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第一部 運命
知らない衝動
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黒瀬迅は、自分の嗅覚が鋭いことを知っていた。
香水も柔軟剤も嫌いだ。
匂いが混ざると、頭の奥が鈍く痛む。
だから教室に入った瞬間、違和感に気づいた。
甘い。
ごくわずかに。
けれど確かに。
最初は気のせいだと思った。
新学期で緊張しているやつがいるだけだ、と。
だが、九条月那に近づいた瞬間、それがはっきりした。
あれは、匂いだった。
人工的なものじゃない。
体温の奥から立ちのぼるような、湿り気を帯びた甘さ。
柔らかいのに、妙に引っかかる。
顔が赤い。
呼吸が浅い。
首筋に汗が滲んでいる。
黒瀬は思わず距離を詰めた。
無意識だった。
引き寄せられるように。
「……甘い匂いがする」
言ってから、自分でも意味が分からなくなる。
甘い?
男に向かって?
なのに、確かにそう感じた。
胸の奥がざわつく。
鼓動が少しだけ速い。
嫌じゃない。
むしろ、もっと確かめたくなる。
何を?
分からない。
ただ、本能のどこかが言っている。
――近づけ。
そのとき、椅子が引かれる音がした。
天城陽臣。
静かな動き。
だが空気が変わる。
黒瀬は反射的に視線を向けた。
威圧でも怒りでもない。
けれど、空間がわずかに締まる。
天城が九条の横に立った瞬間、九条の呼吸が整う。
熱が引く。
顔色が戻る。
黒瀬の中で、何かがはっきりした。
――ああ、そういうことか。
守られている。
それも、徹底的に。
黒瀬は薄く笑った。
面白い。
こんなに分かりやすい構図、久しぶりだ。
昼休み、黒瀬はわざと九条の席に向かった。
理由はない。
ただ確かめたい。
あの匂いが、本当に九条から出ているのか。
「なあ」
声をかけると、九条が顔を上げる。
整った顔。
白い肌。
けれどそれよりも。
近づくと、また胸がざわつく。
今日は朝ほど強くない。
だが、確かにある。
甘い気配。
「さっきさ」
「うん?」
九条は無防備だ。
警戒心がない。
それが逆に、黒瀬の奥を刺激する。
「体調悪いなら保健室行けよ」
自分の声が、思ったより低い。
心配というより、苛立ちに近い。
九条が近くにいると、落ち着かない。
距離を取りたいのか、詰めたいのか分からない。
九条は首を振る。
「大丈夫。もう平気」
その瞬間、背後に気配。
振り向かなくても分かる。
天城だ。
黒瀬は初めて、はっきりと理解する。
これはただの幼なじみじゃない。
縄張りだ。
天城は何も言わない。
だが視線だけで、全部を把握している。
九条に近づくと、身体が反応する。
天城が近づくと、九条は落ち着く。
磁石の極。
黒瀬の口元が、わずかに歪む。
面白い。
だったら――
どっちが強いか、試してみたくなる。
帰り道、黒瀬は一人で歩きながら考える。
あれは何だった?
甘い匂い。
ざわつく鼓動。
触れたくなる衝動。
恋?
違う。
もっと原始的だ。
理屈より先に、身体が動く。
夜。
ベッドに横になっても、昼の光景が消えない。
九条の赤い頬。
首筋の汗。
息の乱れ。
目を閉じると、匂いまで蘇る気がする。
黒瀬は天井を見つめる。
ただのクラスメイトだ。
なのに。
近くにいると、奪いたくなる。
奪う?
その言葉に、自分で少し笑う。
何をだ。
黒瀬は目を閉じる。
胸の奥が、まだざわついている。
知らない衝動。
けれど確かに。
あの甘い匂いは、
もう一度、確かめたくなる匂いだった。
そして同時に。
天城陽臣の静かな目もまた、
忘れてはいけないと、本能が告げていた。
触れれば、ただでは済まない。
そう理解していながら、
黒瀬は、少しだけ笑った。
面白い、と。
香水も柔軟剤も嫌いだ。
匂いが混ざると、頭の奥が鈍く痛む。
だから教室に入った瞬間、違和感に気づいた。
甘い。
ごくわずかに。
けれど確かに。
最初は気のせいだと思った。
新学期で緊張しているやつがいるだけだ、と。
だが、九条月那に近づいた瞬間、それがはっきりした。
あれは、匂いだった。
人工的なものじゃない。
体温の奥から立ちのぼるような、湿り気を帯びた甘さ。
柔らかいのに、妙に引っかかる。
顔が赤い。
呼吸が浅い。
首筋に汗が滲んでいる。
黒瀬は思わず距離を詰めた。
無意識だった。
引き寄せられるように。
「……甘い匂いがする」
言ってから、自分でも意味が分からなくなる。
甘い?
男に向かって?
なのに、確かにそう感じた。
胸の奥がざわつく。
鼓動が少しだけ速い。
嫌じゃない。
むしろ、もっと確かめたくなる。
何を?
分からない。
ただ、本能のどこかが言っている。
――近づけ。
そのとき、椅子が引かれる音がした。
天城陽臣。
静かな動き。
だが空気が変わる。
黒瀬は反射的に視線を向けた。
威圧でも怒りでもない。
けれど、空間がわずかに締まる。
天城が九条の横に立った瞬間、九条の呼吸が整う。
熱が引く。
顔色が戻る。
黒瀬の中で、何かがはっきりした。
――ああ、そういうことか。
守られている。
それも、徹底的に。
黒瀬は薄く笑った。
面白い。
こんなに分かりやすい構図、久しぶりだ。
昼休み、黒瀬はわざと九条の席に向かった。
理由はない。
ただ確かめたい。
あの匂いが、本当に九条から出ているのか。
「なあ」
声をかけると、九条が顔を上げる。
整った顔。
白い肌。
けれどそれよりも。
近づくと、また胸がざわつく。
今日は朝ほど強くない。
だが、確かにある。
甘い気配。
「さっきさ」
「うん?」
九条は無防備だ。
警戒心がない。
それが逆に、黒瀬の奥を刺激する。
「体調悪いなら保健室行けよ」
自分の声が、思ったより低い。
心配というより、苛立ちに近い。
九条が近くにいると、落ち着かない。
距離を取りたいのか、詰めたいのか分からない。
九条は首を振る。
「大丈夫。もう平気」
その瞬間、背後に気配。
振り向かなくても分かる。
天城だ。
黒瀬は初めて、はっきりと理解する。
これはただの幼なじみじゃない。
縄張りだ。
天城は何も言わない。
だが視線だけで、全部を把握している。
九条に近づくと、身体が反応する。
天城が近づくと、九条は落ち着く。
磁石の極。
黒瀬の口元が、わずかに歪む。
面白い。
だったら――
どっちが強いか、試してみたくなる。
帰り道、黒瀬は一人で歩きながら考える。
あれは何だった?
甘い匂い。
ざわつく鼓動。
触れたくなる衝動。
恋?
違う。
もっと原始的だ。
理屈より先に、身体が動く。
夜。
ベッドに横になっても、昼の光景が消えない。
九条の赤い頬。
首筋の汗。
息の乱れ。
目を閉じると、匂いまで蘇る気がする。
黒瀬は天井を見つめる。
ただのクラスメイトだ。
なのに。
近くにいると、奪いたくなる。
奪う?
その言葉に、自分で少し笑う。
何をだ。
黒瀬は目を閉じる。
胸の奥が、まだざわついている。
知らない衝動。
けれど確かに。
あの甘い匂いは、
もう一度、確かめたくなる匂いだった。
そして同時に。
天城陽臣の静かな目もまた、
忘れてはいけないと、本能が告げていた。
触れれば、ただでは済まない。
そう理解していながら、
黒瀬は、少しだけ笑った。
面白い、と。
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