鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

文字の大きさ
30 / 77

30

しおりを挟む





「え?僕にですか?」
「うん、オーディション受けてみない?先方が是非にと言って下さってるんだ」

ある日、ダンスレッスンが終わった後、春翔はると真尋まひろにドラマ出演のオーディションがある事を伝えた。オーディションだから合格しないとその先は無いが、先日受けたジュエリー広告、そのウェブCMを見て、一度会ってみたいと声がかかったのだ。端役だから出番はそう多くないが、これはバッカスとしても名前を売るチャンスであり、真尋個人としても、世間や業界に顔を売るチャンスだ。

「スゲーじゃん!もしかしたら主役食っちまったりして!」
「やめてよ、和、僕には無理だよ」
「え?」
「春さん、僕、和喜かずきと一緒に歌えればそれで良いですから」

思いがけない返答に、春翔と和喜は二人揃ってきょとんとしてしまった。

「ちょ、ちょっと待って!お芝居嫌だった?でも、CMの時の真尋君、凄く良かったよ!」

その撮影時、春翔も様子を見守っていたが、真尋に撮影を嫌がる素振りはなかったのだ。

「これが上手くいけば、二人が歌える場所も増えるし、バッカスとしてのデビューも近づくと思う、スケジュールも、もうちょっと調整して、負担ないようにするし!」

そう言い募れば、真尋は複雑な表情を浮かべたが、やがて頷いてくれた。

「…わかった、受けてみる」
「…うん、ありがとう」

シャワー浴びてくると言ってレッスン室を出た真尋に、春翔は不安気に和喜を見上げた。

「真尋君、オーディション嫌なのかな」
「分かんねー、さっきまでいつも通りだったのに」
「和と歌うの、本当に好きなんだよ」
「俺も、あいつと歌って踊るの好き」
「見てるとよく分かる」

微笑めば、和喜は照れくさそうに頬を緩めた。

「だからさ、バッカス一緒にやってくってのは真尋も同じ気持ちだと思うんだよ。あんま、自分の事話してくれないからさ、たまに分かんなくなるけど、でもそれは同じだと思う」
「うん、和がそう思うなら、僕もそうだと思う。僕も頑張るよ」
「兄貴も?」
「うん!苦手な仕事も増えていくかもしれないけど、その分、楽しいと思って貰える場所を沢山作れるようにする。バッカスの活動をしっかり出来るように」

拳を握れば、和喜も笑顔で頷いてくれた。

「真尋君とも、もう一度ちゃんと話さないと…」

言いながら、レッスン室のドアノブに伸ばした手が、空を掻く。突然視界が黒い靄に覆われ、頭がくらりと揺らいだ。

「兄貴!?」

傾いた体は、和喜が咄嗟に支えてくれたお陰で転倒する事は無かったが、春翔は足に力が入らなかった。

「大丈夫かよ」

和喜が気遣いながら春翔をその場に座らせると、春翔からは「ありがとう」と、どこか弱々しい声が返ってくる。

「ちょっと目が回っただけ、心配しないで」

ごめんね、と眉を下げて微笑めば、和喜は不安そうに表情を歪めた。

「兄貴、大丈夫って言うけど、本当に大丈夫なのか?」
「ん?」
「こうやってフラフラしてるの最近多くね?今までこんな事なかったのに」
「うーん、ちゃんと食事もとって寝てるし、体調は万全の筈なんだけど…、心配させちゃってごめんね、次からはもっと気をつけるから」
「…でも、」
「大丈夫大丈夫。それより、和も早くシャワー浴びておいで。今日は真尋君とご飯作ってくれるんでしょ?僕は少し休んだら行くから」
「…分かった」

和喜は渋々頷いて、それでも心配そうに兄を振り返りつつレッスン室を出て行った。遠ざかる足音を聞いて、春翔はふぅと大きく息を吐き、床にぱたりと体を横たえた。

和喜にあんな顔させてちゃ、ダメだよね。

反省を心の中で呟いて、ぐるぐる回る頭の中が、早く収まる事を静かに待つ。
和喜の言う通り、最近春翔の体はおかしい。目眩や立ちくらみが多く、この間はそのせいで寮の階段から転げ落ちた。
幸い足や腕を軽く打っただけで済んだが、和喜には不安な思いをさせてしまった。今まで病気らしい病気をした事もなく、風邪を引いたって長引く事はなかった。今だって、春翔自身は、健康だと思っている。

貧血か、寝不足が原因だろうか。
和喜には寝てると言ったが、本当は眠れない夜が続いている。眠ると、必ずといっていい程ゼンの夢を見る。ゼンが誰かを傷つける夢、そんな姿見たくないのに、そんな人だって思ってもないのに、春翔の頭は、ゼンを悪者に仕立てようとする。そんなゼンの姿を見たくなくて、見るのが怖くて、眠る事が出来ないのだ。

「…ゼンさん、」

会いに行ってみようか。ゼンに会って怖い人じゃないと改めて感じられたら、あんな夢見なくてすむかもしれない。
春翔はごろりと体を横向きから仰向けに変え、そっと目を閉じた。

「…それができたら、もうとっくに」

ゼンに会いに行く勇気がない。
時間がたてばたつ程、振り返らない背中が、自分を拒絶しているように思えて、手が伸ばせない。
会わない方がいい、傷つけるから。その言葉は時間が経つにつれ、本当は、ただ会いたくないと言われたのではないかと思い、胸が苦しくなる。だって春翔は、足手まといでしかない。何かが起きても守られるしかない、面倒事を持ち込む存在でしかないと。

そう思えば思うだけ更に苦しくて、どうしてこんな気持ちになるんだろうと、泣きたくなる。
ゼンが憧れの作家だからだろうか。守ってくれたからだろうか。
縋るような腕の温もりを感じたからだろうか。大事な人と、そう言われた気がしたからだろうか。

「…なんで何も思い出せないんだろう」

こんなにも思いが募るのは、自分にとってゼンが大事な存在だったから、なのだろうか。

「…小説の読みすぎかな」

自嘲気味に笑って、春翔はゆっくりと体を起こした。もう目眩は治まったようだ。

「…会いたいな」

悪夢として毎日ゼンの夢を見ているのに、怖いと思うのは、ゼン自身に対してだけではない。ゼンにもし拒絶されたら、ただそれだけが怖くて、会いにも行けないなんて。これではまるで、恋する少女のようだ。

「…ん?」

恋する少女?僕が?

まさか、と否定しようとして、春翔は強く抱きしめられた事を思い出し、途端に胸がどきりと震え、真っ赤に顔を染め上げた。

いや待てと、春翔は急いで頭を振った。ゼンに対する思いは、尊敬や憧れで、そんな人が自分を探してくれていたからで、守ってくれたからで。それに、ゼンが自分を大事にしてくれたのは、過去の事や、危険な目に合わせてしまったという負い目もあったのかもしれない。強く抱きしめられた事も、心配そうに見つめる瞳も、ゼンにとっては、守る対象だっただけで。

そう考えたら、何だか胸が苦しくて、それだけの存在の自分が何だか悲しくて、寂しくて。恋という言葉がどうにもしっくり胸に収まってしまい、春翔は再び床に、今度は頭を抱えて倒れ込んだ。

「…どうしよ、これじゃますます、」

会いになんて行けない。
赤くなる頬、膨らむ心音に、最後に目にしたゼンの背中が浮かぶ。
恋と気づいて、更に拒絶されたりしたら、そう思うと、ますます怖かった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

Please,Call My Name

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。 何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。 しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。 大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。 眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。

【完結】ままならぬ僕らのアオハルは。~嫌われていると思っていた幼馴染の不器用な執着愛は、ほんのり苦くて極上に甘い~

Tubling@書籍化&コミカライズ決定
BL
主人公の高嶺 亮(たかみね りょう)は、中学生時代の痛い経験からサラサラな前髪を目深に切り揃え、分厚いびんぞこ眼鏡をかけ、できるだけ素顔をさらさないように細心の注意を払いながら高校生活デビューを果たした。 幼馴染の久楽 結人(くらく ゆいと)が同じ高校に入学しているのを知り、小学校卒業以来の再会を楽しみにするも、再会した幼馴染は金髪ヤンキーになっていて…不良仲間とつるみ、自分を知らない人間だと突き放す。 『ずっとそばにいるから。大丈夫だから』 僕があの時の約束を破ったから? でも確かに突き放されたはずなのに… なぜか結人は事あるごとに自分を助けてくれる。どういうこと? そんな結人が亮と再会して、とある悩みを抱えていた。それは―― 「再会した幼馴染(亮)が可愛すぎる件」 本当は優しくしたいのにとある理由から素直になれず、亮に対して拗れに拗れた想いを抱く結人。 幼馴染の素顔を守りたい。独占したい。でも今更素直になれない―― 無自覚な亮に次々と魅了されていく周りの男子を振り切り、亮からの「好き」をゲット出来るのか? 「俺を好きになれ」 拗れた結人の想いの行方は……体格も性格も正反対の2人の恋は一筋縄ではいかない模様です!! 不器用な2人が周りを巻き込みながら、少しずつ距離を縮めていく、苦くて甘い高校生BLです。 アルファポリスさんでは初のBL作品となりますので、完結までがんばります。 第13回BL大賞にエントリーしている作品です。応援していただけると泣いて喜びます!! ※完結したので感想欄開いてます~~^^ ●高校生時代はピュアloveです。キスはあります。 ●物語は全て一人称で進んでいきます。 ●基本的に攻めの愛が重いです。 ●最初はサクサク更新します。両想いになるまではだいたい10万字程度になります。

Nova | 大人気アイドル×男前マネージャー

むぎしま
BL
大人気アイドル・櫻井来夢が恋をしたのは、 ライバル事務所のマネージャー・本郷ルカだった。 強く、知的で、頼れる大人の男。 その背中に憧れ、来夢は彼を追いかける。 ──仕事のできる色男・本郷ルカは、女にモテた。 「かっこいい」「頼りたい」「守ってほしい」 そんな言葉には、もう慣れていた。 けれど本当の心は、 守られたい。愛されたい。 そして、可愛いと思われたい。 その本心に気づいてしまった来夢は、 本郷を口説き、甘やかし、溺愛する。 これは、 愛されることを知った男と、 そのすべてを抱きしめたアイドルの、 とても幸せな恋の話。 独占欲強めな年下アイドル (櫻井 来夢)   × 愛に飢えた有能マネージャー (本郷 ルカ) ーー 完結しました! 来週以降、後日談・番外編を更新予定です。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

処理中です...