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色戦争、その前
第25話 8月17日-4 五木の記憶
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「……そういやさぁ、なんでここにいたの?」
五木は風名に尋ねた。ちなみにお互い黙ってから三分ほどが経過していたが、その間二人は鹿が草を様子を見ながらつっ立っていた。
「たまには散歩もいいかと思ってね」
顔からすでに熱が引いたのを風名は感じていた。普通に会話ができるようになっていることに安堵した。確かに、ここにいたことにはさしたる理由もない。本当に散歩に来ただけだ。
「それでここかぁ」
「なあに?」
何かを思い出すように言った五木は何か言いたそうだった。その様子を汲み、風名は聞いた。
「今年はもう終わったけど、毎年ここで夏祭りがあるよな。昔さ、つっても中学入ったばかりのことだけどな。夏祭りの時にはきょうだいを連れて来たんだ」
「五人きょうだい、だよね。へえ、お兄ちゃんしてたんだ」
調子を取り戻しつつあった。大丈夫、五木を軽くからかうような言動をできるようになっている。
「いまでもしてるよ。……いや撤回だな。それは置いておいて、ある時、はしゃぎすぎてみんなとはぐれちゃったときがあってさ」
五木は苦笑し、気恥ずかしそうに頭を掻いた。ここのお祭りではこの広い敷地を活かし、たくさんの屋台が出る。三日間行われるこの行事は、寺内の人間が全員参加しているのではないかと思うくらいの盛況ぶりを誇っている。
「面倒を見なくちゃいけないのに本当に情けなくてさ、きょうだいを見つけてすぐ戻れなかった。その時に――」
急に五木は言葉を止めた。眉間にしわを寄せ何かを考えている様子だ。何かを思い出そうとしているように見える。
「……あれ、僕は、どうしたんだっけ?」
「わ、私にそんなこと聞かれても、困る、んだけど」
風名は苦笑いして答えた。困るとは言ったが、その続きを知っていた。途中で気が付いた。
兄とはぐれた四人の子どもに出会ったのは自分だった。風名はそう回想した。
二つ年上の姉――嵐呼日方と夏祭りに行った時のことだ。
屋台の並ぶ道の途中で、四人のきょうだいに会った。迷子を放っておけなかったから姉と一緒にその兄弟と夏祭りを回ることにした。回り終えたころにその子たちのおにいさんが出てきて、合流したんだ。少しずつ記憶を辿る。それは風名と姉――日方との思い出の一つでもあった。
姉は楽しそうに笑っていた。「こんなにきょうだいがいたら楽しそうだねー」と言っていたのを覚えている。きょうだいたちと何を話ししたかは覚えていないけど、楽しかったのは覚えている。あの時の五人きょうだい、それが五木とその弟妹だった。
つまり、あの時のおにいさんは五木だったらしい。当時は風名よりも背が低く、年下だと思っていた。
一度、五木と会っていたんだ、と運命を感じている場合ではなかった。
五木はゴールデンウィーク以前の風名とのことも忘れている。そのことに心中穏やかではない。
どこまで忘れているのだろう。ただ、風名が不可解部のメンバーでクラスメイトだということを五木は忘れていなかった。
ゴールデンウィークのことだけではなく、その前のことも一部忘れているらしい。それでも不可解部発足から事件前のことは覚えている。逆にそれ以外の時期の風名との記憶が改竄されている。そう合点した。
「いやー、昔のことって案外覚えているものだけど、なんか忘れたなぁ」
五木は笑って言った。内心ではどう思っているのだろう。何かを忘れていることを忘れている人間の思考を理解することはできない。
「そんなことも……たまにあるよね」
風名はそれだけ言った。安心させるようにただそれだけ。近頃彼の記憶に関して何かを言ってしまいそうになる。先ほどの雅金の性格の話も然り。
「っと、帰るか。僕は飛んで帰ろうと思うけど、どうする?」
沈黙が気まずくなったのだろうか五木はそう提案した。
「どうするって、五木、飛行にかこつけてどっか変なとこ触るつもりでしょ」
自分の体を守るように、自分の肩を抱いて言った。
「ば、何言ってんだ。ぼ、僕はそんなこと今まで一度も考えたことはない」
目に見えて狼狽える五木がおかしかった。これだからからかうのをやめられない。五木は五木で先ほどきつく抱き着かれた感触を思い出して慌てていたのだが、風名にはわからなかった。
「私は歩いて帰る。駅まで十分もかからないしね」
「……じゃあ僕もそうするかな、駅までは、歩いていく」
駅まで送ってくれるらしい。心配、してくれているのだろう。家まで、と言わないのが奥ゆかしいのか奥手なのかはわからない。
五木がそう提案するのはわかっていた。さっきまで襲われていた女の子をほっぽり出すようなことはしない。
これくらいのわがままは許してよね。風名は心の中で呟いた。
二人は歩く。
「ちょっと早い」
「悪い、脚が長くてな」
「ばか」
そんな冗談を言いながらも五木は速度を緩めてくれた。風名にとって別にそこまで早い歩行速度ではなかったが少しでも長くこの時間に浸っていたかった。
「公園の入口に和菓子屋さんがありまして」
「たかる気かよ。まあいいけどさ」
そう言いながらも嫌だとは言わない。助けてくれたことのお礼としてお金を出すつもりだが、五木はそんな恩着せがましいことを言わなかった。
「いいって言ってくれたからずんだで許してあげる」
「それ高い上に量多いやつだろ。太るぞ」
「それはいいこと聞いた! 少し痩せすぎって言われたから」
「それは……まあ確かに」
「いやらしい視線を感じまーす」
「み、見てねえよ?」
この関係はいつまで続くのだろう。五木が記憶を取り戻した後、どう変わるのか少し怖い。
今は五木が何をどこまで忘れているか考えるのは無駄だろう。
五木の中の存在――五獣の一、青龍が動いたような気がした。
果たして彼女は今、何を考えているだろう。
五木は風名に尋ねた。ちなみにお互い黙ってから三分ほどが経過していたが、その間二人は鹿が草を様子を見ながらつっ立っていた。
「たまには散歩もいいかと思ってね」
顔からすでに熱が引いたのを風名は感じていた。普通に会話ができるようになっていることに安堵した。確かに、ここにいたことにはさしたる理由もない。本当に散歩に来ただけだ。
「それでここかぁ」
「なあに?」
何かを思い出すように言った五木は何か言いたそうだった。その様子を汲み、風名は聞いた。
「今年はもう終わったけど、毎年ここで夏祭りがあるよな。昔さ、つっても中学入ったばかりのことだけどな。夏祭りの時にはきょうだいを連れて来たんだ」
「五人きょうだい、だよね。へえ、お兄ちゃんしてたんだ」
調子を取り戻しつつあった。大丈夫、五木を軽くからかうような言動をできるようになっている。
「いまでもしてるよ。……いや撤回だな。それは置いておいて、ある時、はしゃぎすぎてみんなとはぐれちゃったときがあってさ」
五木は苦笑し、気恥ずかしそうに頭を掻いた。ここのお祭りではこの広い敷地を活かし、たくさんの屋台が出る。三日間行われるこの行事は、寺内の人間が全員参加しているのではないかと思うくらいの盛況ぶりを誇っている。
「面倒を見なくちゃいけないのに本当に情けなくてさ、きょうだいを見つけてすぐ戻れなかった。その時に――」
急に五木は言葉を止めた。眉間にしわを寄せ何かを考えている様子だ。何かを思い出そうとしているように見える。
「……あれ、僕は、どうしたんだっけ?」
「わ、私にそんなこと聞かれても、困る、んだけど」
風名は苦笑いして答えた。困るとは言ったが、その続きを知っていた。途中で気が付いた。
兄とはぐれた四人の子どもに出会ったのは自分だった。風名はそう回想した。
二つ年上の姉――嵐呼日方と夏祭りに行った時のことだ。
屋台の並ぶ道の途中で、四人のきょうだいに会った。迷子を放っておけなかったから姉と一緒にその兄弟と夏祭りを回ることにした。回り終えたころにその子たちのおにいさんが出てきて、合流したんだ。少しずつ記憶を辿る。それは風名と姉――日方との思い出の一つでもあった。
姉は楽しそうに笑っていた。「こんなにきょうだいがいたら楽しそうだねー」と言っていたのを覚えている。きょうだいたちと何を話ししたかは覚えていないけど、楽しかったのは覚えている。あの時の五人きょうだい、それが五木とその弟妹だった。
つまり、あの時のおにいさんは五木だったらしい。当時は風名よりも背が低く、年下だと思っていた。
一度、五木と会っていたんだ、と運命を感じている場合ではなかった。
五木はゴールデンウィーク以前の風名とのことも忘れている。そのことに心中穏やかではない。
どこまで忘れているのだろう。ただ、風名が不可解部のメンバーでクラスメイトだということを五木は忘れていなかった。
ゴールデンウィークのことだけではなく、その前のことも一部忘れているらしい。それでも不可解部発足から事件前のことは覚えている。逆にそれ以外の時期の風名との記憶が改竄されている。そう合点した。
「いやー、昔のことって案外覚えているものだけど、なんか忘れたなぁ」
五木は笑って言った。内心ではどう思っているのだろう。何かを忘れていることを忘れている人間の思考を理解することはできない。
「そんなことも……たまにあるよね」
風名はそれだけ言った。安心させるようにただそれだけ。近頃彼の記憶に関して何かを言ってしまいそうになる。先ほどの雅金の性格の話も然り。
「っと、帰るか。僕は飛んで帰ろうと思うけど、どうする?」
沈黙が気まずくなったのだろうか五木はそう提案した。
「どうするって、五木、飛行にかこつけてどっか変なとこ触るつもりでしょ」
自分の体を守るように、自分の肩を抱いて言った。
「ば、何言ってんだ。ぼ、僕はそんなこと今まで一度も考えたことはない」
目に見えて狼狽える五木がおかしかった。これだからからかうのをやめられない。五木は五木で先ほどきつく抱き着かれた感触を思い出して慌てていたのだが、風名にはわからなかった。
「私は歩いて帰る。駅まで十分もかからないしね」
「……じゃあ僕もそうするかな、駅までは、歩いていく」
駅まで送ってくれるらしい。心配、してくれているのだろう。家まで、と言わないのが奥ゆかしいのか奥手なのかはわからない。
五木がそう提案するのはわかっていた。さっきまで襲われていた女の子をほっぽり出すようなことはしない。
これくらいのわがままは許してよね。風名は心の中で呟いた。
二人は歩く。
「ちょっと早い」
「悪い、脚が長くてな」
「ばか」
そんな冗談を言いながらも五木は速度を緩めてくれた。風名にとって別にそこまで早い歩行速度ではなかったが少しでも長くこの時間に浸っていたかった。
「公園の入口に和菓子屋さんがありまして」
「たかる気かよ。まあいいけどさ」
そう言いながらも嫌だとは言わない。助けてくれたことのお礼としてお金を出すつもりだが、五木はそんな恩着せがましいことを言わなかった。
「いいって言ってくれたからずんだで許してあげる」
「それ高い上に量多いやつだろ。太るぞ」
「それはいいこと聞いた! 少し痩せすぎって言われたから」
「それは……まあ確かに」
「いやらしい視線を感じまーす」
「み、見てねえよ?」
この関係はいつまで続くのだろう。五木が記憶を取り戻した後、どう変わるのか少し怖い。
今は五木が何をどこまで忘れているか考えるのは無駄だろう。
五木の中の存在――五獣の一、青龍が動いたような気がした。
果たして彼女は今、何を考えているだろう。
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