鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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ユキは鈴鳴川すずなりがわへ向かいながら、徐々に人の気配が薄れている事に気がついた。

「人払いの結界か」

鈴鳴川でも大きな火災が起きているのに、誰も見向きもしないのは不自然だ。ユキの目には、神社に居ても煙が上がるのが見えた、近所の人が通報してもおかしくはない。それなのに誰も騒がないのは、きっと人の目には静かな夜の土手、川の姿が見えているんだろう。人が寄りつかない事は、人に被害が及ばないのでユキにとっても都合は良いが、カゲ達にとっても人に騒がれては面倒という事なのだろうか。
 
確実に決めるつもりなのだろうか、ゼンへの復讐を。だから、二つの世の境界を封じる為にあの川に火を放った。水には消すことの出来ない妖の炎だという事は、ユキにも想像がついた。

ゼンや春翔はるとは無事だろうか、とにかく急がなくてはと、ユキは走る足を速めた。だが、土手を上がった所で、はっとして身を屈めた。争うような話し声が聞こえる。鈴鳴川のまだ手前、川原には大勢の妖が集まっていた。少し先の川の方へ目を向けると、ごうごうと炎が上がっており、その灯りを頼りに川の更に先の方へ目を凝らしてみるが、ゼン達がいるように見えない。
元成川もとなりがわの一部とはいえ、鈴鳴川の範囲は広い。ユキが居るのは、まだ鈴鳴川の手前だ、この位置からは暗くて確認出来ないのかもしれない。

身内での小競り合いなら勝手にしてくれれば良い、早くゼン達を探しに行こうとユキが体を起こしかけた時、「待てよ!」と声が聞こえ、驚いて妖の集団に目を戻した。よく見ると、妖達の視線は一点に向かっている。何かを守るように両腕を広げ、妖達の視線を受け止めるのは、真尋まひろだった。

「何揉めてるんだ?」

ここからでは表情は読み取れないので、しっかりと耳を澄ませるしかない。

「おい!行かせないとはどういう事だよ!」
「だから、あの人は一人で決着をつけると言ってるんだ!誰も近づけるなと、カゲ様からの指示で、」
「嘘をつくな!あいつが俺達の全てを奪ったように、あいつの大事なものは全て壊す手筈だろ!この川も、桜も、奴自身もだ!」
「カゲ様の炎は川を焼いてる、ゼンだって時間の問題で、」
「向こうにはレイジ達がいるだろ!邪魔される前に仕留める計画の筈だ!」
「僕は知らない!カゲ様に言われて、」
「だったらどうして俺達を結界に閉じ込めようとした!」
「それは、」

言い淀む真尋に、詰め寄る妖が胸元を掴み上げた。三メートルはあるだろうか、大きく屈強な体に、頭には角が生えている。鬼の妖だ。

「お前、裏切ったりしてねぇよな」

言いながら首を掴まれ、真尋の顔が歪む。解放を求めてその手に爪を立てるが、太い腕はびくともしない。
怒りに滲む瞳は、このまま真尋の息を止めるつもりか、他の仲間達も戸惑い鬼に詰め寄ろうとした時、微かに風が巻き起こった。ただの風だ、誰も気に留めもしなかったが、その風は突如つむじ風と変化し、妖達を次々に巻き込んで、彼らを地面にひれ伏せさせていく。

「な、なんだ!」

叫び声と謎のつむじ風、混乱に満ちたその場で、真尋を掴み上げる鬼が一瞬気を緩めた。

「おいおい、余所見とはいただけないねぇ」

声は頭上から降りかかり、空を見上げた鬼の顔に、ユキの足がめり込んだ。

「…え、」

そのまま鬼が仰向けに倒れ込むと、同時に解放された真尋は尻餅をつき、大きく咳き込んだ。

「真尋、これ持ってそっち行ってな」
「あ、」

鞄を真尋に渡し、ユキは真尋の体をとん、と押した。真尋が成す術なくユキの少し後方に倒れ込むと、同時に二人の間を境にして、透明な壁が地面から姿を消した。その壁は空高く、幅も土手いっぱいまである、妖達をここから先へ通すまいと立ちはだかっているようだ。

「ユキさん、これ」
「真尋はこいつらを足止めしたいんだろ?いーよ、俺が引き受けてあげる」
「え?」
「春ちゃん、助けてくれるんだろ?」

戸惑いに狼狽える真尋の瞳は、ユキの微笑みにはっとする。

「てめぇ!」
「ユキさん!」

先程の鬼がユキを殴りかかろうとするが、ユキはその太い腕を閉じた扇子で叩き軽くいなしてしまう。真尋の目には、扇子に触れただけで鬼の巨体が宙に舞ったように見えた。
そうしてユキは涼しい顔のまま真尋を振り返る。

「これでも俺はゼンのお付きだからね、ゴロツキ相手に負けやしないさ。なるべく怪我もさせないように彼らを捕まえるつもりだ、だから頼まれてよ。先に春ちゃん達の元へ行ってくれないかい?その鞄には、影の拘束を解く薬も入ってる」
「僕を信じるんですか…?」
「だってキミは、春ちゃんとゼンを助けてくれたでしょ?」

にこりと微笑み告げられた言葉に、真尋は戸惑う瞳をはたと止め、ぐっと唇を噛んだ。

「行って、真尋。キミはカゲよりも優れた妖だ、天狗の血を引く第一王子なんだからさ」

はっとして真尋が顔を上げた時には、ユキは壁の向こうで襲いかかる妖達に立ち向かっていた。

「行け!」

大きく扇子をなぎ払えば、強い風に妖達が吹き飛ばされる。それでも数が圧倒的に不利だ、次々と飛んでくる攻撃、拳や武器を手にするものから、火や水といったもの、妖によって様々だが、それらを交わしユキは応戦していく。真尋はぐっと唇を噛みしめ頷くと、ゼン達がいるであろう場所へ駆け出した。

その姿を見送り、ユキは内心ほっと息をつく。この壁は即席のもの、ダメージを受けつづければ、あっという間に崩れるだろう。数に勝る妖は、ユキへの攻撃と共に壁へも攻撃を仕掛けてくる。ここが崩れる前に真尋を逃がす事が出来た、カゲの元へ行くのが危険ではない筈がないが、そこにはゼンや桜千おうせんだっている。とにかく今は、この暴れ者達をねじ伏せ、息ある状態で牢屋に入れる事だけを考える、ユキはそう気持ちを切り替え、次々と迫りくる攻撃に応戦しているのだが。

まずいな。

舌打ちする。いくら腕に覚えがあるとはいえ、四方八方から狙われ、しかもこちらは手加減しながらだ。その上、真尋を守るこの壁を壊されるわけにはいかない。
一人では手におえない状況は明らかだったが、それでもやるしかない。息つく暇なく、まるで舞を舞うように身を翻し、次々と敵をねじ伏せていくユキだが、その表情に焦りが浮かんでいく。


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