25 / 30
色戦争、その前
第25話 8月17日-4 五木の記憶
しおりを挟む
「……そういやさぁ、なんでここにいたの?」
五木は風名に尋ねた。ちなみにお互い黙ってから三分ほどが経過していたが、その間二人は鹿が草を様子を見ながらつっ立っていた。
「たまには散歩もいいかと思ってね」
顔からすでに熱が引いたのを風名は感じていた。普通に会話ができるようになっていることに安堵した。確かに、ここにいたことにはさしたる理由もない。本当に散歩に来ただけだ。
「それでここかぁ」
「なあに?」
何かを思い出すように言った五木は何か言いたそうだった。その様子を汲み、風名は聞いた。
「今年はもう終わったけど、毎年ここで夏祭りがあるよな。昔さ、つっても中学入ったばかりのことだけどな。夏祭りの時にはきょうだいを連れて来たんだ」
「五人きょうだい、だよね。へえ、お兄ちゃんしてたんだ」
調子を取り戻しつつあった。大丈夫、五木を軽くからかうような言動をできるようになっている。
「いまでもしてるよ。……いや撤回だな。それは置いておいて、ある時、はしゃぎすぎてみんなとはぐれちゃったときがあってさ」
五木は苦笑し、気恥ずかしそうに頭を掻いた。ここのお祭りではこの広い敷地を活かし、たくさんの屋台が出る。三日間行われるこの行事は、寺内の人間が全員参加しているのではないかと思うくらいの盛況ぶりを誇っている。
「面倒を見なくちゃいけないのに本当に情けなくてさ、きょうだいを見つけてすぐ戻れなかった。その時に――」
急に五木は言葉を止めた。眉間にしわを寄せ何かを考えている様子だ。何かを思い出そうとしているように見える。
「……あれ、僕は、どうしたんだっけ?」
「わ、私にそんなこと聞かれても、困る、んだけど」
風名は苦笑いして答えた。困るとは言ったが、その続きを知っていた。途中で気が付いた。
兄とはぐれた四人の子どもに出会ったのは自分だった。風名はそう回想した。
二つ年上の姉――嵐呼日方と夏祭りに行った時のことだ。
屋台の並ぶ道の途中で、四人のきょうだいに会った。迷子を放っておけなかったから姉と一緒にその兄弟と夏祭りを回ることにした。回り終えたころにその子たちのおにいさんが出てきて、合流したんだ。少しずつ記憶を辿る。それは風名と姉――日方との思い出の一つでもあった。
姉は楽しそうに笑っていた。「こんなにきょうだいがいたら楽しそうだねー」と言っていたのを覚えている。きょうだいたちと何を話ししたかは覚えていないけど、楽しかったのは覚えている。あの時の五人きょうだい、それが五木とその弟妹だった。
つまり、あの時のおにいさんは五木だったらしい。当時は風名よりも背が低く、年下だと思っていた。
一度、五木と会っていたんだ、と運命を感じている場合ではなかった。
五木はゴールデンウィーク以前の風名とのことも忘れている。そのことに心中穏やかではない。
どこまで忘れているのだろう。ただ、風名が不可解部のメンバーでクラスメイトだということを五木は忘れていなかった。
ゴールデンウィークのことだけではなく、その前のことも一部忘れているらしい。それでも不可解部発足から事件前のことは覚えている。逆にそれ以外の時期の風名との記憶が改竄されている。そう合点した。
「いやー、昔のことって案外覚えているものだけど、なんか忘れたなぁ」
五木は笑って言った。内心ではどう思っているのだろう。何かを忘れていることを忘れている人間の思考を理解することはできない。
「そんなことも……たまにあるよね」
風名はそれだけ言った。安心させるようにただそれだけ。近頃彼の記憶に関して何かを言ってしまいそうになる。先ほどの雅金の性格の話も然り。
「っと、帰るか。僕は飛んで帰ろうと思うけど、どうする?」
沈黙が気まずくなったのだろうか五木はそう提案した。
「どうするって、五木、飛行にかこつけてどっか変なとこ触るつもりでしょ」
自分の体を守るように、自分の肩を抱いて言った。
「ば、何言ってんだ。ぼ、僕はそんなこと今まで一度も考えたことはない」
目に見えて狼狽える五木がおかしかった。これだからからかうのをやめられない。五木は五木で先ほどきつく抱き着かれた感触を思い出して慌てていたのだが、風名にはわからなかった。
「私は歩いて帰る。駅まで十分もかからないしね」
「……じゃあ僕もそうするかな、駅までは、歩いていく」
駅まで送ってくれるらしい。心配、してくれているのだろう。家まで、と言わないのが奥ゆかしいのか奥手なのかはわからない。
五木がそう提案するのはわかっていた。さっきまで襲われていた女の子をほっぽり出すようなことはしない。
これくらいのわがままは許してよね。風名は心の中で呟いた。
二人は歩く。
「ちょっと早い」
「悪い、脚が長くてな」
「ばか」
そんな冗談を言いながらも五木は速度を緩めてくれた。風名にとって別にそこまで早い歩行速度ではなかったが少しでも長くこの時間に浸っていたかった。
「公園の入口に和菓子屋さんがありまして」
「たかる気かよ。まあいいけどさ」
そう言いながらも嫌だとは言わない。助けてくれたことのお礼としてお金を出すつもりだが、五木はそんな恩着せがましいことを言わなかった。
「いいって言ってくれたからずんだで許してあげる」
「それ高い上に量多いやつだろ。太るぞ」
「それはいいこと聞いた! 少し痩せすぎって言われたから」
「それは……まあ確かに」
「いやらしい視線を感じまーす」
「み、見てねえよ?」
この関係はいつまで続くのだろう。五木が記憶を取り戻した後、どう変わるのか少し怖い。
今は五木が何をどこまで忘れているか考えるのは無駄だろう。
五木の中の存在――五獣の一、青龍が動いたような気がした。
果たして彼女は今、何を考えているだろう。
五木は風名に尋ねた。ちなみにお互い黙ってから三分ほどが経過していたが、その間二人は鹿が草を様子を見ながらつっ立っていた。
「たまには散歩もいいかと思ってね」
顔からすでに熱が引いたのを風名は感じていた。普通に会話ができるようになっていることに安堵した。確かに、ここにいたことにはさしたる理由もない。本当に散歩に来ただけだ。
「それでここかぁ」
「なあに?」
何かを思い出すように言った五木は何か言いたそうだった。その様子を汲み、風名は聞いた。
「今年はもう終わったけど、毎年ここで夏祭りがあるよな。昔さ、つっても中学入ったばかりのことだけどな。夏祭りの時にはきょうだいを連れて来たんだ」
「五人きょうだい、だよね。へえ、お兄ちゃんしてたんだ」
調子を取り戻しつつあった。大丈夫、五木を軽くからかうような言動をできるようになっている。
「いまでもしてるよ。……いや撤回だな。それは置いておいて、ある時、はしゃぎすぎてみんなとはぐれちゃったときがあってさ」
五木は苦笑し、気恥ずかしそうに頭を掻いた。ここのお祭りではこの広い敷地を活かし、たくさんの屋台が出る。三日間行われるこの行事は、寺内の人間が全員参加しているのではないかと思うくらいの盛況ぶりを誇っている。
「面倒を見なくちゃいけないのに本当に情けなくてさ、きょうだいを見つけてすぐ戻れなかった。その時に――」
急に五木は言葉を止めた。眉間にしわを寄せ何かを考えている様子だ。何かを思い出そうとしているように見える。
「……あれ、僕は、どうしたんだっけ?」
「わ、私にそんなこと聞かれても、困る、んだけど」
風名は苦笑いして答えた。困るとは言ったが、その続きを知っていた。途中で気が付いた。
兄とはぐれた四人の子どもに出会ったのは自分だった。風名はそう回想した。
二つ年上の姉――嵐呼日方と夏祭りに行った時のことだ。
屋台の並ぶ道の途中で、四人のきょうだいに会った。迷子を放っておけなかったから姉と一緒にその兄弟と夏祭りを回ることにした。回り終えたころにその子たちのおにいさんが出てきて、合流したんだ。少しずつ記憶を辿る。それは風名と姉――日方との思い出の一つでもあった。
姉は楽しそうに笑っていた。「こんなにきょうだいがいたら楽しそうだねー」と言っていたのを覚えている。きょうだいたちと何を話ししたかは覚えていないけど、楽しかったのは覚えている。あの時の五人きょうだい、それが五木とその弟妹だった。
つまり、あの時のおにいさんは五木だったらしい。当時は風名よりも背が低く、年下だと思っていた。
一度、五木と会っていたんだ、と運命を感じている場合ではなかった。
五木はゴールデンウィーク以前の風名とのことも忘れている。そのことに心中穏やかではない。
どこまで忘れているのだろう。ただ、風名が不可解部のメンバーでクラスメイトだということを五木は忘れていなかった。
ゴールデンウィークのことだけではなく、その前のことも一部忘れているらしい。それでも不可解部発足から事件前のことは覚えている。逆にそれ以外の時期の風名との記憶が改竄されている。そう合点した。
「いやー、昔のことって案外覚えているものだけど、なんか忘れたなぁ」
五木は笑って言った。内心ではどう思っているのだろう。何かを忘れていることを忘れている人間の思考を理解することはできない。
「そんなことも……たまにあるよね」
風名はそれだけ言った。安心させるようにただそれだけ。近頃彼の記憶に関して何かを言ってしまいそうになる。先ほどの雅金の性格の話も然り。
「っと、帰るか。僕は飛んで帰ろうと思うけど、どうする?」
沈黙が気まずくなったのだろうか五木はそう提案した。
「どうするって、五木、飛行にかこつけてどっか変なとこ触るつもりでしょ」
自分の体を守るように、自分の肩を抱いて言った。
「ば、何言ってんだ。ぼ、僕はそんなこと今まで一度も考えたことはない」
目に見えて狼狽える五木がおかしかった。これだからからかうのをやめられない。五木は五木で先ほどきつく抱き着かれた感触を思い出して慌てていたのだが、風名にはわからなかった。
「私は歩いて帰る。駅まで十分もかからないしね」
「……じゃあ僕もそうするかな、駅までは、歩いていく」
駅まで送ってくれるらしい。心配、してくれているのだろう。家まで、と言わないのが奥ゆかしいのか奥手なのかはわからない。
五木がそう提案するのはわかっていた。さっきまで襲われていた女の子をほっぽり出すようなことはしない。
これくらいのわがままは許してよね。風名は心の中で呟いた。
二人は歩く。
「ちょっと早い」
「悪い、脚が長くてな」
「ばか」
そんな冗談を言いながらも五木は速度を緩めてくれた。風名にとって別にそこまで早い歩行速度ではなかったが少しでも長くこの時間に浸っていたかった。
「公園の入口に和菓子屋さんがありまして」
「たかる気かよ。まあいいけどさ」
そう言いながらも嫌だとは言わない。助けてくれたことのお礼としてお金を出すつもりだが、五木はそんな恩着せがましいことを言わなかった。
「いいって言ってくれたからずんだで許してあげる」
「それ高い上に量多いやつだろ。太るぞ」
「それはいいこと聞いた! 少し痩せすぎって言われたから」
「それは……まあ確かに」
「いやらしい視線を感じまーす」
「み、見てねえよ?」
この関係はいつまで続くのだろう。五木が記憶を取り戻した後、どう変わるのか少し怖い。
今は五木が何をどこまで忘れているか考えるのは無駄だろう。
五木の中の存在――五獣の一、青龍が動いたような気がした。
果たして彼女は今、何を考えているだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる