鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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「ゼン!ユキ!居ないのか!?隼人はやと!」

大声を上げながらゼンの家へとやってきたのは、レイジだ。家の外からは、人々の困惑した声や足音が慌ただしく聞こえてくる。そんな中、レイジは焦った様子で居間に上がり、書斎の戸を開け、客間へと向かっていく。ゼンと春翔はるとがいない、それを確認すると、再び声を上げながら家の中を駆け抜け、ユキや隼人が使っているであろう部屋の戸を開ければ、床に這いつくばるようにして倒れているユキと、布団の上で眠る隼人の姿があった。

「ユキ!」

珍しい事に、ユキの頭からは、三角の狐の耳と、ふさふさとした黄金色の尻尾が出ている。何があったのだと慌てて駆け寄るが、ユキは体が動かせない様子で、恐らく声も出せないのだろう、覗き込んだ瞳は必死に何かを訴えかけている。

「待て、今、楽にしてやる」

レイジはユキの体の上に手をかざした。ゆっくりとなぞるように動かしていくと、その手の辿った部分に黒い布のようなものが巻き付いているのが分かった。

「影か、人のもんじゃないな」

黒い布のようなものは、影だった。影はユキの体にぐるぐると巻き付き、それは手足、頭、口を覆い、床に縫い付けられていた。
レイジは両手をユキの体の上にかざす。

「しんどいんだよな、力使うと」

皮肉を言ってみせる顔は、焦りに歪んでいる。軽口を叩くのは、心を正常に保つ為だ。
体に巻きついた影を傷つけて良いなら解放は簡単だが、その影はユキ自身の影だ。影を傷つければ、ユキの体にも傷がつく。影を傷つけないように拘束を解くには、繊細な力加減が必要だった。
深く呼吸をして、目を閉じる。翳した両手を重ね合わせ、ユキの背中に押し当てると、その手のひらから一陣の風が巻き起こり、レイジの髪をなびかせた。

「ちょっと我慢な」

ユキは、ぎゅっと目を閉じた。レイジが更にその手に力を込めると、まばゆい光が溢れた。レイジの背中には立派な黒い翼が生え、その羽が辺りに散らばっていく。部屋中を包む光は、徐々にレイジの手の中に収まり、それはやがてユキの体を包み込むと、風船が割れるように弾け飛んだ。

「レイジ~!」

そうして拘束が解けたのか、ぐったりした体を起こしたユキは、心に突き動かされるままレイジに抱きついた。

「ありがとう!本当に助かった!」

ぎゅっと抱きつく姿からは、相当切羽詰まっていた事が伝わってくる。だが、これだけ動ければ、影による傷はなさそうだ。レイジも安堵して、ユキの背をぽんぽんと叩いた。

「俺も良かったよ、だが、残念ながらゆっくりしてられないぞ」
「あぁ、隼人の影も外さなきゃ」
「こいつもやられたのか、見えないのは不便だな」

見えないとは、隼人の体に絡む影の事だ。今の隼人は、ただ布団で寝ているとしか思えない。

「隼人はすぐ気を失ったから、体だけの拘束で済んでるけど、人間は俺らと違って耐性がないから。油断してたよ、相手は随分力を回復してるみたいだ」

ユキは言いながら、電気の紐を引き明かりをつけ、近くにあった鞄を開けた。

「自分が傷ついても良いと思ったけど、拘束を取ろうにもどんどん力が影に吸い取られてるみたいで」
「厄介だな。力は奪われ、拘束の影を傷つければ自分に跳ね返ってくる、人間には下手に手を出せないな…」
「そうなんだよ。あと、春ちゃんがゼンを連れてった」
「マジか」
「妙な気配がしてゼンの書斎に行ったら、春ちゃんがゼンの体を引きずってた。目は開いてたけど、多分あれは眠らされてる。妖が、中から春ちゃん操ってたんだよ、ゼンは意識を失ってた」

ユキは話しながら、鞄の中から小さな小瓶を取り出すと、それを隼人の体に振りかけた。キラキラと粒子が飛び、それを撫でるように体の上で手を翳すと、小さな輝きがパチパチと弾け、光に怯えるように、隼人を縛り続けていた影はしゅるしゅると消えていった。
その様子を、レイジはぽかんとして見ていた。

「おい、なんでそんな便利道具持ってるんだよ!あるなら出しとけよ!」
「口が利けなかったんだから仕方ないだろ、相手が影の妖だと目星はついたから、対カゲ用の道具は持ってきてたんだ。レイジのやり方じゃ、人間には辛いでしょ」
「悪かったな、これしか思いつかなかったんだよ」
「俺達には十分だよ。傷一つない、さすがだよ。それに、妖は影が欠けてもある程度は妖力で補えるけど、人間は欠けた影を取り戻す事は出来ないからさ」

だから、隼人には道具を使ったのだろう。ユキは、幾つか小瓶をレイジに渡した。

「これ、もしもの時に使って。外で、何が起きてるの?」

静かにしていなくても、外の騒ぎはまだ聞こえてくる。

「妖共が暴動を起こし始めた。神社や鈴鳴川は火の海だ」
「あいつら…」
「応援は呼んである、神社は真斗まことが留守だと知って狙ってきたんだな。神社に人は居ないからまだ良かったが、これから町に火が回るかもしれない。消防もすぐに駆けつけるだろうが、妖が絡んでる以上、厄介に変わりない」
「そうだな、俺もすぐに行く」
「あぁ、」

レイジは頷くと、隼人に目を向けた。眠っているのだろうが、その顔は少し青ざめて見える。

「…レイジは残りなよ、隼人を一人に出来ないし、影に縛られて時間も経ってる、あれは人には酷だよ」

レイジと隼人は友人であり、長年連れ添ってきた相棒だ。レイジの気持ちを思いユキはそう声を掛けたが、レイジは「だがなぁ」と苦笑った。

「俺に人を診る力はないんだ」

言いながら、隼人の体をそっと抱き上げると、バサッと翼を広げた。

「俺が側に居ても何も出来ないなら、出来る事をしなくちゃな。こいつを真斗に預けたら、すぐに向かう」
「…分かったよ」

レイジは丁寧に隼人を抱え直すと、部屋の窓から身を屈め、大きく翼を広げ夜空に飛び立った。

「さて、急がないとな」

ユキは軽く頭を振って耳と尻尾を消すと、先程の鞄を手に、急いでゼンの家を後にした。




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