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魔法使いの愛

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 精神を集中させて、彼女の息吹を見つける。

 この時の為だけに。

 あの時地下室で気がついてから、ずっと繊細な魔力のコントロールを鍛えてきた。

 だからきっとアイシャの所に飛べる。

 目を閉じて自分の中と外界の魔力を同調させる。

 その中の、点のように光る中に一つだけの特別なモノを見つける。


「アイシャ、見つけた。そこだね」


 どんどん大きくなる光に手を伸ばすように。

 迎え入れるように。

 抱き抱える。


 次の瞬間、ナジャールの姿は自室から忽然と消えてしまった。




 泣き声が遠くから聞こえる。

 ああ、泣かないでアイシャ。

 僕が悪かったから。

 君の側から離れたから。


 だから・・・


「起きて、ナジャ。お願いよ・・・死んでしまう」


 死んだっていい。

 君が側に居ないのならこの世界なんか要らない。

 アイシャの声にウットリとしながら、目を開ける。

 黒檀の様に美しく輝く黒髪がナジャールの顔にサラサラと触れる。


「!」


 身体全体は殴られたように痛いし、口の中の鉄のような匂いと味。

 それでも。

 それでも、愛しい人が目の前でその青い双眸から涙を流して自分の顔を撫でてくれるのが嬉しくて。


「・・・アイシャ、泣くな」

「何してんのよ、ナジャの莫迦・・・死んじゃう・・っ」

「痩せたね・・・」

「ナジャも痩せてる」


 見回すと見馴れない調度品が目につく。

 部屋が薄暗いのは、魔石ランプの光を絞ってあるのかもしれない。

 ナジャールは床に寝そべってアイシャの膝に頭を抱え込まれていた。


「良かった、生きてる。ナジャが、死んでるかと思った」


 泣き笑いをするアイシャ。


「アイシャ、キスして」

「うん」


 彼女の顔が近付いて来て、柔らかい唇がナジャールに触れた。


 着ている服はボロボロ、顔や手といった肌が露出していた部分は軽いヤケドの様にヒリヒリしていた。

 髪の毛も所々縺れたようになっている。

 それでも彼女にもう一度会えた。
触れることができた。

 それだけで何もかもに感謝した。


 愛する人をやっと取り戻せた。


 後宮のアイシャの私室の床が突然輝いて、全身ボロボロになったナジャールが現れたと彼女は言った。

 真夜中で、彼女以外誰も部屋に居なかったのが幸いした。

 お陰で誰にも見咎められる事はなかったらしい。


「普段から侍女もメイドも寄せ付けないの。自分の事は出来るからって、追い出しといて良かった」


 アイシャは泣きながら笑った。


「私が皇王の側室になる為にここに来てから、あの人に会ったのは3回位だよ」

「何で? 」

「皇都に着いてから魔法が消えちゃったんだ。使えないの」

「!?」

「身体を魔力は巡ってるのは分かるんだけど。温存してる感じ? 持ってるだけで外に出して使えないから、皇国側も対処に困ってるみたい」

「じゃあ、閨を共にしてないのか? 」

「うん。魔女が怖いらしいね。皇国って魔法使いが全然いないらしいよ。それに私、皇王に夫がいるって言っちゃったもん。婚姻式をしてなかっただけで実質的には夫婦だったから閨の相手なんか出来ないし嫌だって」

「・・・それで納得したの? 」

「さあ?  分かんないけど来ないからさ、考えても仕方ないじゃん」

「じゃあ、ずっと放置されてるって事かい?! 」

「食事も入浴も普通にしてる。庭を歩くのもなんにも言われない。城から出ちゃダメってだけみたい」

「ふうん。じゃあいいや。酷い目にアイシャが合ってないんなら」


 なんの力もない普通の人間と魔法使いは根本的に違う。

 アイシャやナジャールのような魔力が潤沢にある魔法使いを、何の拘束もしないでただ閉じ込めておくという事は、導火線に火のついた爆薬を鍵のかからない木の箱に入れておくようなものだ。


 実際ナジャールは外部からこの部屋に空間移動をして訪れている。


 彼らはいつだってのだ。

 魔力を体に巡らし強制的に回復をするナジャール。

 またしても荒療治である。


「またあ。無理して治してるでしょ」

「バレてるよね」

「知ってるよ。もう」


 そう魔法使いは魔法使いにしか分からないし、理解できない。

 だからナジャールはアイシャがいないと本当に一人になってしまう。


 それはアイシャも同じだ。


 2人はお互いの世界に、どうしたってお互いが必要なのだ。


 だから2人は結婚する事にしたのに、周りがソレを嫌がるのだ。


「王族とか貴族とか、ホントに面倒だね。皇国も面倒くさい」

「あ、ナジャの面倒くさいが始まっちゃった」

「うん。アイシャが側にいないとさ~ 真面目に戻っちゃって、なんでもやろうとしちゃうからすっごい鬱になってた。ずーっとイライラして疲れた」

「あ~、またか。ナジャのはもう病気だよね」

「アイシャが皇国の側室にされるって云われて、また爆発した。コントロール出来なくなって暴走して牢屋行き」

「うん。だから取り敢えず大人しくしてた。ナジャ、気がついたらちゃんと迎えに来てくれるってから」

「王国の復興はほぼ終わらせたし、公共事業は大臣たちでも出来るようにしてきたからもういいよね。君に戦争の責を取らせた形になって王家は国民に不信感を持たれちゃってるけど、それは頑張ってもらわなくちゃね。僕もそれに関しては滅茶苦茶怒ってるから」

「たったの4ヶ月で全部終わったの!? 」

「いや? 1ヶ月くらいだよ。暴走してからの3ヶ月は地下牢で狂っちゃってたみたい。気がついたらアイシャが居なくてさ地下から連れ出されてから、仕方なくずっと王子やってたよ」

「相変わらず桁違いに優秀ねえ。呆れるわ。跡目争いになる訳よね」

「そんなの大臣とか宰相の勝手だ。兄さんが王太子でなんの文句があるんだか、分かんないよ」


 はああ、とため息が出る。


「君を迎えに来るのがコレ以上遅くなってたら人格が完全に崩壊してたと思う。最後の方は完全に狂ってたしね」


 ニコリと花のように笑うナジャール。

 その笑顔を見るのがアイシャはいつだって大好きなのだ。


「行こう、一度僕の部屋に戻って着替えたら、もう帰る必要ないからさ」

「あ、でも私の代わりにお兄さんの所に来てる皇女様は? 私が居なくなったら、彼女は皇国に帰ってこれるのかな? 」

「さあ。聞いてみる? 僕はどうでもいいんだけどさ」

「私もどうでもいいかな」

「じゃあ、ほっといたらいい。兄さんか陛下か宰相が何とかするよ。彼女、物凄く面倒そうな感じだから近寄りたくないな」


 アイシャの眉が途端に吊りあがった。


「わかった。ナジャがそれ言う人ってだよね。近寄らなくていいよ」

「じゃ、行こう」

「もう身体は大丈夫なの? 」

「アイシャがキスしてくれたらね 」

「もー。キス魔なんだから~ 」


 何だかんだ言いながらキスをするアイシャ。


「帰ったら出発しよう」

「何処へ行くの? 」

「取り敢えず、僕達を引き裂こうとする人のいないところ」

「それいいね。あのねここにね。多分だけど、ナジャの赤ちゃんがいると思うんだ」


 アイシャがそっと自分の下腹部を優しく触る。


「!!」

「だから摩力を温存してるんだと思うの」


 ナジャールの顔が歪む。


「ゴメンね。4ヶ月も待たせちゃって」

「ううん。これからはずっと一緒だから大丈夫だよ」


 ニコリと笑うアイシャを泣きそうな顔で抱きしめるナジャール。


「いこう」

「うん」


 二人が手を繋いだら、眩しい光が一瞬だけ部屋に広がった。

 光が収まると、もうそこには誰もいなかったーー





ーーーーー



  ふとナジャールは目を覚ました。
緑の舘の丸窓からエンジェルラダーの様に光がさしている。

 うたた寝をしていたようだ。


「そう言えば、そろそろそんな時期でしたね」

 懐かしい夢を見たあとは幸せな気分になれるから。


「アルノルドとグランとミリーと一緒にお茶にしましょうかね」


 ナジャールは、とっておきの茶葉の缶を棚から出した。

 妻と同じ黒髪のグランはコレが好きな事をナジャールは知っている。


 コレを飲む時だけ妻と同じ、笑顔になるからだ。


 お茶の時間を楽しみにしながらナジャールは静かに部屋を後にした。














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