鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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「ねぇゼンいる!?」

息を切らしてやって来たのは、ユキだった。この家は、玄関はあるのだが、縁側の戸も開いている為、皆よく中庭からやって来る。

「ゼンさんなら、今出て行かれましたよ」
「マジかー、また入れ違った…いや、上手くまかれたって言う方が正解か」

へたりと縁側に座り込んだユキは、朝から見回りに行っていた筈。きっと、ゼンが出歩いていると聞いて、朝からずっと追いかけ回しているのだろう。
春翔はるとは洗濯物を和喜かずきに任せ立ち上がった。

「何か冷たい物でも飲みますか?和喜は何か飲む?」
「俺、炭酸!」
「あ、いいよ春ちゃん、俺がやるから」
「はは、大丈夫ですよ、これくらい」

立ち上がりかけたユキを春翔は制し、立ち上がった。その様子に、今日は春翔の体調が良さそうだと、ユキは少し安堵したようだ。

「じゃあお言葉に甘えて。俺はアイスティーがいいなー」
「了解しました」

春翔は嬉しそうにキッチンに向かう。小さな事でも、何か役割を貰えた気分で嬉しいのだろう。そんな春翔の様子を微笑ましく見つめ、ユキは少し疲れた様子で縁側に寝転んだ。

「ゼンの奴、目覚ましたんだな」
「今朝ね。俺は外に居たから、後から知ったんだけど…病み上がりだってのに、ゼンはまったく」
「あいつ元気そうだったぞ」
「まぁ、動けるだろうけどさ、本調子じゃないな。今、ゼンの能力は俺以下だからさ」
「…ユキ以下って、まずいんじゃないか?」

和喜からは、ユキが非力だと思っている様子がしっかり伝わってくる。ユキは苦笑い、寝転びながら片肘をついて和喜を見上げた。

「はは、俺を甘く見てくれるなよ、少年。俺、結構腕はたつ方だからね」
「その細腕でか?」
「見た目で判断されちゃ困るね。なんなら試してあげようか?」

にこっと微笑まれたが、その綺麗な顔は口元しか笑っておらず、寒気を覚えた和喜は頬をひきつらせ、首を振った。

「まぁ、力が弱まってるって言っても、その辺の小者相手にはやられたりしないから大丈夫。だけど、妖の世にもゼンや俺達の状況は知れ渡ってるから、何か起きたらどうしようって、俺が勝手に思ってるだけ」
「ユキさんがそう思うなら、可能性は十分にあるって事ですよね」

そこへ春翔が戻って来て、二人にグラスを差し出した。その顔は心配そうで、ユキは起き上がると、春翔の気持ちを宥めるように微笑む。今度の微笑みは、完璧な王子様スマイルだ。

「大丈夫だよ、春ちゃん。そうだ、用心棒を向かわせよう」

ユキはそう言うと、胸元から一枚の木葉を取り出した。青々とした、普通の木葉だ。春翔と和喜が不思議そうにユキの手元を覗き込むと、木葉は勝手に浮き上がり、ひらひらと意思を持っているかのように、部屋の中を舞い始めた。

「な、何だよコレ!」

顔を覗き込むように木葉が目の前に飛んできたので、和喜はぎょっとして仰け反った。

「これをゼンの元に向かわせる。もしゼンの身に何か起きたら、この子を通じて俺に知らせてくれるし、あと、一度だけ攻撃を防いでくれる力もある。春ちゃんに渡したお守りみたいにね」
「あ、その節はありがとうございました…!」
「ふふ、役に立って良かったよ。多分、真尋まひろはあのお守りに気づいて、あえて春ちゃんを狙って攻撃したんだろうな」

ゼンが寮の前で待ってくれていた時だ、春翔はカゲに体の主導権を握られ、ゼンを手に掛けようとしていた。
だから真尋は、カゲに乗っ取られた春翔の体を攻撃する事で、春翔に意識を取り戻させた。春翔がユキから貰ったペンダントの意味を、真尋も分かっていたのだろう。
もしあのまま真尋が止めてくれなかったら、春翔はゼンに危害を加えていたかもしれない。そう思うとゾッとする。

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