鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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少し時間は遡り、レイジと別れてゼンの家を出たユキは、鈴鳴すずなり神社へと向かった。
通り一本挟んで向かいにある神社には火の手が上がっており、辺りは騒然としていた。火は神社の奥の方から上がっており、神社の外に居ても熱風が肌を撫で、火の粉が舞い、焦げ臭い匂いが漂っている。
慌ただしい声や足音が飛びかっているが、その場にいるのは近隣住民や野次馬だけで、消防はまだやって来ていないようだ。

「こっちへ逃げて」「まだ消防は来ないの?」と、戸惑う人々の声を耳にしながら、ユキは鈴鳴川の方へ目を向けた。レイジが言っていた通り、暗い夜空に向かって煙が上がっていくのが見える。
春翔はるとの中にいる影を操る妖、カゲが居るのは鈴鳴川かもしれないと、ユキは昇る煙を睨んだ。鈴鳴川は、カゲにとって因縁のある場所だ、恐らくゼンもそこにいる。
ゼンを思えば居てもたってもいられない思いだったが、先ずは目の前の火災だ。

ゼンをよく思わない妖達が動き出しているのはわかっていたが、神社に火をつけるとは思わなかった。この神社が何の為にあるのか分かってやっているのだろう、ユキはそれを含め腹立たしさに拳を握った。

とにかく状況を把握しなければ。神社内で巻き込まれた人はいないか、他の建物に被害は出てないか、人目がなければ妖の力を使い、火を消す事も出来るのに。
悩みながらも、惑い駆ける人々の間を縫い神社の中へと駆け込むと、どこか聞き覚えのある威勢のいい声が聞こえてきた。見ると、神社の敷地内で数人の人の列が出来ており、手にしたバケツを隣の人へ順に渡している。バケツの向かう先は燃え盛る拝殿、消防が来るまでの間、バケツリレーを行っているようだ。側には消火器を手にしてる人もいる。

「あいつら」

ユキはその姿にほっと息をついた。彼らは、真斗まこと同様、妖の存在を知る、鈴鳴神社の神主の道影みちかげや、人の世で長年暮らす妖達だ。

「危ないですから、下がってください!」

神社の外からはそんな声が聞こえ、振り返ると、火事を心配してか神社に近づく人々に声をかける人の姿がある。その内の一人が神社内へやって来ると、ユキは「ミオ!」と声を掛けた。呼ばれた彼はユキに気づくと、ほっとした表情で駆けてくる。

「ユキ、良かった無事で!」
「ミオこそ、来てくれてたんだな」
「レイジからの連絡で。近所の人達も、ナオ達が避難を促してる。道影さんや他の妖達も、ああやって協力してくれてるんだ」

そう穏やかに笑む彼も妖だ。彼は、ヤタガラスのミオ。白に近い灰色の髪に、穏やかで優しい佇まいの青年で、いつもきっちりとしたスーツ姿。ヤタの一族では不吉とされる白い翼を持ちながらも、ヤタの国でも人望のある三男坊だ。今は、人の世と妖の世を行ったり来たりしつつ、人の世の妖の管理者でもあるレイジの下で働いている。
ミオが居る事で、ユキも安心した様子だ。

「火の方もとりあえず抑えられてるから」
「やっぱりバケツリレーは目眩ましか」
「うん。消火活動をしてる振りをして、俺の部下達が妖の力で火を燃え広がらないよう抑えてる。あれだけ燃え上がってるのをすぐに鎮火したら、さすがに怪しまれるだろうから」
「そっか、良かった…」
「燃えてるのも、拝殿の一部に止まってる。神社裏の家や木々には元から結界があるし、だから桜の木も無事だよ」
「…そっか、」

ほっとした様子のユキを見て、ミオも表情を緩めたが、それはすぐに心配そうに歪んだ。

「ただ、ここが抑えられてると知って、よそに火をつけられたり暴動を起こされないといいけど…この火事を抑える事を優先したから、犯人はまだ捕まえられてないんだ。部下達に探して貰ってるんだけど」
「カゲの仲間の仕業だよな?」
「多分ね。でも、動きを見せてたのは、いつものゼン批判の妖達だよ。彼らを上手く使ってるのかもね」
「消防は?」
「カゲの仲間の妖に惑わされてたみたいで、足止めにあってるみたいだ。レイジがゼンの家に行く前に他の妖に指示を出したから、もうすぐ来ると思うんだけど。そうしたら、俺達も動けるからさ」

消火活動によって火が消えれば、妖の力を解ける、その前に、カゲの仲間達が火が消されるのを邪魔しにくるかもしれないので、ミオ達は神社から動けないのだ。人をよく思わない妖もいる、人に危害を加える可能性も、妖の存在を明かそうとする輩も居るかもしれない。

「ミオ!ユキ!」

二人が話している中、愛らしい声が聞こえてきた。振り返ると、少年が手を振りながらこちらに駆けてくる。その姿に、二人はぎょっとして、慌てて少年の元へ駆け寄った。
シャーロックホームズを思わせる鹿討ち帽を被り、ギンガムチェックの短パンにサスペンダー、ホームズに憧れる少年姿の彼は、ナオ。その腰元からは、二本の尻尾が生えていた。

「ナオ、何やってんの!」
「これ以上問題を起こさないで!」

ナオに素早く駆け寄り、ミオはナオの尻尾を隠すように素早く背後に回ると、肩に手を乗せた。

「ごめんごめん!」
「もう、頼むよナオ」

あはは、と笑いながら、ぽんぽんとお尻を叩くナオ。尻尾が消え、ミオとユキはほっと息を吐いた。周囲を見渡したが、神社の様子を見ている人達は、火事への戸惑いと混乱で、こちらの様子には気づいていないようだ。
ナオは、猫又だ。ミオとは幼なじみで、いつも行動を共にしている。

「そっちは大丈夫か?」
「うん!近くの家の人達は、みんな避難してるよ。真斗もサポートしてくれてるから、問題ないよ」

そして、ナオはユキに向き直ると、「だから、こっちは大丈夫だよ!」と、明るく声をかけた。

「そうだね、こっちは俺達で上手くやるから、ゼンの元に行って。きっと鈴鳴川だ。川の方に、カゲの仲間が向かったって情報は入ってる。きっと、真尋君も一緒だと思う」
「分かった、キミ達も気をつけてよ」
「うん、また後でね!」

三人は頷き合い、ユキは鈴鳴川へと向かった。



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