鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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「よし、ひとまず大丈夫そうだな、外傷も擦り傷だけだ」

何故真斗まことがここに、という疑問に答えが出ないまま、春翔はるとは真斗の診察を受け、「腹が減っているだろう」と、真斗は特製の薬膳粥を持ってきてくれた。小さなちゃぶ台を出し、その上にお椀とお茶が置かれる。ふわりと湯気の昇る粥は、口にすれば体の隅々、心までを温めてくれるようで、その優しい味わいに春翔はほっと息を吐いた。実感はないが、三日振りの食事に体が喜んでいる気がする。勿論、真斗の料理の腕前が確かなのは言うまでもない。しかし、それで疑問が消える訳ではない。春翔にとって真斗は、従兄弟であり兄貴分だ。今まで色々な話をしてきたが、彼が医者だったとは聞いた事がない。それもただの医者ではない、だってここは、妖のいる家だ。

「まさか、まこ兄も人じゃないの…?」

思い至った答えに、春翔が恐る恐る尋ねれば、真斗はきょとんとし、やがてそれは笑い顔に変わった。

「ははは、神妙な顔して何言うかと思えば、俺は正真正銘、人間だよ」
「…なんだ、良かったー…」

「そりゃそうだよね」と、笑みを返す春翔の表情に、真斗もほっとした様子で一つ息を吐いた。

「俺も良かったよ」
「ん?」
「お前を鈴鳴川すずなりがわに向かわせたのは俺だからな、人に被害が及んだって聞いた時は、まさかと思って生きた心地がしなかった…本当、無事で良かった」

それから、「悪かった」と頭を下げた真斗に、春翔は慌てて頭を上げさせた。

「真兄までやめてよ、大丈夫だと思ったからリュウさんの居場所を教えてくれたんでしょ?真兄は何も悪くないよ。それに、皆さんのお陰で、こうして何事も無かったわけだし」

その言葉に、真斗は申し訳なさそうに微笑んで、「お前はそういう奴だよな」と、春翔の頭をくしゃりと撫でた。

「まぁ、今回はな。カゲは暫く力を使えないだろうし、桜千おうせんのお陰で、右足に後遺症が残る事も無いだろう」

カゲ、という言葉に引っ掛かりを覚えたが、それよりも先ず、春翔には確かめなくてはいけない事がある。

「あの、真兄って、お医者さんだったの?」

春翔が尋ねると、真斗は「あー」と言い淀み、「実はな」と続けた。

「医者はな、本当は妖専門っつーか…。これは、十禅じゅうぜんの家に受け継がれてきた事だから、親戚のお前達にも知らされてないんだ。十禅の家は、代々妖の世と人の世を守る為に、妖の術や医術を受け継いでいる。まぁ、何かあった時にさ、妖の体だけじゃなく人の体も診れた方が良いから、ちゃんと勉強して医師免許も持ってる。知り合いの病院で、一応医者として働いてるんだよ。そこの先生も、妖に関わりのある医者なんだ、お前の傷も大丈夫だとは思うけど、ちょっと特殊だからな、一応その先生にも診て貰った方が良いかもな」

話しながら思案する真斗に、春翔は思いもしなかった従兄弟の秘密に理解が追いつかず、ぽかんとしている。そんな春翔の様子に、「まぁ、信じがたい話だよな」と苦笑いを浮かべた。

「真兄を疑ってるわけじゃないよ!ただ、想像もしない話だったから…十禅のお家だけって事は、母さんも知らないの…?」

春翔と真斗は従兄弟なので、春翔の母親と真斗の父親は兄妹だ。

「多分、何となくは知ってるんじゃないか?詳しく聞かされてるかは分からないけど、子供の頃は親父と一緒に育ってるしな」
「…僕が聞いて大丈夫な話だったの…?」
「こんな事にならなきゃ話す事はなかったけど、ここまで関わったからな。傷の手当てもあるし。ただ、他の奴らには…和喜かずき達には言わないでくれると助かる。話す必要が出てきたら、また別だけどさ」
「…うん、分かった」

そう頷きはしたものの、春翔にとっては、鈴鳴川の出来事だって、まだ夢を見ていたかのような感覚だ。ゼン達が妖だという事も、分かってはいても上手く呑み込めない所があるのに、更には身内に妖と関わりがある者がいたなんて。
十禅家と過ごした日々をいくら思い返しても、変わった出来事など一つも思い当たらない、いつだって十禅の皆は、どこにでもある普通の家族だった。
完全にキャパオーバーな様子の春翔に、「まぁ、すぐには受け入れらんねぇよな」と、真斗は苦笑い、固まる春翔の頭をくしゃりと撫でた。春翔の気持ちに理解を示し続けてくれる真斗にほっとしつつ、春翔はそう言えばと、顔をあげた。


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