37 / 38
魔法使いの愛
3
しおりを挟む精神を集中させて、彼女の息吹を見つける。
この時の為だけに。
あの時地下室で気がついてから、ずっと繊細な魔力のコントロールを鍛えてきた。
だからきっとアイシャの所に飛べる。
目を閉じて自分の中と外界の魔力を同調させる。
その中の、点のように光る中に一つだけの特別なモノを見つける。
「アイシャ、見つけた。そこだね」
どんどん大きくなる光に手を伸ばすように。
迎え入れるように。
抱き抱える。
次の瞬間、ナジャールの姿は自室から忽然と消えてしまった。
泣き声が遠くから聞こえる。
ああ、泣かないでアイシャ。
僕が悪かったから。
君の側から離れたから。
だから・・・
「起きて、ナジャ。お願いよ・・・死んでしまう」
死んだっていい。
君が側に居ないのならこの世界なんか要らない。
アイシャの声にウットリとしながら、目を開ける。
黒檀の様に美しく輝く黒髪がナジャールの顔にサラサラと触れる。
「!」
身体全体は殴られたように痛いし、口の中の鉄のような匂いと味。
それでも。
それでも、愛しい人が目の前でその青い双眸から涙を流して自分の顔を撫でてくれるのが嬉しくて。
「・・・アイシャ、泣くな」
「何してんのよ、ナジャの莫迦・・・死んじゃう・・っ」
「痩せたね・・・」
「ナジャも痩せてる」
見回すと見馴れない調度品が目につく。
部屋が薄暗いのは、魔石ランプの光を絞ってあるのかもしれない。
ナジャールは床に寝そべってアイシャの膝に頭を抱え込まれていた。
「良かった、生きてる。ナジャが、死んでるかと思った」
泣き笑いをするアイシャ。
「アイシャ、キスして」
「うん」
彼女の顔が近付いて来て、柔らかい唇がナジャールに触れた。
着ている服はボロボロ、顔や手といった肌が露出していた部分は軽いヤケドの様にヒリヒリしていた。
髪の毛も所々縺れたようになっている。
それでも彼女にもう一度会えた。
触れることができた。
それだけで何もかもに感謝した。
愛する人をやっと取り戻せた。
後宮のアイシャの私室の床が突然輝いて、全身ボロボロになったナジャールが現れたと彼女は言った。
真夜中で、彼女以外誰も部屋に居なかったのが幸いした。
お陰で誰にも見咎められる事はなかったらしい。
「普段から侍女もメイドも寄せ付けないの。自分の事は出来るからって、追い出しといて良かった」
アイシャは泣きながら笑った。
「私が皇王の側室になる為にここに来てから、あの人に会ったのは3回位だよ」
「何で? 」
「皇都に着いてから魔法が消えちゃったんだ。使えないの」
「!?」
「身体を魔力は巡ってるのは分かるんだけど。温存してる感じ? 持ってるだけで外に出して使えないから、皇国側も対処に困ってるみたい」
「じゃあ、閨を共にしてないのか? 」
「うん。魔女が怖いらしいね。皇国って魔法使いが全然いないらしいよ。それに私、皇王に夫がいるって言っちゃったもん。婚姻式をしてなかっただけで実質的には夫婦だったから閨の相手なんか出来ないし嫌だって」
「・・・それで納得したの? 」
「さあ? 分かんないけど来ないからさ、考えても仕方ないじゃん」
「じゃあ、ずっと放置されてるって事かい?! 」
「食事も入浴も普通にしてる。庭を歩くのもなんにも言われない。城から出ちゃダメってだけみたい」
「ふうん。じゃあいいや。酷い目にアイシャが合ってないんなら」
なんの力もない普通の人間と魔法使いは根本的に違う。
アイシャやナジャールのような魔力が潤沢にある魔法使いを、何の拘束もしないでただ閉じ込めておくという事は、導火線に火のついた爆薬を鍵のかからない木の箱に入れておくようなものだ。
実際ナジャールは外部からこの部屋に空間移動をして訪れている。
彼らはいつだって簡単に出ていけるのだ。
魔力を体に巡らし強制的に回復をするナジャール。
またしても荒療治である。
「またあ。無理して治してるでしょ」
「バレてるよね」
「知ってるよ。もう」
そう魔法使いは魔法使いにしか分からないし、理解できない。
だからナジャールはアイシャがいないと本当に一人になってしまう。
それはアイシャも同じだ。
2人はお互いの世界に、どうしたってお互いが必要なのだ。
だから2人は結婚する事にしたのに、周りがソレを嫌がるのだ。
「王族とか貴族とか、ホントに面倒だね。皇国も面倒くさい」
「あ、ナジャの面倒くさいが始まっちゃった」
「うん。アイシャが側にいないとさ~ 真面目に戻っちゃって、なんでもやろうとしちゃうからすっごい鬱になってた。ずーっとイライラして疲れた」
「あ~、またか。ナジャのはもう病気だよね」
「アイシャが皇国の側室にされるって云われて、また爆発した。コントロール出来なくなって暴走して牢屋行き」
「うん。だから取り敢えず大人しくしてた。ナジャ、気がついたらちゃんと迎えに来てくれるって知ってたから」
「王国の復興はほぼ終わらせたし、公共事業は大臣たちでも出来るようにしてきたからもういいよね。君に戦争の責を取らせた形になって王家は国民に不信感を持たれちゃってるけど、それは頑張ってもらわなくちゃね。僕もそれに関しては滅茶苦茶怒ってるから」
「たったの4ヶ月で全部終わったの!? 」
「いや? 1ヶ月くらいだよ。暴走してからの3ヶ月は地下牢で狂っちゃってたみたい。気がついたらアイシャが居なくてさ地下から連れ出されてから、仕方なくずっと王子やってたよ」
「相変わらず桁違いに優秀ねえ。呆れるわ。跡目争いになる訳よね」
「そんなの大臣とか宰相の勝手だ。兄さんが王太子でなんの文句があるんだか、分かんないよ」
はああ、とため息が出る。
「君を迎えに来るのがコレ以上遅くなってたら人格が完全に崩壊してたと思う。最後の方は完全に狂ってたしね」
ニコリと花のように笑うナジャール。
その笑顔を見るのがアイシャはいつだって大好きなのだ。
「行こう、一度僕の部屋に戻って着替えたら、もう帰る必要ないからさ」
「あ、でも私の代わりにお兄さんの所に来てる皇女様は? 私が居なくなったら、彼女は皇国に帰ってこれるのかな? 」
「さあ。聞いてみる? 僕はどうでもいいんだけどさ」
「私もどうでもいいかな」
「じゃあ、ほっといたらいい。兄さんか陛下か宰相が何とかするよ。彼女、物凄く面倒そうな感じだから近寄りたくないな」
アイシャの眉が途端に吊りあがった。
「わかった。ナジャがそれ言う人ってメス猫だよね。近寄らなくていいよ」
「じゃ、行こう」
「もう身体は大丈夫なの? 」
「アイシャがキスしてくれたらね 」
「もー。キス魔なんだから~ 」
何だかんだ言いながらキスをするアイシャ。
「帰ったら出発しよう」
「何処へ行くの? 」
「取り敢えず、僕達を引き裂こうとする人のいないところ」
「それいいね。あのねここにね。多分だけど、ナジャの赤ちゃんがいると思うんだ」
アイシャがそっと自分の下腹部を優しく触る。
「!!」
「だから摩力を温存してるんだと思うの」
ナジャールの顔が歪む。
「ゴメンね。4ヶ月も待たせちゃって」
「ううん。これからはずっと一緒だから大丈夫だよ」
ニコリと笑うアイシャを泣きそうな顔で抱きしめるナジャール。
「いこう」
「うん」
二人が手を繋いだら、眩しい光が一瞬だけ部屋に広がった。
光が収まると、もうそこには誰もいなかったーー
ーーーーー
ふとナジャールは目を覚ました。
緑の舘の丸窓からエンジェルラダーの様に光がさしている。
うたた寝をしていたようだ。
「そう言えば、そろそろそんな時期でしたね」
懐かしい夢を見たあとは幸せな気分になれるから。
「アルノルドとグランとミリーと一緒にお茶にしましょうかね」
ナジャールは、とっておきの茶葉の缶を棚から出した。
妻と同じ黒髪のグランはコレが好きな事をナジャールは知っている。
コレを飲む時だけ妻と同じ、笑顔になるからだ。
お茶の時間を楽しみにしながらナジャールは静かに部屋を後にした。
了
14
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
短編)どうぞ、勝手に滅んでください。
黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。
あらすじ)
大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。
政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。
けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。
やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。
ーーー
※カクヨム、なろうにも掲載しています
婚約破棄されたので契約を終了しただけですが? ~王国が崩壊したのは私のせいではありません~
しおしお
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。
王太子レオナードは突然、婚約者である公爵令嬢アデリーナとの婚約破棄を宣言する。
隣に立つのは、涙を流す義妹ミレイナ。
「お姉様に虐げられてきました」と訴える彼女の言葉を、貴族たちは信じてしまう。
悪女として断罪され、追放を宣告されるアデリーナ。
だが彼女は怒りも悲しみも見せず、ただ静かに微笑んだ。
「承知いたしました。では――契約を終了いたします」
その一言が、すべての始まりだった。
公爵家による融資、貿易、軍需支援。
王国を支えていたすべてが、静かに停止する。
財務は崩壊し、軍は止まり、商人は離反。
王都は混乱に包まれていく。
やがて明らかになる義妹の嘘。
そして王太子の責任。
すべてが暴かれたとき、二人を待っていたのは――
完全な破滅だった。
一方アデリーナは、隣国で静かな紅茶の時間を過ごしていた。
これは、
婚約破棄された公爵令嬢が“何もしなかった”ことで始まる、
王国崩壊と地獄のざまぁの物語。
――その報告書を、彼女が読むことは一度もなかった。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
断罪予定の悪役令嬢ですが、王都でカフェを開いたら婚約者の王太子が常連になりました
由香
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることに気付く。
このままでは一年後の夜会で婚約破棄され、断罪された上で国外追放されてしまう運命だ。
「――だったら、その前に稼げばいいわ!」
前世の記憶を頼りに、王都の裏通りで小さなカフェを開くことにしたエリザベート。
コーヒーやケーキは評判となり、店は少しずつ人気店へと成長していく。
そんなある日、店に一人の青年が現れる。
落ち着いた雰囲気のその客は、毎日のように通う常連になった。
しかし彼の正体は――なんと婚約者である王太子レオンハルトだった!?
破滅回避のために始めたカフェ経営が、やがて運命を変えていく。
これは、悪役令嬢が小さなカフェから幸せを掴む
ほのぼのカフェ経営×溺愛ロマンスストーリー。
捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来
鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」
婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。
王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。
アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。
だが、彼女は決して屈しない。
「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」
そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。
――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。
彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる