輪廻の誓いは、愛になる

帰り花

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第一部 運命

整えられた距離

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 変化は、目立たない形で起きた。
 五月の終わり。
 席替えがあった。
 理由は単純だ。
「隣同士で話しすぎている子がいるから」
 教師は笑ってそう言った。
 月那るなの隣にいた少年は、窓側の一番後ろへ移動になった。
 月那の席は、そのまま。
 代わりに、その隣へ座ったのは――陽臣はるおみだった。
 偶然だった。
 少なくとも、そう説明された。
 くじ引き。
 透明な箱。
 小さな紙片。
 陽臣は、自分の引いた番号を見て、ほんの一瞬だけ瞬きをした。
 驚きではない。
 確認だった。
「また、となりだね」
 月那が嬉しそうに言う。
「うん」
 陽臣は笑う。
 胸の奥のざわつきが、静かに沈む。
 正しい位置に戻っただけだ。

 少年は、その後もしばらく月那に話しかけようとした。
 休み時間。
 廊下。
 校庭。
 だが、いつも陽臣がいる。
 自然な距離で。
 近すぎず。
 離れすぎず。
 けれど決して、割り込めない位置で。
 気づけば、月那の周囲には見えない線が引かれていた。
 誰も踏み込まない線。
 踏み込めない線。
 ある日。
 少年が月那に近づこうとしたとき、別のクラスメイトが声をかけた。
「先生、呼んでたよ」
 本当に呼ばれていた。
 提出物の確認。
 生活態度の注意。
 どれも些細なこと。
 ただ、最近それが増えている。
 戻ってきた頃には、休み時間は終わっている。
 偶然だ。
 そうとしか言えない。
 少年はある日、ふと気づく。
 月那の名前を呼ぼうとすると、なぜか喉がつまる。
 理由は分からない。
 だが、本能が告げていた。
 ――近づくな。

 放課後。
 九条くじょう家の車に乗り込む月那。
「さいきん、あの子とあんまりはなしてないな」
 無邪気な声。
 陽臣は窓の外を見たまま答える。
「いそがしいんじゃない?」
 嘘ではない。
 事実、少年は忙しい。
 削られているだけだ。
 少しずつ。
 確実に。
 月那と過ごす時間が。
「さびしいな」
 月那のつぶやきに、陽臣は視線を戻す。
「だいじょうぶだよ」
 穏やかに。
「るなには、ぼくがいるから」
 月那は頷く。
 疑わない。
 それでいい。

 二年生のクラス替えの発表。
 月那は、陽臣と同じクラスだった。
 少年は、別のクラス。
「はるくん、またいっしょだね」
 月那が笑う。
「うん」
 自然だ。
 番だから。
 家が近いから。
 成績も近いから。
 説明はいくらでもつく。
 少年の家は、夏休みの終わりに転居することになる。
 父親の転勤。
 急な決定。
 誰も疑わない。
 誰も結びつけない。

 夜。
 天城あまぎ家の書斎。
「クラス替え、偶然にしては出来すぎているな」
 父が静かに言う。
「何もしていないのか」
 陽臣は、真っ直ぐに父を見る。
「してないよ」
 本当に。
 頼んでもいない。
 命じてもいない。
 ただ。
 望んだだけだ。
 るなが、さびしくならないように。
 父は、それ以上聞かなかった。
 それが正しい在り方だと、知っている顔で。

 ベッドの中。
 月那は、安心しきった顔で眠っている。
「はるくんと、ずっといっしょだね」
 それは約束ではない。
 確認だ。
 “囲う”とは、閉じ込めることではない。
 選択肢を、静かに減らすこと。
 偶然を、望ましい形に整えること。
 怒らない。
 奪わない。
 傷つけない。
 ただ。
 月那の世界から、自分以外の中心を消していく。
 それだけ。
「るなは、ぼくの」
 心の中で繰り返す。
 遠いどこかで、ひびが入る音がした。
 石造りの塔。
 赤い空。
 崩れる月。
 まだ小さい。
 だが確実に。
 世界は、傾き始めている。
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