

「首輪……」

「解呪の魔法です。これでもう大丈夫ですよ」

 私はそこで初めて顔を上げた。
 そう言えば、ブノワさんが私に何かしようとしていたのではと思うのだけれど……
 私たちとブノワさんの間に、マティアスさんが立っている。
 そして、床にぽたり……と何かが垂れていることに気が付いた。
 って……え?
 それが血である、と認識するのにどれだけの時間を要しただろうか?
 何が起きているのか、いったいこれが誰の血なのか、それを確認することもできず、私はただ呆然とマティアスさんの背中を見つめた。

「殿下!」

 と言う、サシャさんの声が聞こえる。
 マティアスさんのすぐ目の前にブノワさんがいて、彼が一歩後ずさるとともに、血がまた床に垂れていく。
 見ると、ブノワさんは短剣を手にしていて、その切っ先から血が垂れおちている。
 近距離で攻撃魔法を使ったら自分に被害が及ぶ恐れがあるから、武器を使って相手を攻撃するのは当たり前か。
 短剣でもかなり刃が短い……ダガーとか言うんじゃなかったっけ?
 そして、ブノワさんがもつ刃物が血で染まっているということは……怪我をしているのはマティアスさん、という現実に私は気が付いた。

「マティアスさん!」

 叫ぶ私が動くよりも先に動いたのはアレクシさんだった。
 獣人は私たち人間よりも身体能力が高い。
 シュッ、と風を切る音が聞こえたかと思うと、アレクシさんがブノワさんの首を掴み身体を持ち上げていた。

「……あ……が……」

 苦しそうな呻き声がブノワさんの唇から漏れ聞こえてくる。
 私はマティアスさんに歩み寄り、彼に寄り添った。

「だ、大丈夫ですか?」

「え? うーん、たぶん骨に当たったみたいだから大丈夫じゃないかなあ」

 と、苦しげな声を出す。
 服の袖は血で染まり黒くなっていて、裂けた所から血がしたたり落ちている。
 たぶん、ダガーを腕で受け止めたのだろう。なんて無茶なことをするんだろう。
 早く手当てしないと。
 私は血が流れる彼の左腕に触れ、呪文を唱えた。
 これ、骨にも損傷がありそう。だとしたらかなり痛いんじゃあ……
 傷が深ければ深いほど、時間はかかるし私の命は削られる。
 命を削ってでも、私は彼を守りたい。

「エステル……」

 囁くような、優しい声が私の名前を呼ぶ。
 その背後でデュクロ司祭ののんきな声が響いた。

「アレクシ君、そのままだと本当に死んでしまうよ」

「……えぇ、わかっていますよ」

 アレクシさんの冷たい声が聞こえてくる。

「死なれたら証言を得られなくなりますので、ほどほどにしてください」

 お母様の声が聞こえた後、どさり、という重いものが床に落ちる音が聞こえてきた。
 私は周りで何が起きているのかなんてどうでもよく、ただ彼の傷を塞ぐことに集中していた。
 どれほど時間が経っただろうか? マティアスさんの腕の傷が完全に塞がったのを確認した後、私はそのまま意識を失ってしまった。
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