残念なゴブリンは今日も世界に死に戻る

長谷川くおん

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32.囚われの少女

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村人に捕まった。まだ何もしていないのに……
しかも殺すと脅された。まだ何もしていないのに……

大歓迎といった雰囲気で迎えられたアレは、もしかして夢だったのだろうか?
ただでさえ田舎の人はみんないい人だよねフィルターが掛かっていたところに、いかにもな素朴な風貌の面々からーー

「よくいらっしゃいました。ゆっくりして行ってください」

――などと言われたら、そりゃもう疑ってかかれという方が難しい。
なのに、現実ときたら厳しいもので、屋敷の中に足を踏み入れるなり両脇を屈強な村人に抱えられ、地下へと引きずられすぐ様檻の中へと入れられて、アイテムバッグだと偽っていた皮袋と、金貨3枚と銀貨10枚を入れた銭袋を奪われた。

「うーん、これからどうしよう……」

村で1番大きな屋敷の地下に造られた寂しい牢獄の中で、私は今1人で途方に暮れている。
狭苦しい3畳ほどのそこは、3片を土壁で囲われ、出入り口は鉄の格子で閉ざされている。閉塞感が半端ない。適当に洞穴ほらあな掘って鉄格子つけただけとしか思えないこの部屋なら、長年監禁されていたの方が幾分かマシだった。

「下手に逃げてタラバが危険に晒されるのは避けたいけど……」

以前と違い、スキルも知恵もある。身体は弱いし何かとすぐに死にがちだけど、慎重にことを運べば抜け出せないことはないような気がする。こんな時こそ、ポジティブ大事。
問題はタラバが何処にいるのか分からないこと。
あのソバカス顔の少女と一緒に、畑と家畜の様子を見に行くと言っていたはずなのだが……まさか彼女もグルだった? あんなに気弱そうな純朴な少女なのに?
もしも金に目が眩んだ一部の村人達の暴走なら、彼女や他の村人達には何の罪もない。
こんな状態をミギエさんが知ったら、血の雨が降る予感しかない。

「タラバ、大丈夫かな~? バカだけど美少年だからなぁ……変な男とかに目をつけられてたら……う! あぁ……タラバ! すぐ助けに行くからね!」

想像の中のタラバが、あられもない格好で泣いていた。それでも美しいのだから、罪な男である。
もう1人の方……ミギエさんに関しては、何の心配もしていない。あの人は絶対死なない。殺しても死なない気さえする。きっと何を犠牲にしても生き延びるだろう。
でもタラバは、生身の人間。天才だけど、根がバカで阿呆なお子様なのだ。
考えたくはないが……一応最悪の場合も想定して、大きなため息を吐いた。
何かと魔物転生を夢見ているタラバは、どうやら『富江の欠片』でそれが可能となると思い込んでいる節がある。
だがしかーし、それは甘い! 考えが甘い!
あのスキルには、まだ謎が多い。むしろ謎しかない。
現にこうして、ふんわり冒険服の下に隠した卵ホルダーの5色の卵は、相変わらずうんともすんとも変わりなく、生まれ出る気配は一切ない。
そもそも魔物を新生物へ作り替える『富江の欠片』が、果たして人間に対しても適応可能なのかどうか? 確かに錬成には人間の死骸を使用するが、それで人間側の意識が残るとは考えづらい。

「やっぱりタラバが殺される前に何とかしてミギエさんに連絡を取って、タラバの護衛を頼まないと」

ミギエさんを用心棒として付けておけば、とりあえずタラバの命は保障される。ああ見えて意外に面倒見がいい。村人を皆殺しにしてても、守ってくれるはずだ。いつぞやの高級宿での事件の時のように……

「でもあの暴君のことだから、とりあえず土下座して謝ってから頼んで……とかいうんだろうな。大体、何でいつもあんなに偉そうなんだ! トンカツ1人で全部食べちゃうし! 今回のはカラッと揚がっためっちゃいい出来だったはずなのに!」

人間、一人暮らしが長くなると、ついつい普段から独り言が多くなるものだが、転生後だというのになかなかこの癖は抜けそうにない。
なんだかんだブツブツと呟きながら、過度なストレスによりで目減りしたHP回復のため、『トランクルーム』からニンニクステーキを取り出し頬張った。
もちろん行儀良く椅子とテーブルを用意して、飲み物代わりにポトフも添えてーー
こんなところをあの2人に見られたら「緊急事態なのに悠長ですね」とか嫌味を言われそうだけど……

「腹が減っては戦は出来ぬ……ってね!」

私はとりあえず後のことを10分後の私に託して、絶妙な焼き加減の美味しいステーキに舌鼓をうった。静かすぎる冷たい地下に響くフォークとナイフの音――

「シクシクシクシク……」

――だけのはずが……ん?

「い……い……匂い……シクシクシクシク……」

反響してこだまする女性のものと思われる泣き声。
その徐々に大きくなるシクシク音に気づき、思わず背筋が凍るとともに、ヒッ……と小さく息を漏らした。
何処からともなく聞こえてくる不審な嘆きを確かめようと、ナイフを置いて立ち上がった。
ここはひどく薄暗い。ゴブリンの特性か、多少夜目がきくためわざわざ松明を取り出しはしなかったのだが……

「だ、誰?」

私は意を決して『トランクルーム』から松明を取り出し、目の前に掲げた。
そしてーー

「あ゛あ゛あ゛あ゛」
「ヒッ! ヒヤァァァァアア!」

そこには、奥の鉄格子に縋り付いてこちらに手を伸ばしている緑色の貞子が私を見つめていた……



閑話休題。

――メンタル死した。
否、正確には驚き過ぎて恐怖死した。
数分後、死に戻りから目覚めた私は、改めてその貞子を認識し、一瞬瀕死のHP1まで削られた。
薄暗い室内のせいで、向こう側にも檻があるとは全く気がついていなかった。
その人物は、向こう側の折の鉄格子に手足をからめるようにして頭だけをこちらに無理矢理出して、ギョロッとした一つ目で私を見つめている。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

ずっと泣きながら呟いていて、怖すぎる。慣れるまでの十数分、お互い見つめあったまま微動だにできなかった。

「はいはい、ではお邪魔しますよー」

鉄格子を『銀の匙』で鉄の塊へと変えて、彼女の檻の方へとお邪魔する。
こういった1番適当な錬成の方が必要経験値が高かったりするのは、守銭奴スキルゆえの罠にのだろうか? そういう事情もあって、ついつい今後何かしらに使えそうなものに錬成しておきたいと考えてしまい、無駄に検索時間を消費した上、トラブル発生で結局ただの鉄の塊へと変えざるを得ない結果になったりするのだから、やっぱり私の今世残念が過ぎる。

「あ、ホントだ。よく見たら、ちゃんとオークなんだね」

人間慣れてしまえば……否、ゴブリンモドキ慣れてしまえば大したもので、あの恐怖心が嘘のように数分で普通にお喋りできるご近所さんになれた。
向かいに囚われていたのは、オーク族の少女で人質ならぬ魔物質として2年ほど前からここにいるらしい。
その間、この牢に飯係以外が来るのは初めてだったそうで、興味半分恐怖半分で覗いていたところ、私が激しく独り言を繰り返し、あまつさえ何処からともなく謎の食べ物を取り出し食べ始めたのを見て、ついつい色んな感情が感極まって泣いてしまったらしい。

「す、すみません……でした。お、驚かせてしまって……」
「いやいや、私の方こそ長々と奇行をお見せして申し訳ない」

彼女の異様な姿に死ぬほど驚いたが、何のことはない彼女もまた私原因の被害者の1人だった。
オーク族の姫であり上位種の魔物として生まれた彼女は、知能の著しく低い仲間達の中で比較的高い知性を持っていたらしく、人間の言葉を話せないまでもある程度その意味を理解することが出来たらしく、そこに目をつけたエルバルグ辺境伯の配下によって一族郎党捕縛され、この村で実験台兼労働力として使役されていたらしい。
またしてもエルバルグ辺境伯…… ほんとロクなやつじゃねぇな。変態貴族。

「ゴブリンさんも、あの実験でそんな姿に?」
「いや、私は元々コレ……というか、むしろ私がソレというか……」
「…………?」

どうにも説明のしようがないので、適当に笑ってごまかした。
言えば彼女を不快にするだけだろう。

知性の高かった彼女の実験に使われたのは、どうやら私の頭部だったらしく、彼女の本来の頭のすぐ下、首から胸にかけての部分にはドス黒緑色の長い髪をした頭部が生えている。思考する機能はないらしいが、左側に一つだけの目はギョロギョロと目玉を動かし、その耳まで裂けた口は「あ゛あ゛あ゛あ゛」と、不安を掻き立てる不快な鳴き声を上げ続けている。
正直、めちゃくちゃ怖い! 

「あの……こんなすごいご馳走……いいんですか……? 私まで……」
「もちろん。いっぱいあるから食べて。ここから出るには、体力がいるからね」

私だっていくらなんでもお腹を空かせた人の前で、自分だけステーキを食べるなんて鬼畜な真似はできない。
その目に睨まれてたら、余計できない。やりたくてもできない。

「ここから……出る……?」
「そう、出るよ。ムシャムシャ……だって、いつまでもこんな所にいても仕方ないでしょ?」

彼女は一瞬言葉を飲んで、そして静かに憂いだ。

「ゴブリンさんが羨ましい……」
「ん? 何で?」
「こんなすごい力を持ってて、自信があって…… 私はいつも泣くことしか出来ないから……」

彼女の言ってることは多分、彼女からしたらそうなのだろう。2年もの間辛く悲しい日々を、1人きりでただただ過ごしてきたのだ。
理不尽を覆せるだけの力の無き者が、ただそこに在るだけとならざるを得ないのは仕方のないことであり、自然の摂理とも言える。
だけど私は、彼女その言葉に少しーー

「そう。ムシャムシャ……じゃあ、一緒に逃げる気はないってことね?」
「え……?」

ーーイラッとした。

「泣くことしかできないんでしょ? これまでも、そしてこれからも!」
「これからも……?」
「私、自慢じゃないけど最弱のゴブリンモドキでね。何でもないことでもすぐに死ぬ。さっきも貴女を見て、驚き過ぎて死んだくらい」
「え? でも、ゴブリンさんは生きて……」
「死んでも死んでも蘇る厄介なスキル持ちでね。他人からしたら羨ましく思えるスキルかもしれないけど……これが中々結構ツライ……ってまぁ、それはどうでもいいんだけど。私の話を聞いて、それは死んでも生き返る保障があるからでしょ? って思って欲しくはないんだけど、私はね私の人生は自分で決めたいのよ」
「人生は自分で……」
「他人にレール敷かれるなんてまっぴらごめん。だったら死ぬ気で逃げてやる」
「死ぬ気で逃げる……」
「今までは1人きりで、どうにもならなかった。でも今、貴女の目の前に奇妙なスキル持ちのゴブリンモドキが現れた。さぁ、ならどうする?」

私はフォークに刺したステーキ肉を、わざとらしく彼女の目の前にちらつかせた。
彼女は私の言葉と行動に、一瞬だけ目を丸くして、そして静かに目を閉じて、数秒後迷いのない瞳でーー

「こ、断られてもついて行きます!」

その姿には似つかわしくないほど可憐に、目の前にかざされた肉ていじされたキボウ頬張ったつかみとった

「正解!」

――お互い、思わず目を見合わせてーー

「「ふっ……あははははは!」」

冷たく薄暗い地下に、季節外れの春風が吹いた。
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