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色戦争、その前
第26話 8月18日-1 召喚士の末路
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「なんか最近時間関係なく出没しているんじゃないか?」
そう言ったのは五木だった。
不可解部部室にはおよそ十日ぶりに三人が揃っていた。例のごとく剣は席に着かず定位置の窓際だ。
風名が襲われた昨日といい、その前に学校で五木が襲われたのも真っ昼間だった。
「僕だけ仲間外れかい」
剣は無表情で言った。いつもの冗談だろう。
「ほんと危ない目に遭ったぞ。窓と廊下、ちょっと壊しちゃうし……」
八月九日、部室前での召喚士との接触、戦闘において、窓ガラス数枚と壁の損壊の被害があった。窓ガラスの一部と壁の損壊については五木がやったものだ。
ちなみに校舎の破壊は不問とされた。夜の間に補修工事を行ったらしい。
部活棟四階を使う生徒には漏れているかもしれないが。その辺りの工作は学校に任せていいのだろう。
「弁償にならなくてよかった。部費じゃぜんぜん足りないし」
こんな部活でも雀の涙程度だが部費は出ている。それとは別に使えるお金があるらしく、活動においての支出はほぼすべてそれで賄われている。
活動に直接かかわりのない部室の整備などは部費を使うことになるので、机や椅子も簡単に増やすことができないのは現状だった。
「部費どうこうの話は置いておいて、僕が言いたいのは、昼間でも悪魔が闊歩しているってことだ」
「まあ、確かに。というより、私たちが狙われてる。というのが正しいかもね」
「僕は狙われてないよ」
剣の発言は無視しておいて、風名の着眼点はおおむね正しそうだと五木は思った。なにしろ、「手を引かねばただでは済まない」と召喚士から直接脅しを受けている。
何をもって手を引いたとするかはわからないが、その脅しの通りなのだろう。
風名に関しては危うく無事じゃ済まない事態に陥りそうだった。彼女がなぜ追い込まれたかは五木にはわからないが。
召喚士は言っていた。このままでは悪魔共々死ぬと。
白騎士は召喚士を捕縛してどうするつもりなのだろう。人間を喰わない悪魔はやがて主のエネルギーを糧とし、食い尽くし死に至る、一蓮托生。
何かしらの方法で悪魔を引きはがせるのかもしれない。それは甘い考えか、そんなものがあるのなら先日邂逅した召喚士ならその道を選ぶだろう。
ノックの音が聞こえた。三回。
「失礼します」
丁寧にお辞儀をしながら入ってきたのは白騎士。その後ろには青騎士がいる。
「どうも」
五木はそれだけ言った。召喚士から聞いたこと――悪魔共々死ぬということをぶつけるべきか。ぶつけるべき、なのだろう。このタイミングで現れたのは偶然かもしれないが、尋ねるべきだということに思える。
「わかりますよ。あなたが召喚士と直接会ったのならすべて聞いているのでしょう。悪魔と召喚士は一蓮托生。共に生き、共に死すと」
質問の前に白騎士は言った。本当にすべてお見通しらしい。
「つまり生きたまま捕らえても、末路は同じということですよね」
直接ぶつける。白騎士の目元が、少し動いたように見えた。
「そうです。ならば、どうするんですか?」
あえて聞いているのだろう。答えを持っている。そんな言い方だ。
「僕は……多数の市民と召喚士、この命を秤にかけるほど、僕は偉くない」
白騎士の顔が鼻白んだように少し歪む。この答えはあまりよくなかっただろう。五木はそう思いながらも口にした。
「偉い、偉くないというのは問題ではありません。さすればあなたは多数が死んでいくのを黙って見ているだけでもいいと?」
厳しい、それでも導くような問いだった。五木は迷っていた。召喚士は人間だ。悪魔を使役することになり、命の危機に瀕している。そこに罪はない。かといって、多数の人間が犠牲になっていい理由にはならない。召喚士の言うように罪のない存在などいないのだとしても。
「一つ提案があります」
「聞きましょう」
「使っている悪魔が多いせいなら、それを減らしてはどうでしょうか?」
「説明をしていませんでした。我々は悪魔を殺すと表現しましたが、正しくはありません」
五木の提案、それに対して白騎士は説明を始める。
「死んでも欠片が必ず残ります。それに生命力を注ぐことで復活もします」
つまり供給し続けるエネルギーの量は変わらないということだろうか。
「そのパスは細くなると聞いたことがあるけど?」
「確かにそうです。だからどんなに力があっても瞬時に悪魔を復活させることは通常不可能です」
風名の助け舟。提案に説得力を増すことを五木は感じた。
「何体倒せばいいとお思いですか? 数体では足りませんよ?」
「悪魔召喚のシステムについて、知っていることを教えてくれ」
「知っていること、とはいいません。あなたが聞きたいであろうことをお教えしましょう」
白騎士は大仰に腕を広げてそう言った。白騎士は答えを持っているらしい。
「殺害された悪魔は光の粒となり、召喚士へ還ります。果たして何が還るのかということです。前回お話ししたようにマルコシアスの分身体を使って人間の血肉を集めていると私は言いましたがそれは正しくありません」
「血肉をエネルギーに変換している、だろ」
「その通り、物質は還りません。エネルギーだけが還ります。一度召喚士へ、そして召喚士から悪魔たちへ分配されています」
「僕は悪魔を一体倒した。でも有り得ないくらい弱かったんだ」
悪魔カイムを速度に任せて両断した時の違和感。それを確認するように五木は言葉を並べた。
「一撃で光の粒になったその悪魔の光の量は、マルコシアスの分身体よりもはるかに多かった。悪魔のエネルギー量は多いという認識で間違いはありませんか?」
「その通りです」
「そこから僕は、悪魔それぞれに決まったエネルギー量があり、それを召喚士が下回らないように供給することで、存在を維持していると考えました」
生物と同じ、ゼロになるから機能を停止するわけではない。ゼロの前に足りなくなった時点で変調を起こす。
「はははっ、正解です。つまり悪魔は召喚士から供給されている以上のエネルギーを使えない。それを下回らないよう行動します。召喚されても能力を使わず怪我の治癒もしなければ長い時間存在できます」
召喚、維持に使うエネルギーの量は悪魔が元来持っているエネルギーに比べると少ない。現在召喚士は自身の持つエネルギーが極めて少ない状態にあり、悪魔の維持には最低限の量しか注いでいない。つまり現状では召喚された悪魔を倒せば倒すほど、召喚士は回復する。
「召喚士は還ってきたエネルギーを迷わず大量破壊兵器としているアスモデウスに注ぐでしょう。アスモデウス以外の悪魔を一掃した後はすぐに討伐しなければなりません」
アスモデウス、その破壊。これは必ずやらねばならないことらしい。
「それで捕らえた召喚士はどうするの?」
風名が質問を投げかけた。当然の疑問だと五木は思った。生きながらえさせてどうするつもりなのだろう。
「先ほど言った通り、悪魔を引きはがす方法が見つかるまで幽閉します」
「それじゃあまり変わりが――」
「だからその人を連れて来たんだね」
五木の抗議を遮って剣は言った。その視線は青騎士に向いている。
「悪魔に使えるのかの確信はないのな。四ツ橋には妖怪を剥がす秘技があるのな」
青騎士はそう言った。四ツ橋の秘技とやらが悪魔に通じるのだろうか。悪魔と妖怪、その違いを五木は知らない。
「私どもも今まで考えたこともなかった手です。何しろ他の勢力の技術を使おうとは普通思いつきません」
「今回は違うのな」
白騎士の言葉に青騎士が自分自身を指差す。
「そうです。今回は青騎士として本殿橋君を引き入れました。ならば存分に利用しようということです」
「話はついているのな」
誰も試していないことだ。試す価値はあるだろう。それでも騎士団は召喚士を死に至らしめることよりも、悪魔を滅ぼすことを重視しているのは伝わった。
「五行五木君、当日はしっかりと頼みましたよ」
ここに至ることをわかっていたかのように白騎士は言った。
それを最初に説明してくれればいいのに、という抗議の声は飲み込んだ。
そう言ったのは五木だった。
不可解部部室にはおよそ十日ぶりに三人が揃っていた。例のごとく剣は席に着かず定位置の窓際だ。
風名が襲われた昨日といい、その前に学校で五木が襲われたのも真っ昼間だった。
「僕だけ仲間外れかい」
剣は無表情で言った。いつもの冗談だろう。
「ほんと危ない目に遭ったぞ。窓と廊下、ちょっと壊しちゃうし……」
八月九日、部室前での召喚士との接触、戦闘において、窓ガラス数枚と壁の損壊の被害があった。窓ガラスの一部と壁の損壊については五木がやったものだ。
ちなみに校舎の破壊は不問とされた。夜の間に補修工事を行ったらしい。
部活棟四階を使う生徒には漏れているかもしれないが。その辺りの工作は学校に任せていいのだろう。
「弁償にならなくてよかった。部費じゃぜんぜん足りないし」
こんな部活でも雀の涙程度だが部費は出ている。それとは別に使えるお金があるらしく、活動においての支出はほぼすべてそれで賄われている。
活動に直接かかわりのない部室の整備などは部費を使うことになるので、机や椅子も簡単に増やすことができないのは現状だった。
「部費どうこうの話は置いておいて、僕が言いたいのは、昼間でも悪魔が闊歩しているってことだ」
「まあ、確かに。というより、私たちが狙われてる。というのが正しいかもね」
「僕は狙われてないよ」
剣の発言は無視しておいて、風名の着眼点はおおむね正しそうだと五木は思った。なにしろ、「手を引かねばただでは済まない」と召喚士から直接脅しを受けている。
何をもって手を引いたとするかはわからないが、その脅しの通りなのだろう。
風名に関しては危うく無事じゃ済まない事態に陥りそうだった。彼女がなぜ追い込まれたかは五木にはわからないが。
召喚士は言っていた。このままでは悪魔共々死ぬと。
白騎士は召喚士を捕縛してどうするつもりなのだろう。人間を喰わない悪魔はやがて主のエネルギーを糧とし、食い尽くし死に至る、一蓮托生。
何かしらの方法で悪魔を引きはがせるのかもしれない。それは甘い考えか、そんなものがあるのなら先日邂逅した召喚士ならその道を選ぶだろう。
ノックの音が聞こえた。三回。
「失礼します」
丁寧にお辞儀をしながら入ってきたのは白騎士。その後ろには青騎士がいる。
「どうも」
五木はそれだけ言った。召喚士から聞いたこと――悪魔共々死ぬということをぶつけるべきか。ぶつけるべき、なのだろう。このタイミングで現れたのは偶然かもしれないが、尋ねるべきだということに思える。
「わかりますよ。あなたが召喚士と直接会ったのならすべて聞いているのでしょう。悪魔と召喚士は一蓮托生。共に生き、共に死すと」
質問の前に白騎士は言った。本当にすべてお見通しらしい。
「つまり生きたまま捕らえても、末路は同じということですよね」
直接ぶつける。白騎士の目元が、少し動いたように見えた。
「そうです。ならば、どうするんですか?」
あえて聞いているのだろう。答えを持っている。そんな言い方だ。
「僕は……多数の市民と召喚士、この命を秤にかけるほど、僕は偉くない」
白騎士の顔が鼻白んだように少し歪む。この答えはあまりよくなかっただろう。五木はそう思いながらも口にした。
「偉い、偉くないというのは問題ではありません。さすればあなたは多数が死んでいくのを黙って見ているだけでもいいと?」
厳しい、それでも導くような問いだった。五木は迷っていた。召喚士は人間だ。悪魔を使役することになり、命の危機に瀕している。そこに罪はない。かといって、多数の人間が犠牲になっていい理由にはならない。召喚士の言うように罪のない存在などいないのだとしても。
「一つ提案があります」
「聞きましょう」
「使っている悪魔が多いせいなら、それを減らしてはどうでしょうか?」
「説明をしていませんでした。我々は悪魔を殺すと表現しましたが、正しくはありません」
五木の提案、それに対して白騎士は説明を始める。
「死んでも欠片が必ず残ります。それに生命力を注ぐことで復活もします」
つまり供給し続けるエネルギーの量は変わらないということだろうか。
「そのパスは細くなると聞いたことがあるけど?」
「確かにそうです。だからどんなに力があっても瞬時に悪魔を復活させることは通常不可能です」
風名の助け舟。提案に説得力を増すことを五木は感じた。
「何体倒せばいいとお思いですか? 数体では足りませんよ?」
「悪魔召喚のシステムについて、知っていることを教えてくれ」
「知っていること、とはいいません。あなたが聞きたいであろうことをお教えしましょう」
白騎士は大仰に腕を広げてそう言った。白騎士は答えを持っているらしい。
「殺害された悪魔は光の粒となり、召喚士へ還ります。果たして何が還るのかということです。前回お話ししたようにマルコシアスの分身体を使って人間の血肉を集めていると私は言いましたがそれは正しくありません」
「血肉をエネルギーに変換している、だろ」
「その通り、物質は還りません。エネルギーだけが還ります。一度召喚士へ、そして召喚士から悪魔たちへ分配されています」
「僕は悪魔を一体倒した。でも有り得ないくらい弱かったんだ」
悪魔カイムを速度に任せて両断した時の違和感。それを確認するように五木は言葉を並べた。
「一撃で光の粒になったその悪魔の光の量は、マルコシアスの分身体よりもはるかに多かった。悪魔のエネルギー量は多いという認識で間違いはありませんか?」
「その通りです」
「そこから僕は、悪魔それぞれに決まったエネルギー量があり、それを召喚士が下回らないように供給することで、存在を維持していると考えました」
生物と同じ、ゼロになるから機能を停止するわけではない。ゼロの前に足りなくなった時点で変調を起こす。
「はははっ、正解です。つまり悪魔は召喚士から供給されている以上のエネルギーを使えない。それを下回らないよう行動します。召喚されても能力を使わず怪我の治癒もしなければ長い時間存在できます」
召喚、維持に使うエネルギーの量は悪魔が元来持っているエネルギーに比べると少ない。現在召喚士は自身の持つエネルギーが極めて少ない状態にあり、悪魔の維持には最低限の量しか注いでいない。つまり現状では召喚された悪魔を倒せば倒すほど、召喚士は回復する。
「召喚士は還ってきたエネルギーを迷わず大量破壊兵器としているアスモデウスに注ぐでしょう。アスモデウス以外の悪魔を一掃した後はすぐに討伐しなければなりません」
アスモデウス、その破壊。これは必ずやらねばならないことらしい。
「それで捕らえた召喚士はどうするの?」
風名が質問を投げかけた。当然の疑問だと五木は思った。生きながらえさせてどうするつもりなのだろう。
「先ほど言った通り、悪魔を引きはがす方法が見つかるまで幽閉します」
「それじゃあまり変わりが――」
「だからその人を連れて来たんだね」
五木の抗議を遮って剣は言った。その視線は青騎士に向いている。
「悪魔に使えるのかの確信はないのな。四ツ橋には妖怪を剥がす秘技があるのな」
青騎士はそう言った。四ツ橋の秘技とやらが悪魔に通じるのだろうか。悪魔と妖怪、その違いを五木は知らない。
「私どもも今まで考えたこともなかった手です。何しろ他の勢力の技術を使おうとは普通思いつきません」
「今回は違うのな」
白騎士の言葉に青騎士が自分自身を指差す。
「そうです。今回は青騎士として本殿橋君を引き入れました。ならば存分に利用しようということです」
「話はついているのな」
誰も試していないことだ。試す価値はあるだろう。それでも騎士団は召喚士を死に至らしめることよりも、悪魔を滅ぼすことを重視しているのは伝わった。
「五行五木君、当日はしっかりと頼みましたよ」
ここに至ることをわかっていたかのように白騎士は言った。
それを最初に説明してくれればいいのに、という抗議の声は飲み込んだ。
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