「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio

文字の大きさ
38 / 88

第38話 第二部 9・「母」の思い

しおりを挟む



全道大会最終日

10時30分から16継の準決勝が始まり、2組目に登場した南ヶ丘高校は3分31秒44で5着になり決勝へは進めなかった。隠岐川駿は昨日の状態がもう限界を超えていたため出場を取りやめ、二年生の高野和真を三走にして臨んだが決勝に進む最後のチームは3分23秒で差は歴然としていた。

女子の16継は昨日の予選を突破できず、南ヶ丘高校陸上部は走り高跳びで4位になった山野紗季だけが入賞者となった。

午後になってスタンドの最上段で菊池美咲とその母に会うことになった。今日はもう美咲の出場種目はなかったので美穂は連れていなかった。
彼にとっては正装となっている学生服に着替え約束の場所に向かったが、二人と向かい合った野田賢治には話す言葉がなかった。何を話していいのかもわからず「ども」とただ頭を下げた。
「すごかったね昨日のリレー。あんなの誰もできないことだよ。本当に力があるんだね」
美咲の笑顔はスタジアムの上に広がる初夏の青空に溶け込んでしまったようだ。
「いやー、菊池さんの、七種もダントツ、じゃないですか。全国大会頑張って下さい」
野田賢治の言葉はぎこちなさ過ぎた。
「あなたも、混成やっているんだって?」
彼女の笑顔がさらに透き通っていった。
「いや、あの、全然、ヘタクソなだけで……」
「上野先生と沼田先生って二人とも混成の経験者だから、教え方上手でしょ」
「そうみたいですけど、僕がよくわかってないもんですから……」
「すぐ上手になるよ! いつか一緒に練習できるといいよね。上野先生にお願いしとくからね。」
「……はい……」
野田賢治は自分で何も話題を提供できないことに情けない思いをしていた。
二人の話を黙って聞いていた「母」がバッグの中からスマホを取り出して写真を画面に映し出した。
「これ……」
とだけ言って見せてくれたスマホ画面には僕がどこかの球場で野球をしている姿が映っていた。このユニフォームは小学校の時のものだ。

「……どうして、なんでこんな写真……」
母は次々と画面をスライドさせた。美咲もこれにはとても驚いたようで大きな目をさらに見開いて母の顔を見ている。
「えっ、どういうこと? 知ってたの?」
次々に移り変わる写真は大会に参加している試合の時のものらしい。札幌であった大会のものが多い。一番新しいのは去年の中体連前に行われた軟野連(軟式野球連盟)主催の大会のものだった。札幌の美香保公園野球場で行われたもので、相手のクラブチームのユニフォームに見覚えがあった。

「お母さん……これって」
「あのね……、ノダケンさんとお婆さんがね、ケンジ君の近況は教えてくれていたの。特にね、野球を始めてからはね、大会の日程なんかも教えてくれていたんだよ……」
爺さんも婆さんも僕にはそんなことは全く言っていなかった。
「……だからね、ケンジ君の試合があるときはね、何度か見に行く機会があったんだよ。札幌の高校に進学したことも陸上を始めたこともみんな教えてくれた。お婆さんはね、私にとってはね、すごく優しいお義母さんだった。だから入院してからも小樽まで行ってきたんだよ。うれしかった。ほんとにうれしかった。でも、ノダケンさんが……」
母はそこまで言うともう話せなくなってしまった。
菊池美咲は予想もしていなかった母の「秘密」にただただ驚くしかなかった。
しばらく三人は黙ったままだったが、美咲の「ねえ、写真撮ろう」という言葉に母が顔を上げ涙を隠さずに目を細めた。
僕は何も言えなくなっていた。あまりにも自分の予想外のことばかりが起こってしまうこの旭川の大会は、今までの自分を大きく変えてしまうきっかけになるのだと思い始めていた。

美咲は母のスマホを借りて三人を入れた自撮り写真のシャッターを何度も切った。最後に「姉弟」二人だけの写真を撮り、それらを僕のスマホに転送してくれた。

「いつでも、これからは会えると思うよ、ね……」
母の言葉に美咲が続いた。
「ノダケン。あんたはノダケンを継いだんだね。きっとこれからも会う機会はいっぱいあるからね。それとね、陸上やってたら必ず大会でも会えるから、いつでも待ってるからね」
「……はい……」
また何も言えなかった。「姉」という言葉も「母」という言葉も使えなかった。それでもこの二人が自分のことを本当に思い続けてくれていたことは十分に伝わって来た。言葉を出せないまま「うん」と「はい」ばかりの自分を二人はどう思っていたのか。自分の言葉の未熟さや表現の拙さが今更ながら情けなかった。

「あれ、ちょっと待って! 今、気づいたんだけど、南ヶ丘って私服でしょう?! なんで学生服なの?!」
菊池美咲は今までで一番驚いたような顔になっていた。
「いやー、ちょっと、あの、服選ぶの、なんか、面倒で……」
美咲は大きな声をあげて笑った。
「あんたはやっぱり、ノダケンなんだね」
母の笑顔が真っすぐに僕の方に向かっていた。

陸上部員たちの移動に合わせてその場を去った野田賢治は何度か振り返って二人を見たが、彼女たちはいつまでもこちらを見続けていた。

「菊池さんとお母さんなんだって?」
大きなバックを背負った山野紗季が唇をちょっととんがらせて聞いた。今日はこのまま駅に向かうため、宿泊先から荷物をすべて持ってきている。
「やっぱり、岩内で一緒だったの?」
川相智子がなぜか心配そうな言い方をしている。
「うん。……昔、近所に住んでいたらしい……」
「菊池さんがさ、昨日コーナーのあたりで応援してただろ。あのお母さんと小さい女の子もいたよな。妹なのかな。お前が一番危なかったあたりにちゃんと居て声かけてた。お前が復活したのはその後だ。ちゃんとわかってんだよな、やっぱりよー」
隠岐川さんはまだ足を引きづるような歩き方をしていた。
「わかってるって?」
山野紗季の口がまたとんがり始めた。
「ポイントが分かってるってことさ。彼女は一流なんだよやっぱ。自分の800mの時だってさ、お母さんと妹があそこにいたもの」

旭川駅から列車に乗り込んだ南ヶ丘と清嶺高校の生徒たちは、一つの区切りがついてしまった虚脱感のようなものを感じていた。そして同時に「仲間たち」と一緒だった四日間が終わってしまう寂しさをも感じていた。でも今はそれ以上に、何度も一緒に練習をしてきた仲間たちと、こうやって同じ列車内でとりとめのない会話に盛り上がれることが楽しかった。一つの車両をほぼ占領してしまった両校生徒は、楽しかった修学旅行が終わってしまうのを少しでも先延ばしにしようとする生徒たちの様に、札幌へと近づいて行く車窓の景色など見ることもなく夢中になって話をし続けた。
そんな中、野田賢治は一人車窓に流れる景色に目を向けていた。彼は旭川での四日間の出来事が、今になっても現実のものとして自分の中に落とし込むことができずにいた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...