28 / 77
28
しおりを挟むそれから春翔は、バッカスのマネージャーとして、忙しい日々を送っていた。
ライブハウスでの公演も客入りは上々だ。初めの頃は、共演アーティストのファンが流れでライブを観てくれるといったのがほとんどだったが、最近は、バッカスを観る為にチケットを買ってくれるファンと呼べる存在も増えてきた。それは、ストリートでの地道な活動を続けてきたせいかもしれない。インディーズとしてだが、CDの売上も上々、ウェブサイトやSNSのアクセス数も伸びており、以前出演させて貰ったライブハウスやイベントからの出演依頼も貰えるようになってきた。
そして、本人達の意識が変わったせいもあるのだろうか、バッカスとしてはプロデビュー前だが、個人として、モデルや役者のオーディションに受かるようになってきた。
和喜みたいな派手さはなくても、真尋には、思わず目で追いかけたくなる魅力がある。暗闇に佇む小さな星の煌めきのような、儚くも優しい存在感。ジュエリーブランドの広告には、星屑の中、優しく温かな微笑みを見せる真尋がいた。
和喜は舞台出演が決まった。脇役で台詞数は少ないが、運動神経の良さを存分に活かした立ち回り、出番が少ないながらも、その存在感は印象を残す事が出来るだろう。演技はまだ半人前だが、無鉄砲だが元気で心優しい少年の役は、和喜の性格とも合い、伸び伸びと板の上を駆け回っている。心配していた礼儀の面でも、リュウジと接するのとは違い、挨拶と敬語を扱えているので、兄としても春翔は安心した。
二人とも学生なので、もちろん学業をこなしての活動だ。自由な時間も練習や勉強に当てたりと、無理をさせていると思う事もあるが、二人は文句一つ言わず、夢への道に向き合っている。そして、とても楽しそうに歌を歌う。徐々にではあるが、知名度も上がり、この調子で認知度が広がれば、メジャーデビューもすぐそこかもしれない。
そうなれば、二人をもっと大きなステージに立たせてあげられる、二人の魅力をもっと多くの人に知って貰える事が出来る。和喜と真尋が活躍する未来は、春翔にとってはこの上ない喜びで、マネージャーとして仕事を更に頑張ろうと没頭すれば、いつの間にか月日は流れ、鈴鳴川の一件から、早くも三ヶ月になろうとしていた。
季節は春から夏へと移った。だが、いくら仕事に没頭しても、あの日の出来事を思い返さない日はない。現実離れした出来事だったからというのもあるが、あの日からまた、同じ夢を毎日見るようになった。あの夢の中の少年と水の中にいる夢、しかし、以前と違うのは、その夢にゼンが登場している事。そしてゼンの操る青い炎が、少年を焼き尽くすかのように覆い尽くす事。
目覚めは毎日、最悪だった。
「お帰り!春ちゃん」
仕事を終えて寮に戻ると、珍しくエプロンをつけたユキが出迎えてくれて、春翔は驚いた。
「ユキさん!今日はどうされたんですか?」
「いやー、いつも頑張ってる春ちゃんに、労いを込めてちょっと料理でも振る舞おうかなーって思って」
「なにが料理だ、じゃがいもの皮剥きもろくに出来ない奴がよく言うよ」
ユキに背中を押されてリビングに行くと、キッチンにはリュウジがいて、呆れ顔で鍋をかき混ぜていた。
「うるさいよ、リュウ。俺が手伝ってあげたんだから、少しは有難がったらどうなんだい?」
「何が手伝っただ。お前のは、ありがた迷惑っつーんだよ、余計な手間掛けさせやがって、カレー作るだけで何時間かかったと思ってんだよ!」
「はいはい、やだねー細かい男はー」
「なんだと!?」
「も、もう、二人共、喧嘩はやめて下さいよ!」
いつもの事だが、止めないといつまでも言い合いを続ける、この二人も相変わらずだ。ユキは、ふん、と顔を背けると、勝手知ったる我が家のように、リビングのソファーにどっかりと腰掛けた。
あの日から、ユキは以前にも増して寮を訪れるようになった。
ほぼ住み着いていると言ってもいい。真斗もユキ程ではないが、頻繁にご飯を持って訪ねに来てくれている。どちらも春翔を心配しての事だろう。しかし、皆が気をつけろと言ったような事が身の回りで起きる事はなく、あの悪夢さえなければ、寮で共に過ごす仲間が増え、より賑やかさを増した平和な日々だった。
「あ、まだ居たのかよユキ」
「和喜、“ユキさん”でしょ、それにその口の利き方…!」
階段から聞こえた声に振り返れば、不機嫌顔の和喜と、困ったように笑う真尋が下りてくる所だった。春翔が和喜を叱るも、和喜はふいっと顔を背けてしまう。
もう、と溜め息を吐いた春翔に、「いーよいーよ春ちゃん」と、ユキが春翔の肩に腕を回すものだから、和喜はまたキャンキャンと騒ぎ始め、ユキは面白そうに笑っている。完全に和喜をからかって楽しんでいるユキに、春翔は小さな溜め息を吐くしかない。そんな中、真尋はぼんやりと皆の様子を眺めている。いつもなら和喜を宥めたり、たしなめたりするのに、何か思い悩んでいる事でもあるのか、心ここにあらずといった感じだ。
「まひ、」
「ほーら、じゃれあってないで飯にするぞー」
春翔が声を掛けようとしたタイミングで、リュウジの声が響いた。真尋ははっとした様子で顔を上げた。
「和、春さん困らせたら元も子もないじゃない」
まだユキに噛みついている和喜をたしなめに行く真尋は、もういつも通りの表情を浮かべていた。それから率先して料理を運ぶのを手伝う真尋に、春翔は後でそれとなく聞いてみようと思い直し、夕飯の準備の手伝いに向かった。
キッチンで準備が進む中、そちらに向かおうとした和喜の背中に、ユキはのし掛かるようにして引き止めるので、和喜はまた顔をしかめて振り返った。
「重てぇんだけど!」
「まあまあ」
「まあまあじゃねぇよ、なんだよ!」
「最近頑張ってるみたいだね、無理してないかって兄ちゃんも心配してたぞ」
すると和喜はピクリと反応し、不機嫌さを幾分和らげ唇を尖らす。
「…兄貴が?」
にっこり微笑み頷くユキは、内心、ちょろくて心配だと思いつつ話を進めた。兄が弟の体調を心配しているのは嘘ではないが、春翔の名前を出しただけで、大体和喜は大人しくなる。
「学校も休まずじゃん。勉強も頑張ってるだろ?」
「ま、まぁな。俺、頑張るって決めたし」
「偉いよなー、真尋は学校ではどう?あいつの事だから要領よくやってそうだけど」
「…まぁ、うん」
「なんだい?歯切れ悪いね」
「あいつ、最近ぼんやりしてるんだよな…。前は色々話してくれたんだけど、最近はなんか…ちょっと変だ」
「そっか…真尋も悩みとかあるのかな」
「あ!俺が言ったとか言うなよ!つーか、ユキは首突っ込まなくていいからな!あいつの相棒は俺なんだから、俺がちゃんとする!」
「はは、分かった分かった」
くしゃりとユキが和喜の頭を撫でれば、和喜は再び元気よくユキに噛みつき始めた。和喜も真尋の力になりたいのだろう、いつも真尋には世話をかけている分、真尋の為に力を尽くすのは、きっと自分でありたいのだ。大切な相棒だから。
そんな思いが垣間見れて、ユキは温かな気持ちを覚えながら、キッチンにいる真尋に視線を向けた。その視線は思案気に揺れていたが、和喜に気取られる事なく、ユキは和喜の背中を押し、皆の待つ食卓へと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる