鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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熱い風が肌を撫でつけ、ジリ、とした痛みに、ゼンは重たい瞼を押し上げた。青臭い匂いが頬を擽る感触、ぼやける視界は暗い。目の前に揺れるのが草だと分かり、自分が草の上に体を横たえている事を知った。ここはどこだとぼんやり考えてる内に、遠くから騒がしい声やサイレンの音が聞こえ、ゼンははっとして身を起こし周囲を見渡した。

そして、目の前の光景に言葉を失う。
鈴鳴川すずなりがわが、桜千おうせんの桜の木が燃えていた。

川の上で炎はごうごうと音を立て、桜の木はそれでも枝を落とす事なく耐えている。
それは、一目で妖の炎だと分かった。
そのまま視線を町へと向ければ、一部に煙が立ち上る場所がある。夜空が炎で明るく染まるその下は、鈴鳴神社だ。

これは、復讐の続きだ。
ゼンは、ギリと奥歯を噛みしめ、手をついていた芝生の草を握りしめた。

強化した筈の結界は破られ、鈴鳴川に火を放ったのは、妖の世から応援を来させない為だろう、桜千の桜の木もきっと同じ理由だ。炎の勢いは止まる事はなく、かといって全て焼き尽くす事はないのはその為だ。
桜千はどこに居るのか、巻き込まれるようなへまはしない筈、妖の世に避難出来ればいいが。

何より心配なのは神社だった。神社で寝泊まりしていたのは真斗まことくらいで、その真斗も春翔はると達が暮らす寮へ行っている。だが、誰かがたまたま神社に立ち寄っていたかもしれないし、他所に飛び火をしている可能性もある。

もし誰かが傷を負ってしまったら、そう思うと、ゼンの脳裏に幼い頃の記憶が甦り、また取り返しのつかない事をしてしまったと、自分のしでかした過ちが恐ろしく、心が呑み込まれそうになる。

ただ、守りたいだけなのに。どうして、誰かを傷つけてしまうのか。何故、自分にだけ刃を向けてくれないのか。
そうすれば、いつだってこの命を差し出すのに。

「…出て来い、居るんだろ。恨みがあるのは俺に対してだけの筈だ、何故他の者を巻き込む」
「その方が苦しいでしょ?ゼンさん」

春翔の声がして、ゼンは振り返った。春翔がにっこりと微笑んで立っている。
ゼンは立ち上がって両腕を広げた。

「…何してるの」
「これで終わりにしよう。俺の命などくれてやる、だからもういいだろう、そいつから出て行ってくれ」
「随分、殊勝な態度だね、ゼンさん」

声は柔らかいが、その瞳は軽蔑を含み冷たくゼンを睨んでいる。

「そんなにこの子が大事なの?奇遇だね、僕にもとても大事な人達がいたんだ。けど、全部失った、あんたのせいで」
「………」
「僕らを止める為に、自分の国民まで犠牲にしちゃうんだ、半妖の王子様の力は未知過ぎて恐ろしいよ。あんたが国を追い出されて、国民達はせいせいしてるって話だよ、そんな奴がさ、何?こいつは大事だから助けてくれって?そんな話通ると思ってるの?」

はっ、と笑い、春翔は手を上げた。ゼンの足元から勢いよく影が伸び、それがゼンの体に絡み付く。両足を辿り、体を這い上がる影は両腕へと辿りつくと、その勢いのまま影は再び芝生に落ち、ゼンは仰向けに倒れ込んだ。両腕両足、腹部と体中に自身の影が巻き付き、芝生に張り付けになる。
春翔はゼンの上に跨がり、その襟元を掴み上げた。顔は春翔なのに、中にいる妖の憎悪で表情は歪み、まるで別人のようだった。

「ね、いいこと教えてあげる。僕らカゲの一族はね、実体ではない限り痛みは感じないんだよ。こんなに坊やの体を自在に操れるのに、凄いでしょ?ねぇ試しにこの子の体を切り刻んであげようか、ぼろぼろになったらこの子の体を返してあげるよ。痛くて痛くて泣き叫ぶこの子をその目に焼き付けるといい。そうしたら、この子の手であんたを地獄に送ってあげる。あー、でもこの子は生かしておいてあげてもいいよ、一生消えない傷をずっと背負うんだ、生きてるのも辛い程の体の傷に加え、大好きなあんたを手にかけたなんて、死んだも同然な一生を捧げてあげる」

愉悦に笑む春翔に、ゼンは青ざめ反射的にその体に掴みかかろうとするが、体が芝生に張り付けられてる為、身動きが出来ない。

「くそ、やめろ!頼む、俺だけでいいだろ!春翔にはこれ以上手を出すな!」
「うるさいなぁ、死を受け入れてるあんたをやったところで、何の復讐にもならないじゃないか。そうだ、先に黙らせてあげるよ、喉少し切ったくらいであんた死なないでしょ、例え半分人間でもさ。妖って丈夫だよね」

憎悪に満ちた瞳がゼンを見下ろし、春翔が手を振りかざす。妖の力に呑まれたその手は、指を突き立てられれば喉を貫通させる事くらい容易いだろう。
月の光を遮り、春翔は手を振りかぶる。

「…すまない」

こうなる事は仕方ない。それだけの事をしてきた。けれど、春翔の手を血に染め、その体が傷つけられてしまう事を止める事が出来ない、それが苦しい、悔しい。力を使えばきっと跳ねのけられる。けれど、相手は春翔の体だ、春翔に傷をつける事は、ゼンには出来なかった。




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