鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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「す、すみません、騒がしくて」
「いや…安心した、ここは安全な場所なんだな」

そう僅かに微笑み言うゼンの言葉に、春翔はるとの胸が僅か傷んだ。ここは安全、ゼンの側よりは。そう彼が言った気がしたからだ。

「…ゼンさん、」

そんな風に言わないでほしくて、このまま、またゼンとは会えなくなりそうで。しかし、紡ごうとした言葉は、何故か喉奥へと吸い込まれていく。

…あれ?

ふと、視界が揺らいだ。暗闇が体の脇から手を伸ばして、トンネルの奥底へと勢いよく引きずり込まれていくような感覚に、ゾッとする。

ゼンさん!

必死に助けを求めて手を伸ばしたが、ゼンは困惑した様子で佇むだけだ。どうして、何が起きてるの。大声を出してもまるでゼンには声が届いていない、自分の意識が体と切り離されて、意識だけが体の奥底へと引きずり込まれてしまったような、おかしな感覚だ。
ここは、自分の体の、心の奥だろうか、まるで小さな箱に押し込められてしまったみたいだ。

「…ゼンさん?」

え?

予期せぬ場所から声がした。その声にゼンは「どうした?」と返事をする。心配そうに表情を歪めて。

「ゼンさん、僕、」

そしてその声は、間違いなく自分の声で、春翔は何が起きているのか分からず、困惑を一層強めた。
誰かが勝手に春翔の体を、声を使っている、自分の全てが誰かに乗っ取られているみたいだ。

「あなたの事が、」

チリ、と指先が熱くなった気がして、春翔は心の奥底で、自分の手に視線を落とす。

何、これ。

自分の物ではないような、手の感覚。熱くて、片手で触れてみると、触れた指先からは何故か皮膚が切れ血が流れていた。
はっとしてゼンを見上げる。自分の物ではなくなったその手が、そっとゼンの首元へと近づいていく。たった今切れた指先がチリッと痛み、春翔は必死に手を伸ばし叫んだ。

やめて、何するの、やめて!

声を出してもゼンには届かない。手を伸ばしても、厚い壁に阻まれて、体の底から抜け出せない。
なのに、乗っ取られた自分の体が何をしようとしているのかは、よく分かる。ジリジリと熱く焦げたようなその指先が、ゼンの首に触れようとする。ゼンの首を、切ろうとしている。

駄目だ!ゼンさん!

何も出来ない奥底で叫ぶしかない。想像する未来の恐ろしさに、春翔がぎゅっと目を閉じた、その時だ。

「なっ!」

突然、春翔とゼンの間にオレンジ色の炎がボッと現れ、春翔ははっと目を見開いた。大きく膨れ上がる炎が、春翔を飲み込もうとしている。

「春翔!」

ゼンの声と同時に、胸元のペンダントが反応する。青い石は割れ、そこから巨大な青い炎が燃え上がり、春翔を飲み込もうとしたオレンジの炎が、見る間に青い炎へと飲み込まれた。青い炎は役目を終えると、その石と共に地面へと散った。
一瞬の出来事だった。

「怪我はないか!?すまない、気を取られ、」
「来ないで!」

ほんの間近に迫るゼンとの距離を、春翔は慌てて取る。そうして気づく、視界が鮮明になり、体も自分の意思で動かせるようになっていること、暗闇の世界から解き放たれている事に。

「下がって春さん!」
「え、」

現れたのは真尋まひろだ。春翔がきょとんとしてる間に、真尋は春翔を庇うように目の前に飛び出してきた。

「今の何!?この人がやったの!?」
「え?」

オレンジ色の炎、熱さも何も感じなかったのは、ペンダントが守ってくれたからだろう。そして、ペンダントが砕けた意味を思い出す。それは、自分に向けられた力から守ってくれるという事。あれだけユキ達が心配していた事が本当に起きたのかと、今更ながら思い知りゾッとした。自分を憎む妖の仕業かもしれない、だけどそれはゼンではない。それははっきりと分かる。
ゼンの操る炎は、青いからだ。

「ち、違うよ、真尋君!あれはゼンさんじゃない、ゼンさんがこんな事する筈がない!」

春翔は真尋の前に立ち懸命に訴え、そしてゼンを振り返る。

「ゼンさんごめんなさい!僕、酷い事を、真っ暗闇で、僕、ゼンさんを、」

トン、と何かが背中に当たった。だが、春翔がそれが何かを知る事も、それ以上の言葉を発する事も、もうなかった。

「春翔!」

ぐらりと傾いた体を受け止めようと、ゼンが腕を伸ばしたが、それよりも早く真尋が春翔の体を背後から受け止める。

「……」

ぐったりと意識のない春翔の姿に、ゼンは、彼をじっと見下ろす真尋を睨み付ける。その姿は、先程まで取り乱していたものとは違い、冷静に見えた。

「お前、どういうつもりだ」

怒りを湛えたゼンの周りに、ぽつりぽつりと、青い炎が浮かび上がる。真尋はそれを見ても驚く事はなく、それどころかゼンに挑むような眼差しを向けている。

「…話がある」

敵意に似た視線を向けつつ、真尋が口を開く。しかしその声色は、どこか弱々しく揺れていた。




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