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第26話 第一部 25・陸上って団体競技なのか?
しおりを挟む1レーンを空けて、2レーンが恵北、3レーンは北翔、4レーンに札幌第四、5レーンは東栄、そして6レーンに南が丘、7レーンは千歳体育、8レーンは江別栄、9レーンに恵庭緑という組み合わせになった。北翔と札幌第四がタイムでは群を抜いていた。3番手、4番手争いは拮抗していた。バトン次第の結果となりそうだ。
各コーナーの白旗が確認され、スターターが台に上がった。細かな雨が降り続いていた。
1500mは雨の方が走りやすかった。でもリレーはそうはいかない。慎重にしかし大胆に、バトンを自分の手の中に受けるまで4人でつないで行くのだ。
坪内航平のスタートは抜群だったが、大迫勇也につないだ時点では4番手だった。決勝に残ったチームはさすがにどの選手も速い。11秒前後の選手ばかりだ。その中でもバックストレートを加速していく大迫先輩のスピードは素晴らしかった。100メートルの時とは違って、とてもスムーズな動作で後半もスピードは落ちない。1番で山野憲輔につないだものの、差はほとんどない。コーナーの走りで一気に差がつき始める。札幌第四がトップでやってきた。恵北と栄が続き、南が丘は山崎昇がアンカーを務める北翔についで、千歳体育と並んでやってきた。喜多満男のいる学校だ。
「ゴー!」という声がいくつも聞こえたが、惑わされることなく15足長のマークだけを見ていた。サードからのタッチアップもコーチャーの言葉に任せていると早く出過ぎることが多く、自分の目が1番頼りになった。山野憲輔の足がマークに来た! 4歩目で左手。手のひらを開く。
「いけ!」といったのは誰だ?
手に触れたバトンの感触で、左手をがっちりと握り締めた。
「持ち替えるなよ!」
山野さんがそんなこと言うわけない。でも、確かに山野さんの声だと思った。
「これが最後の全市だから」
リレーの前に言っていた言葉が頭に浮かんだ。3年生にはこれが最後なのだ。負けた時点で引退する。去年の自分は地区の決勝で負けて野球を引退した。高校総体も地区で負けてしまえば同じこと。
「リレーのアンカーはな、体中の筋肉に目1杯力込めて追いかけろ!」
沼田先生の言葉が再びやってきた。
札幌第四は3m先にいた。恵北と栄はそのすぐ後ろについている。北翔の山崎昇は1メートル先、千歳体育と並んでいる。
「抜いてやる! 絶対抜いてやる!」
バトンを持った手に力が入った。肘にもいっぱいに力を込めて大きく振った。膝に、足首に、股にも関節にも全力疾走の指令をだして追いかけた。札幌第四のアンカーを見つめて走った。
「あのハチマキをとってやる!」
山崎昇が先をゆく。
「負けない! 抜いてやる!」
スタンドの歓声が最高潮に達した。山崎昇が札幌第四を捉えた。ゴール前の横線が見えた。バトンを顔の前まであげ、力いっぱいの腕振りをして山崎昇を追った。ゴール前、競技場全体が声援と歓声に包まれていた。左に肩を振るように胸を突き出してゴールラインを越えた。札幌第四のアンカーが見えた。山崎昇は2mも前にいてバトンを頭上にあげた。僕はそのまま第1コーナーまで走って、やってきた坪内航平と大迫勇也のところまで行った。
「やったな!」
クールな大迫先輩の顔が緩んでいた。
「すげえぞ野田!3着だぞ!オメエすげえよ!この腹筋やろう!マッチョマンめ!」
坪内さんがだんだん訳の分からないことを言い始めた。興奮気味の顔をした山野さんがやって来て、揃ってサブトラックに向かう通路を歩いていると、喜多満男が先輩達の荷物持ちをして待っていた。
「すげーな!」と言った後にも口が動いたが、はっきりとは聞き取れなかった。千歳体育が南ヶ丘に負けたことが悔しいと、声には出さずとも十分伝わってくる目をしていた。
400mリレーが2日目の最終種目だったので、テントにはみんなが揃っていた。拍手で向かえてくれた。山野紗希が珍しく最初に話し始めた。
「憲輔!コーナーで力みすぎだよ!コーナーの出口で減速しちゃって野田君に追いつけないところだったよ!」
「お前、3位になったんだからまず褒めろよ!」
「野田君が追いついて3位になったんじゃない。野田君のおかげ」
「あらら、いつの間にか野田が気に入られたみたいですねー」
坪内さんがそう言って茶化したとたん、強烈に反撃を受けた。
「航平さんもスタートばっかりじゃなく、後半の持久力も鍛えた方がいいですよ。せっかくの大迫さんの走りがいかせないと思います」
「紗希、お前言い過ぎ!」
「だって、せっかく……」
「紗希ちゃんもうやめなよ」
北田さんが山野紗希の後ろから声をかけた。
「私たちのできなかったことを男子リレーに期待してたからだよね。でも、いいじゃない。立派、立派。今まで3位なんてなったことないんだから。全道大会の旭川まで応援に行こうと思ったよ、私は!」
「でも……」
「紗希ちゃんの高跳びもみんなで応援に行くからね」
「北田さん、明日まだ16継あるじゃないですか!」
山野沙希の熱さはまだ失われていなかった。
「決勝まで行けば全道もあるんだし……」
「四継は紗希ちゃん達が速いけど、16継はムリだよ。4人そろえるのだって難しかったんだから」
山口さんがプログラムをめくりながら何かを計算していたが、バインダーにペンを挟めた後に静かに北田さんに向かった。
「キーちゃん、そんなに悲観すること無いかも。ちょっと期待もてそう」
「なにが?」
「1600mリレー。今、予選の組み合わせとエントリーシートの選手名簿を見てたらね、3着プラス3の予選は通るよ。きっと」
「ミユー、今までうちの16継はずっと『参加することに意義がある』って古くさいオリンピック精神並だったんだよ。予選通ったこと無いんだよ」
北田さんの言葉がやけに自信満々に聞こえた。
「大丈夫、去年の記録と新人戦、春季大会の400mとリレーの記録調べてみてもね、4分10秒で走れば優勝争いできるはず」
「1人63秒平均ですね」
山野沙希が素早く計算して言った。
「そう。今年の記録見ると、他の学校もあんまり伸びてないから、かえってうちの方がチャンスいっぱいあると思うよ」
「63秒か……」
北田さんが頭の中に数字を浸透させているような表情をした。
「北田さん! 私、絶対60秒で戻ってきますから!」
山野紗希が言った。
「え! 60秒」
「そうだね、紗希ちゃんが60秒で走ってくれたら間違いなく決勝いけるよ」
「だけど、誰も400mの専門家いないんだよ」
「どこもそれは同じ。それよりうちは800mランナーが2人になったし、紗希ちゃんは100m12秒台で走る。後は、キーちゃんが得意の粘りを発揮できるかどうかだよ。全道あきらめるどころか、表彰台だってあるかも」
「それは、ミユー、無理すぎるけど、本当に決勝いけそうかな?」
「行けるよ、絶対!!」
「私、健太郎みたいに15秒イーブンでは走れないけど、後ろから追いかけたら、絶対抜くから、わたしがかわせるから、それまでバトンつないで下さい!」
山野紗希の言葉は、さっき兄を攻撃した時以上に力強かった。「兄憲輔に妹紗希の強さがあったら」と、きっと彼らの父親は思ったことがあるに違いない。
「紗希、大丈夫、わたしけっこう400m自信あるよ。春季大会の400mで3位になった塚原さんより、中学の時、私のほうが速かったし、800mの時の400のラップ68秒で行けたから、60秒切るくらいの気持ちで走るよ!」
同じ1年生の中村恵梨香が興奮した顔を見せた。
「4分20秒きれれば絶対決勝行けるから。明日頑張って、もっと盛り上がろうよ!南ヶ丘の女子も結構やるところを見せてやろうよ!」
「秋山先生の清嶺と山鼻、それに国際と瀧田学園が強いけど、4分は切れない。チャンスはいっぱいあるよ。4継より16継の方が気持ちと盛り上がりで勝負できるから」
「すげえなおい、女子会パワーだー。燃えてるよー!」
坪内さんの言葉に山野憲輔が応えた。
「俺たちも1600リレー頑張らないと。な、野田!」
「えっ、僕ですか?」
本当に予想外の振りだった。
「ノダー!」
坪内さんがまたまた喜んだ。
「お前な、1つ言ったら次のこともちゃんと察してくれないとなー!」
この人は、僕の失敗やボケを待ちかねているに違いない。
「野田、いいか。青木がダメだってことは、16継もお前が補欠なんだと言うことで、明日! 予選と準決。わかった?」
「……」
「野田たのむな」
青木さんが左足をつま先だけで支えるような立ち方でやって来た。
「オレの400よりお前の方が強そうだから、かえっていいかもしれない」
「僕の400なんか55秒台ですよ。53秒台で走れる青木さんや山野さんとは違います」
「野田、お前はな、なんか特別なエンジンどっかに持ってるんだわ。タイムだけじゃない、なんか違った力が出る部分があるんだ。絶対そうなんだ。じゃないとお前、さっきのリレーで前にいた2人は抜けないだろう。2人とも11秒1の記録持ってんだぞ。お前の最後の追い込みは山崎といい勝負だよ。400だってきっとやれる」
「野田、大丈夫!16継は他の3人結構強いから、お前は3走で差を詰めてくれれば隠岐川が何とかするから大丈夫。隠岐川は2年生だけど、来年はきっと札幌で1番だから。」
僕は結局八種競技とリレーを二つやることになってしまった。初めての試合だった春季大会の時に感じた「暇な陸上競技」はもう存在しない状況になっていた。
そして、陸上って、個人競技だとは言い切れないってことも……!
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