「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio

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第25話 第一部 24・4継(400mリレー)

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400mリレーの女子はバトンのミスでアンカーの山野沙紀までつながらなかった。
大迫勇也先輩は午前中に行われた走り幅跳びを6m93で優勝した。
「大迫より行くかもしれない」
僕の幅跳びは、沼田先生が言うように、そんなに伸びるのだろうか。

上野先生がテントにやって来た。清嶺高校のテントはすぐ近くにあったのでついでに覗いたのかもしれない。
「すごいぞ、ノダケン!ハードルぶっ飛んどいて4300点台に乗せるなんてたいしたもんだよ。ヌマタ先生もなかなか見る目がありますね。」
「おい、ノダケンって? この人は?」
応援に来ていた武部が目を輝かせてそういったが、ここは無視するしかない。説明なんかしてたら明日からが大変だ。

「上野先生のおかげです。ありがとうございました」
「お世辞上手だねあんた。私が教えたからハードルぶっ飛んじゃったのかもしれないでしょ? そうは思わないの?」
「はい、なんかわかったような気がするんです。ハードルの跳び方。失敗してみるとかえって、次に向かってファイトが湧いてくる気がします」
「あらー、ノダケンだわ、やっぱ!」
後ろで長野沙保里と1年生の中島瑠璃が笑っていた。中島瑠璃とは短距離グループの練習で一緒になったことがあった。小さな身体ながら伸びやかな走りで12秒台を記録している。山野沙希のライバルでもある。札幌近郊の石狩市から清嶺高校まで通って来ていた。

リレーの決勝が迫ってきた。山野さんが妹の話をしている。
「あいつよく泣くんだよねー」
笑いながら僕に向かって言った。
「ウソでしょうー」と言ったのは坪内さん。
「世の中で1番泣きそうにない女の子じゃあ、ないの?」
「お前、それどういう意味」
「いや、勉強でもなんでも完璧にできちゃう強い女の子みたいに見えるから。中学の時の学力コンクールとか1番だって言ってませんでした」
「そういうのと女の子だからとは違うだろう」
「バトン渡らなかったからか?」

大迫さんはいつものように冷静に応える。あの円山で山崎昇に負けて天を仰いでいたときのような、冷静でない彼を見ることはあれ以来1度もなかった。この雰囲気はどこから来るのか。いつでもクールに振る舞えるのは何でなのか。生まれつきそんな性格のはずはないし、ムリして気取ってるふうにも見ない。やっぱりこんなふうにずっと生きてきたんだろうか。

「怒ってなかった?」
「自分が走れなかったことじゃなくて、北田さんたち3年生がこれで終わったことに泣いてたみたいだ」
「女の子だねー!」
さっきの失言を挽回したい坪内さんが必要以上に大きな声をだし、それにすぐ大迫さんが反応して言った。
「坪内とか野田とかも俺たちが終わったら泣いてくれるか?」
「いやー、航平が泣いたら見物だよな! 動画撮っとこう!」
「野田は、絶対泣きそうにないな!」
大迫さんが言いたいのは、負けても気にするなと言うことだろうか。全道大会までつなげられたので、青木さんの肉離れも回復するかもしれないし。

「紗希が言ってたぞ。野田を見てるとイライラするってさ」
「僕ですか? あんまりしゃべったことないんすけど」
「いや、きっとよ、おまえは言いたいこと言わないし、本当にやりたいこと隠してるみたいだからさ」
「僕、あんまりしゃべるの得意じゃないんです」
「しゃべるだけじゃないだろ!」と坪内さん。
「そうじゃなくて、お前は自分を殺して我慢してるように見えるから、南ヶ丘の生徒には伝わらないってことだ。山口美優にもそう言われなかったか?」
大迫さんは山口さんと仲がいいんだろうか。
「なんか、そんなようなこと言われました。僕、頭悪すぎてうまく理解できてないんですが……」
「お前は、感情で動いてるからな。自分の主義とか損得とかより、その場の雰囲気つかんで生きてるような……」
「鈍いんですよこいつは! 天然なんですよ。山野さんたちが兄妹だったことも知らなかったんですから」

「自分を隠そうとしてると、相手の情報も入ってこないもんだよな。インターネットでセキュリティーばっかり気にしてると、入ってくる情報も制限されるのと同じだ」
「大迫は理系だから工学系に進むのか?」
「そうだなー、電子工学関係かな。山野は病院継がなきゃならんしな」
「山野さんとこ病院なんですか?」
「ほら! これだもん!」
坪内航平は人差し指を立てて振った。外人みたいだと思っていたら、なにかのCMをまねしてるのだと後から聞いた。

「いいか、おまえ。中川内科胃腸科病院と山野整形外科は南が丘の周辺じゃ超有名な病院だろう!」
「中川の家は下宿から近いんで……、今朝も送ってもらったんですけど、山野さんのとこはどこですか?」
「ウチはね、正式には山鼻形成外科医院って名前なんだ。中央図書館のあたり。昔は教育大があそこにあったらしい」
「ああ、見たことあります。あそこ、かなり大きな病院ですよね。そうだったんですか!」
「ばーか!」
「3代目か?」
「2代目。でも、親父は紗希が継いでもいいと思ってるし、僕もできれば大学病院系がいいかなと思ってる」
「札医大系か? 北大系?」
「いちおう北大と思ってるけど。どうかな、まだ勉強進んでないし」
「妹さんは中川と1番争いしてますよ」
「ばか、山野さんも3年生で1番なの!」
「1番じゃねえよ! 紗希は負けるのだいっ嫌いだけど、僕はそうでもないんだ。別に1番にこだわってない」

「野田は?」
「ビリです」
「やっぱり!」
その言葉にみんなが笑った。
「じゃなくて、何を目指してんだということよ」
「いや、よく分かってなくて」
「そう言うとこがイライラなんだな紗希は。お前の家のことも分からないしよ」
「ただの田舎の家です。先輩たちみたいな立派な家庭じゃないから」
「お前のさ、そういう隠された部分がさ、女の子には魅力的に映るんだよ。お前結構もてるみたいだし」
大迫さんが指で僕の腹筋を突っついた。そのとたん、笑顔で話していた彼の表情が変わった。

「お前……、ちょっと腹見せてみろ!」
もう一度指で腹筋をつつきながら大迫さんが驚きの表情をした。
二人が僕を見た。
「いやですよ。なんですか?」
「どれ」
坪内さんが僕のユニフォームをめくり上げた。それを見た三人が同時に唸った。

「おまえ、中学ん時、どんな練習してたのよ?」
大迫さんが切れ長の目を見開いて聞いた。
「いやー、野球部ですよ。ごく普通の野球部の練習です」
「だからさ、例えば? どんな?」
山野さんの目も大きかった。
「塁間ダッシュとか、ベーランとか、素振りとか、普通の野球の練習ですけど」
「素振りはどのくらいしてた?」
「300回くらいですかね」
「毎日?」
珍しく坪内さんが馬鹿にした言い方でなくなった。
「はい、寝る前に300くらい。練習の時ロングティー100くらいだったと思います」
「ロングティー? それって? どんな練習?」
山野さんは興味津々といった雰囲気で勢い込んでそう聞いた。
「あのー、プロ野球の選手とか練習前によくやってる練習です……」
「野球見に行ったことないからさー、どんな練習なのさー」
坪内さんが不愉快そうないい方に戻っている。

「あのー、トスしてもらったボールをですね、フルスイングして遠くまで飛ばそうって練習なんすけどね……、たまにソフトボールを使ったりしてねスイングの強さを身につけるっていうか……」
「説明へただなー、おまえ!」
坪内さんの喜びの声が聞こえてきた。
「なんか見たような気がするな。プロ野球のキャンプの映像なんかで見る練習だなきっと」
大迫さんが落ち着いて言った。
「フルスイングで100っていったら、下半身も結構きつそうだよな」
山野さんは中学時代野球部にいたことがあると後から聞いた。

「上半身の補強とかは?」
山野さんの上半身は細かった。
「上半身ですか?……、ああ、試合のない時期は、鉄棒の懸垂とか振り跳びとか結構やらされました。それと、体育館のロープ登り。それから、逆立ち歩きがうちの野球部の伝統で塁間歩けるようにやらされました」
「逆立ちで塁間歩けるの?」
「最後は1周させられました」
「1周って、本塁から1周回るってことか?」
「はい?」
「できるの、そんなこと?」
「そうですね、3人くらいしかできませんでした」
「お前はできたのか?」
「はい」

おいちょっとそれ脱いでみろよ、と坪内さんにユニフォームを脱がされると、霧雨状態になっていた雨が上半身を濡らした。
「おー!」と三人の声が合唱のように重なり、サブトラックにいた他校の選手たちが注目し始めた。急いでユニフォームを着てジャージを羽織り、ウインドブレーカーに手を通している間、三人は無言だった。

大迫さんが静かに言った。
「沼田先生がお前に期待しているのは当然だな。体操選手みたいな身体してる。すごいな。お前、握力とか凄いだろう?」
「70㎏ぐらいです」
「70! 俺は40しかない」
坪内さんの上半身も華奢だった。
「柔道部の谷口、F組のでかいの、あいつが70だって言ってたな、確か。体育のテストはあいつが1番だったはずだぞ」
「お前、スーパーマンになれるわ!」
「何いってんですか。握力じゃ速く走れません!」
「いや、最後は筋力だ! 握力だろうと腕力だろうと、パワーにあふれているものが最後は勝つ。」
「そうだな、俺たちはどう頑張っても、そんな筋力は付けられないし、本気で野球やってきたって証拠がちゃんと残ってる。すごいよ」
「お前の家のDNAなんだな。うらやましいな……ホント!」

坪内さんは、やたらDNAにこだわる人だ。あなたの家のDNAはしゃべることですね、と言いたいところだがそんなことは絶対に口に出せない。
「お前は絶対、十種競技やれ! 沼田先生の北海道記録破るのはお前だ。」
山野さんがあきれたような言い方をした。
「そうだ、お前しかいない!」
大迫さんがみんなに宣言しているような言い方をした。
「沼田先生、十種競技やってたんですか? やり投げじゃないんですか?」
「ばーか! そんなことくらい知っとけよ!」
いつもの坪内さんに戻っていた。
「紗希がイライラしてるのはそういうところだわ。お前、自分の力をもっと自覚しろ。自信もて。もっと自分を表に出せ。田舎者も何も関係ないって! そしたら、おまえ、本当に……凄いことになるかもしれない」
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