「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio

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第24話 第一部 23・八種競技完走!

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雨は降ったり止んだりを繰り返し、走り高跳びのセーフティーマットには雨用のカバーがかぶせてある。でもそれによってかえって、跳ぶたびに背中に水を吸い込むことになった。今日から背面跳びをすることにしていた。沼田先生の教えを実行するつもりであるし、新しいことをやってみたいという気にもなっていたからだ。学校の練習ではちっとも上達していない。バーの上でアーチを作れないのだ。踏切もベリーロールの動きを脱しきれず、膝を曲げての振り上げ足のタイミングをとれずにいた。でも、変えてしまったのだからこれでいくしかない。
「言い訳はあと!」
山口さんの言葉はいつまでも頭の中にあった。

競技は1m50㎝から始まった。何でもない高さだが、ここで1度跳んで得点を残しておこうと思った。山野紗希に教わってきたことを思い出しながら、右カーブを描き内傾と後傾を意識して、「ポンポンポン、タタタン」という6拍子のリズムで跳び上がった。バーはずっと下に見える。楽々クリアー。なのだが、バーの上でVの字になっているのが分かった。山野紗希のような美しいアーチは作れない。野田琢磨のようにバーのぎりぎりを越えていくことなどもっと無理なことだった。腰が落ち、頭と足だけが上を向いている。とってもへたくそで不格好な跳び方だ。初めての背面跳びですよ、と宣言している跳び方だった。助走は何とかなるので、高さは十分ある。
「まあ、いいか。本番が練習なんだから、失敗を生かせるようになればいいか……」
1m70㎝で2度目の跳躍。スピードを上げ真上に伸び上がる。結構な高さが出た。そこから右手を下ろし、腰を伸ばし膝を曲げる……、というこの動きがぎこちない。頭のてっぺんから落ちそうになって慌てて顎を引いた。
クリアー。
「ほー!」という声が上がった。

「野田、こっち!」
ピットの奥の方に沼田先生がいた。やり投げの準備をしているらしい。
「いいか、高さはな、2mまで上がってる。でも、腰の高さは、1m75㎝くらい。分かる、この意味」
「はい、ジャックナイフですね」
「そう、今ちょうどマットに降りる手前で顎を引いた。あの時の形がもっと上の位置で作れると、あと20㎝は跳べる。わかるか。踏切はばっちり、そのあとだな。こうしてみな。踏切の時に右手だけを高く上げる。そして右膝は胸に近づけないで蹴り上げろ!」
「転びそうですね」
「そう、バーの上で転べばいいの。顎さえ引いてればそのままマットに着陸成功ってなるから。もう、記録残ってるからやってみな。そしてな、あと3つだけ。いいか。跳べても跳べなくてもあと3本で終われ。雨で冷えてくるから、限界だ。いいか絶対だぞ!」
「跳べなくても止めるんですか?」
「そう、絶対。きょうは今までの2本と合わせて5本以上跳ぶな。いいか、だからな、いつ跳ぶかはちゃんと計算しろよ!」

この人は普段の練習であんまり注文出さないくせに、試合になるといろいろ難しいこと言うんだから。

1m75㎝に上がり半数以上が落ちた。僕は慎重に助走を開始し、右手と膝のけりを意識して跳んだ。失敗だった。全く身体が上がらなかった。
「オクビョウモノメ!」「ナサケネー!」
自分をののしってみたがあと2回しか跳べない。せっかく背面跳びにしているのにこんなところで失敗していられない。走り高跳びの順位を決めるわけではないので試技回数は関係ない。残っているのは僕を入れて5人。慎重に、なんてかっこいいこと言ってられるか。とにかく、助走で高く跳び上がる。バーを越えるのはそれから。

バーの真下に行き踏み切り位置を確かめ、その場でジャンプをしてみた。自分の身長に近い高さだ。それを上から見下ろしてみる。腰の高さまであがれる。スタート位置に戻り6拍子のリズムを大切にしてスピードを上げた。真っ直ぐ上に踏み切る。バーが下に見えた。右手をバーの向こう側に下ろすようにした。腰が伸びた。まだ少し縦回転ができていないが背中でアーチらしきものができた気がする。バーを見ながら顎を引いた。膝下のクリアランスもしっかり見えている。右肩のあたりからマットに着地した。バーは微動だにしていない。何となく感覚をつかんだような気がした。
「あと1本」

雨が強くなり出した。
山口さんがスタンドの最前列にいて手を振っている。目があった時両手をクロスさせてバッテンを作った。
「お・し・ま・い!」
よくは聞こえないが、もう止めろといっているようだ。指さす方角には両手でバッテンをする沼田先生がいた。今日はもう跳ぶなということらしい。分かるような気がした。なんとか勝負になる記録を残したし、この雨でケガしてもしょうがない。ハードルの失敗を取り返したかったが、この記録だって自己新記録なのだった。止めることも大切な勇気だ。沼田先生には危険信号が見えたらしい。

七種目目はやり投げ。槍を全力で投げるのはこれが初めてだ。沼田先生はやり投げの専門家なだけに、この種目だけはポイントをはっきり教えてくれた。

「野球とおんなじだ。センターからバックホームすればいい。助走のステップも一緒。違うのはな、ライナーにしないこと。高く放り上げろ。それだけだ。握り方は2種類ある。野球のボールを握るような形で人差し指と中指に挟むのもあるけど、最初は5本指で握ったほうがいいぞ。安定するから」

腕を大きく後ろに残して右足から1回だけクロスステップをして、センターからのバックホームじゃなく、遠投競争のつもりで高く投げ出す。右手のフォロースルーは大きく左足まで振り切る。800gの槍が高く飛び出し、白いラインの付近に突き刺さった。槍は何年か前の規則変更で重心が先端部分に移動したため、かなりの高さから急角度で落ちてくるものらしい。

スタンドから拍手が起こった。
「50、メートル、18」
計測員が大きく叫んだ。復唱して記録しているのは沼田先生だった。
「もういいぞ。やめろ!」
沼田先生は自分で記録簿に斜線を引いた。
「お前、そのうち60まですぐ届くから今日はここまでだ」
喜びを隠しているのか、わざと冷たい言い方をしている。50mに届く選手は他にいなかった。

4時30分、雨は上がった。最終種目の1500mは、ここまでの合計点で上位12人が第1組で走ることになった。佐々木宏太がトップで3位は喜多満男、僕はハードルでの失敗が大きかったが、それでも7番目の位置にいる。上位4人までが全道大会に出場できる。長距離は得意じゃないが、走りきれる自信はあった。ずっと野球部で鍛えてきた。

ピストルが鳴った。喜多満男が飛び出した。佐々木宏太がついていく。僕もその後ろについた。一週目のラップは72秒。ついて行けなくはない。2週目、74秒に落ちた。3週目も74秒のペースで鐘が鳴った。ラストの1周は上位の5人ともかなりの疲労を抱えていた。なかなかスパートできない。それ以上に止まりそうになる足と気持ちとの戦いだった。やはり2日間での八種目は厳しかった。
第2コーナーを回ったところで恵北高校の3年生清水良平が先頭に出てリードを広げた。喜多満男は荒い息をしている。佐々木宏太が続いて出た。僕は佐々木宏太に追いつこうとペースを上げたが、足が前に出て行かなかった。喜多満男と競り合いながらバックストレートの直線を並んで走った。大きく口を開いて顔を上下させながら喜多満男が外側に回り込もうとしている。僕も同じく息を荒げているに違いない。

「コイツには負けたくない」
2人とも同じ思いを抱いたようで、第3コーナーからのカーブで同時にスピードを上げた。佐々木宏太は5mほど前を先頭の清水良平を追って走っている。最後の直線になった。スタンドからの声援が今まで以上に聞こえてきた。北翔高校の統一した応援が耳に入ってくる。恵北高校の清水良平には1番大きな声がかかる。千歳体育の喜多満男にも応援団がついているようだ。「ノダー!」という単発的な声も聞こえてきた。
あと少し。メインスタンド最前列から「ノダケーン! ガンバー!」と清嶺高校陸上部の応援の声が突然やってきた。10人以上もの女の子の叫びだ。「ケンジー! あと少しだー!」という声は武部の声に違いない。テニスの試合は昨日で終わったらしい。しっかり清嶺高校のなかに混じっている。

残りの50mを体全体の筋肉を総動員して走りきり、最後の最後まで喜多満男と競いきった。互いに倒れこむようなゴールは僕の方が先だ。4分45秒。喜多満男は4分46秒。トップでゴールした清水良平は4分35秒で走った。強かった。佐々木宏太は4分41秒で2着になった。12人全員がゴールし、大きな拍手がスタンドからも役員の方たちからもやってきた。

初めての経験ばかりだった八種競技の合計は4377点でなんとか5着に入った。僕はちょっとだけ陸上に対して自信を持てたような気になっていた。
佐々木宏太が4871点で優勝した。1500mでトップだった清水良平が4776点。喜多満男が4759点で3着となった。同じ1年生の喜多満男はどの種目でもまんべんなく得点を上げていた。4番目の選手は4389点で、僕はほんのちょっとの差で全道大会出場を逃してしまつた。


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