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しおりを挟む「ゼンさん」
春翔は、閉じかけた書斎の襖を開けた。
「僕、ゼンさん達が探してくれていた事、聞きました」
その言葉に、振り返ったゼンは僅かに目を見張った。それから戸惑うように目を伏せ「すまない」と頭を下げた。それを見て、春翔は慌てて部屋の中に戻り、ゼンに駆け寄った。
「やめて下さい、僕は謝ってほしかったんじゃなくて、」
「だが、俺がお前に声を掛けなければお前が傷を負うことはなかった」
「…傷ついてるのはゼンさんじゃないですか…?」
春翔の言葉にゼンは思わず、といった様子で顔を上げた。
「…僕、覚えてないんです、ゼンさんと会ったことも、守ってくれたことも、何も。ずっと探してくれていたのに、何も思い出せなくて」
「…良い記憶とは限らない、覚えていないなら、その方が良いこともある。それに、俺はお前を守りきれなかった、その傷を覚えていなかったとして、なかった事にはならない」
「そんな事、」
言いかけて逸らされた視線に、ゼンが自分との過去を、春翔自身を拒絶しているように思えて、不意に胸が苦しくなる。
「…僕は、思い出したいです」
ずっと探してくれていた、春翔が覚えていないと分かってもその身を案じて怒ってくれた。自惚れではないなら、ゼンはそれ程春翔との記憶を深く思い留めてくれていたのではないか、それなのにどうして距離を取るのだろう。それが春翔にとっては寂しくて仕方なかった。憧れのゼンとどういう形であれ幼い頃に出会っていた、それがどんな思い出であろうと、今のゼンを嫌いになる筈なんてないのに、と。
「…怖くないのか」
「え?」
「あんなことがあった後で、それも昔も似たような目に遭って」
「それは、」
「俺は人でもないんだぞ」
再び目が合うと、その視線の言わんとする事が分かり、春翔は思わず口をつぐんだ。過去に鈴鳴川で体験したような出来事が起こったのか、それよりも春翔の脳内を占めたのは、夢の中で少年に手をかけ自分も焼こうとしたゼンの青い炎だった。それは、単なる夢の話だ、実際蛇女に対してゼンが行った行為を見ていたからその恐ろしい状況に引き連られて妙な夢を見ただけだ。そう思うものの、簡単に納得出来ないのも事実だ。
春翔は、ゼンの事を何も知らない。
「…すまない、怖がらせたいわけじゃないんだ、俺はもうお前を傷つけたくない」
そう言ってから、ゼンはふと口元を緩めた。
「…お前も、俺とは関わらない方が良いのかもしれない」
「…え、どうしてですか」
「今言った通りだ、俺はお前を傷つける」
「そんな、」
「早く休め、俺はもう少し仕事をするから」
柔らかな声色だったが、再び背を向けたゼンに、もうそれ以上の言葉を掛ける事が出来なかった。
「…お休みなさい」
小さく呟いて、今度こそ襖を閉めた。
ただ、知りたいだけなのに、信じたいだけなのに。
ゼンから向けられる優しさは、温かくて心を落ち着かせてくれる。けれど、その中でゼンはどこか必死で、何かを隠すように、触れさせないように距離を取っているように感じられた。
それが春翔には、少し寂しかった。
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