鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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夕食を終え、春翔はるとが洗い物を終えた頃、「そろそろ帰るかな」と、ユキが伸びをしながら席を立つので、春翔は見送りをしようと廊下に出た。和喜かずき真尋まひろはすでに部屋に戻っており、ユキと何やら話し込んでいたリュウジは、先程「ちょっと出かける」と言って寮を出て行った。もしかしたら、ゼンの所か鈴鳴川すずなりがわかもしれない。
玄関まで来ると、ユキが不意に振り返った。

「あ、そうだ。春ちゃんにこれ」

そう言って春翔に差し出したのは、海の中を閉じ込めたかのような、深く澄んだ青色の、丸い石のペンダント。手を出すと、ユキはその石を春翔の手のひらに乗せた。

「これ、どうしたんですか?」
「春ちゃんにプレゼント」
「え?そんな、貰えませんよ!」
「まぁまぁ遠慮しないでよ、デザイン製がなくて悪いけどさ、これには力があるんだ」
「力?」
「うん。一度だけ、春ちゃんに害のある力から身を守ってくれる。一度受けたら壊れちゃうけど、その能力は本物だからさ、どんな時も必ず身につけてて」

ユキはそう言うと、春翔の手からペンダントを取り首に掛けてやる。春翔の胸元で、それは柔らかな光を放っていた。

「すみません、色々気に掛けて貰って…」
「俺達が心配だから勝手にしてるだけだよ。本来なら、リュウが側に居るから安心だと思ったけど…あいつまた新しい撮影入るでしょ?」
「リュウさんはうちの稼ぎ頭ですから、今仕事はセーブしにくくて。オファーが絶えないんですよ」

苦笑えば、ユキは困ったように肩を竦めた。

「全くさー、春ちゃんを探す為に役者になったのに、今じゃあっちの世でも、人の世の新たな成功者として持ち上げられてるし」
「リュウさんはどこにいても人気者ですね」
「春ちゃん守ってなんぼでしょ…って、そういう俺も、向こうに戻んないといけないんだよね」
「お仕事ですか?」
「そ。こう見えても、結構偉い役職にいるんだよ?だから、報告とか見直しとか色々しなきゃいけない事もあってさ、ごめんな、側に居られなくて」
「僕は大丈夫ですよ、いざとなったら真兄もいるし、リュウさんだって連絡は取れますから」
「ゼンもね!」
「…はい」

どこか歯切れの悪い返事に、ユキは背を少し丸めて春翔の顔を覗き込んだ。見慣れた筈のユキだが、突然の美青年のドアップに、春翔はどきりとして固まった。

「え、えっと、ユキさん…?」

しかし、ユキは何も言わない。言葉を発する事もなく、ただじっと春翔を見つめている。まるで春翔の心を探ろうとしているようで、春翔はますます落ち着かない。そうして、うろうろ瞳を彷徨わせていると、ユキから小さな吐息が零れた。

「…まあ、いっか」

納得したのか諦めたのか、ユキは丸めた背を伸ばした。
困ったような微笑みには、見守るような温もりがある。その温かな笑みに思わず見惚れていると、ユキは「とにかく!」と、気を取り直して続けた。

「何かあっても、一度はそれが守ってくれるから。何も無いにこした事ないけど、もしもって事があるだろ?お守りと思って、そのままつけてくれたら嬉しい」

春翔は胸元に揺らめくペンダントを手にした。直径三センチ程の小さな青い石、正直この石にそんな力が秘められているとは思えないが、ユキがここまで言うのだからと、春翔はペンダントを握りしめた。

「わかりました。ありがとうございます」
「うん!じゃ俺帰るね」
「あ、送っていきますよ」
「大丈夫大丈夫、ちょっと寄る所もあるからさ、しっかり戸締まりしてよ」

じゃあね、そう言い残し、ユキは寮を後にした。ドアの鍵を締めた春翔は、胸元のペンダントを手に取り、光にかざしてみた。ゆらゆらと、本当に海の中を覗いているみたいだと、不思議な輝き方をする石に、何か力があるというのは本当なんだなと、ぼんやり思った。
ユキの話を疑ったわけではない、ただ、お守りを渡す程、今の自分は危ない状況に居るのかと、お守りの効果ではなくそちらの方に疑問が沸いた。至って普通の暮らし、今のこの生活の中に、危ない事が起こるとは想像出来なかった。

「春さん?」

ぼんやり青い石を眺めていた所に声を掛けられ、春翔はびくりと肩を揺らした。見ると、真尋が二階から下りて来た所だった。手にはマグカップを持っている。

「あ、真尋君、どうしたの?」
「何か飲み物欲しくて、春さんはそんな所でどうしたの?」
「ユキさんを見送った所」
「あの人帰ったんだ、あ、珍しいね、アクセサリーつけてるの」

真尋は春翔がペンダントを手にしているのに気づき、物珍しそうに近づいてきた。

「うん、ユキさんがお守りだって」
「お守り?へー綺麗だね、でもそれ和に言ったら、また怒りそう」
「…確かに」
「はは、春さんモテモテだね」
「もう、からかわないでよ。それより、これは和には内緒ね」
「はーい、じゃあ口止め料に、春さんの甘酒飲みたいな!」

作って、と頼まれて頷けば、真尋は嬉しそうに笑って、春翔の背中を押してキッチンへ向かった。

その普段と変わらない様子に、夕食前の彼を思い出す。心ここにあらず、というような、ぼんやりとした姿はここにはない。

考えすぎかな、もしかしたら仕事が増えて疲れが出てるのかもしれない。

何でもない世間話を交わしながら、春翔はスケジュール調整が出来ないか考えを巡らせていた。
真尋が何を抱えているかも気づきもせず、ただ希望に溢れた未来に向かう事だけを考えていた。



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