輪廻の誓いは、愛になる

帰り花

文字の大きさ
16 / 69
第一部 運命

乱れ

しおりを挟む
 黒瀬迅くろせじんという名前を、陽臣はるおみは入学式の日に覚えた。
 中等部からの編入生。
 身体能力が高い。
 気が強い。
 視線を逸らさない。
 ――面倒だな。
 最初の印象はそれだけだった。
 だが春のあの日、
 月那るなの呼吸が乱れた瞬間、印象は変わる。
 甘い匂い。
 微量。
 けれど、確かに。
 陽臣はそれを知っている。
 まだ誰も気づかないはずの、予兆。
 月那自身も理解していない。
 だからこそ、黒瀬の「甘い匂いがする」という言葉に、陽臣は静かに反応した。
 気づいたか。
 本能で。
 椅子を引く。
 立ち上がる。
 何も言わない。
 ただ、距離を詰める。
 月那の呼吸が整う。
 黒瀬はそれを見た。
 見て、理解した。
 その理解の目が、陽臣は嫌いだった。
 面白がっている。
 試そうとしている。
 ――それとも。
 ほんの一瞬だけ。
 陽臣の胸の奥に、微細な違和感が落ちる。
 もし。
 もしあれが、本物だったら。
 月那の本能が、ほんとうに反応しているのだとしたら。
 すぐに思考を切る。
 まだ早い。
 揺らぎの段階だ。
 放課後、陽臣は何気なく黒瀬の行動を観察する。
 体育で月那の隣に立つ。
 水を渡す。
 わざと近づく。
 偶然を装って。
 分かりやすい。
 だが露骨ではない。
 賢い。
 この程度なら、まだ整えられる。
 帰り道。
 月那が言う。
「黒瀬くん、ちょっと怖いけど、悪い人じゃないよ」
 陽臣は微笑む。
「そうだね」
 怖い。
 その言葉に、わずかに安堵する。
 まだ月那は気づいていない。
 自分の身体が反応している理由を。
 黒瀬の視線の意味を。
 夜。
 ベッドの中。
 月那は眠っている。
 陽臣は目を閉じずに、天井を見る。
 月那の熱は、周期ではない。
 まだ揺らぎの段階。
 不安定。
 だからこそ、刺激を受けやすい。
 黒瀬の存在は、刺激だ。
 排除するか?
 違う。
 早すぎる。
 露骨に動けば、月那が気づく。
 だから、別の方法を選ぶ。
 整える。
 黒瀬の視界を忙しくする。
 部活の推薦。
 体育祭実行委員。
 教師への働きかけ。
 黒瀬が月那を“観察する時間”を減らす。
 測らせない。
 近づかせない。
 だが。
 翌日。
 黒瀬は廊下で月那を呼び止めた。
九条くじょう
 距離が近い。
 視線が真っ直ぐだ。
 挑発ではない。
 純粋な好奇心。
「お前さ」
 言葉を選ぶ、わずかな間。
天城あまぎといると落ち着くよな」
 月那は首をかしげる。
「そう?」
「昨日、俺と話してたとき、呼吸乱れてた」
 月那の目が、わずかに揺れる。
 自覚していない反応を、言語化された。
 陽臣は遠くからその光景を見る。
 表情は変わらない。
 だが、胸の奥で何かが沈む。
 測るな。
 それは、俺の領域だ。
 黒瀬は続ける。
「俺のときだけ、なんか違う」
 無邪気だ。
 悪意はない。
 だからこそ厄介だ。
 もし。
 もし月那が、この違いを自覚したら。
 その可能性が、陽臣の中で初めて“危険”として形を持つ。
 月那は困ったように笑う。
「考えすぎじゃない?」
 黒瀬は黙る。
 だが視線は逸らさない。
 その瞬間。
 陽臣が歩み寄る。
 自然な動き。
「月那、先生呼んでたよ」
 本当に呼ばれている。
 だがタイミングは、選んだ。
 月那が去る。
 黒瀬と視線がぶつかる。
 数秒。
 静かな火花。
 黒瀬が先に笑った。
「何」
 陽臣は微笑む。
「別に」
 声は穏やかだ。
 だが瞳は、冷えている。
 黒瀬は直感する。
 ――こいつ、やばいな。
 怒らない。
 威嚇もしない。
 なのに、一歩も退く気がない。
 陽臣は理解している。
 黒瀬はまだ知らない。
 自分が何に反応しているかを。
 そして知らないまま、
 踏み込もうとしている。
 それが一番、危険だ。
 その夜。
 陽臣は静かに決める。
 まだ壊さない。
 だが。
 二度目はない。
 もし月那が自覚したら。
 もし黒瀬が本気で踏み込んだら。
 そのときは。
 整えるだけでは済まない。
 測るな。
 月那を。
 試すな。
 俺を。
 春は穏やかだ。
 だが、水面下では確実に、
 三人の均衡が動き始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

αに軟禁されました

雪兎
BL
支配的なαに閉じ込められたΩ。だがそれは、愛のはじまりだった――。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

転化オメガの優等生はアルファの頂点に組み敷かれる

さち喜
BL
優等生・聖利(ひじり)と校則破りの常習犯・來(らい)は、ともに優秀なアルファ。 ライバルとして競い合ってきたふたりは、高等部寮でルームメイトに。 來を意識してしまう聖利は、あるとき自分の身体に妙な変化を感じる。 すると、來が獣のように押し倒してきて……。 「その顔、煽ってんだろ? 俺を」 アルファからオメガに転化してしまった聖利と、過保護に執着する來の焦れ恋物語。 ※性描写がありますので、苦手な方はご注意ください。 ※2021年に他サイトで連載した作品です。ラストに番外編を加筆予定です。 ☆登場人物☆ 楠見野聖利(くすみのひじり) 高校一年、175センチ、黒髪の美少年アルファ。 中等部から学年トップの秀才。 來に好意があるが、叶わぬ気持ちだと諦めている。 ある日、バース性が転化しアルファからオメガになってしまう。 海瀬來(かいせらい) 高校一年、185センチ、端正な顔立ちのアルファ。 聖利のライバルで、身体能力は聖利より上。 海瀬グループの御曹司。さらに成績優秀なため、多少素行が悪くても教師も生徒も手出しできない。 聖利のオメガ転化を前にして自身を抑えきれず……。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

処理中です...